第76話 限界淑女



 高岡の家の車から降りた、優と友里は、自宅前は入り組んでいるので、区画前に降ろしてもらって、夜の道をふたりでゆっくり歩いている。


 たった1日の出来事なのに、ドッと疲れていて高級車の乗り心地にウトウトしてしまった友里は、優になにか言われても、ふにゃりと答えるだけだった。

「高岡ちゃんのお父様、凛々しかったねえ」

「試験の話されて、すっかり思い出しちゃった、優ちゃん大丈夫?」

「うん、まあそれは。友里ちゃん、わからないことあったら聞いてね」

「う………はい……ええ……でも商業科では上の方なのよ、ほんとよ」


たわいもない学校の話をしばらくして、よく待ち合わせる公園のそばまで歩いた。



「友里ちゃんほんとうにごめんね」

「なにが?」

「……クローデットのことも、キスも」

「ああ………キスはね、キスは…うん初めてしちゃったね…」


「あのね、友里ちゃん講堂で…」

「あ、うん」

「乱暴にキスをして、ごめんね」


 友里は、目の覚める思いで、手をぎゅッと握った。

(やっぱ優ちゃんも、あのキスは乱暴だと思っていたのか)

 自分だけが乱暴だと思っていたのかと思って、ドキドキしていた。

 握った手のひらの上から、優が手をつないでくれる。こんな家のそばで、手をつないで大丈夫だろうか?と友里は少し心配になるが、気付かないうちに繋いでいたことはきっとあるし、優の手がとても暖かかったので、どうでもよくなった。

「ポケットに入れていい?」

 明るいグレーのコートのポケットに云うや否や入れられて、暖かさにホワンとした。優のおおきめのコートは、ポケットが大きくて羨ましかった。裏地が一瞬冷たいが、自分たちの体温でほかほかになっていく。


「あのね、──友里ちゃんが、わたしの好きを疑った気がして、寂しかったんだよ」


 優がそういうので、友里は瞬間で、ときめいてしまった。


「さ、さみしかったの?」


 しかし、ぐっと我慢して、言葉の全てを聞こうと思った。


「そう…こんなに好きだよって言っているのに、友里ちゃんがわかってくれない気がして、キスで話を終わらそうとしたから……余裕がなくなって、カッとなってしまって」

 もしかして優は、本来なら帰路で手をつなぐのも憚られると思ってるのに、大切な話だから、暖めてくれているのかもしれないと思い、友里は、その優しさに胸がドキドキと高まった。

「だから、もう疑うようなことは、悲しいから言わないで……わたしも気を付ける」


 優の吐く息が白く染まる。

 歩みを止めて、友里にわかりやすい言葉を探して、一生懸命、謝罪と想いを伝えようとしてくれる。照れているのか困っているのか、優の長いまつ毛の先が、キラキラ光ってまばたきがゆっくりになっている。ついでに告白まで入っているので、頬が薔薇か芍薬か、淡いピンク色に染まっていく。友里は日中の疲れが一気に吹き飛ぶ気持ちがしていた。

 友里もなにか、気の利いた言葉で優への愛を伝えたくなって優のポケットから手をだし、優の肩に両腕を掴む形で握り、見つめたが、なにも思いつかなくて、優を見つめたまま、パクパクと金魚のようになってしまう。友里を支配している感情は、優への好意しかなかった。



 か…──かわいい…!!!!!!!!!


「おもえばあの時の、青白い顔も見つけたばかりの真珠のような輝きだったような気すらしてくるわ。すこし乱暴に見えるところも、余裕なく、愛を伝えたかったのだと思うと、愛しさと切なさで胸が張り裂けそう…!!!!!!可愛すぎて、世界が保護するべきでは…?!?はあ??さみしくて?!想いが伝わらなくてさみしいって、なに?ウサギさんなの?!きゃわ可愛すぎるラパン……!!!!!わたしだけが守っていかなきゃ…なの?…!!贅沢すぎる…!!!!!贅沢の極すぎる!!!!!!!!!」


「友里ちゃん…」


 なんだか久しぶりのやり取りだなと、優は思った。友里が喜んでくれたみたいなので、あの乱暴なキスもきちんとカウントされたようだった。ホッとした。

 やはり言葉で伝えないと、友里にも、誰にも届かないんだなと思った。言葉が大事すぎて、ひとつひとつの発言がおろそかにできず、怖くなってしまう。


 キスをしただけで、全部わかってしまえばいいのにと思った。友里の唇を見つめた。先程のファミレスの化粧室に、簡易的なメイク落としがあったのか、クローデットの口紅は綺麗に落とされ、健康的な赤い唇が、ほんのり開いて、ぷくりと膨らんでいる。クローデットのキスは、友里にカウントされなくて本当に良かった。


「ねえ…優ちゃんの誕生日のキスのやり直しって、もうたくさんしちゃったから、関係ないかな」


 友里が照れたように、小声で首をかしげて言うので、優はポッと頬を染めた。

「いっかいはいっかいだから…まだ……してないよ」

 子どものような事を言うと、友里が「え」という顔で優を覗き込んだが、それは言いたいことではないので、コホンと咳払いをした。


「今、しますか?」

 敬語で言うので、優は本格的に赤面してしまう。


 田舎の道は誰もいないし、LEDの明かりはそこしか明るくしないので、誰も通らなければ、誰にも見られないけれど、さすがに路上では、優は緊張した。


「優ちゃんちょっと、かがんで」


「…」

 強引さに、オロオロと優が断ると、友里はテレの限界が来たのか「ざんねん!」と呟いて、トンと足先で跳ねて先を歩いて行ってしまった。友里のポニーテールが軽快に夜の道に揺れる。


「優ちゃんは淑女だもんね」


 その勘違いが溶ける機会を、はやく作りたいので、ここでまた強引にキスをする……、と言う選択肢が迫られたが、優にそのチャレンジ精神は無かったので、やはり淑女なのかもしれない。


「クローデットにされたままだから、消毒?みたいな」

「あ……」


 優は、淡い声を聞いて、心を決めた。

 一歩前へ踏み出すと、両ポケットに両手を入れてコートの前を開いて、その中に入るよう、友里を呼ぶ。自分から誘うようなことを言っておいて、友里のほうが周りを気にして、きょろきょろと目で左右確認をした。その姿に微笑みながら、自分から、グレーのロングコートの中に友里を抱きしめた。


「ん……」


 くちづけは、ファミレスに置いてある、マウスウォッシュの味がした。友里は傷ついていないように振舞っていたが、傷ついていたのかもしれない。

 友里が感じた嫌な記憶の全てが、消し去れと願いを込めて、唇を優しく撫でた。


 友里は自分の感情を、喜怒哀楽で言えば、喜楽しか優に見せないようにしているのではないかと、優は時々思う。怒りも哀しみも、なにもかもを見たいと思った。


「………ちゃ…っ」

 ぷは!っと息を止めていた友里が、限界に達して、優から逃れる。ハアハアと息をして、優の腕の中で首の後ろまで真っ赤なのが、夜目に慣れた優に見て取れて、パチパチと瞬きをしてしまう。かわいい。


「……やはり、多いのでは?」

じとりと上目遣いで見つめてくるので、優は可愛さにふるえた。


「いっかいはいっかいだとおもう」


「もう…きょひってるわりに、やりはじめると、大胆っていうか…!」


 友里が、キスの余韻もなく感想戦に入るので、優は笑ってしまう。

 キスで、友里にかけられた淑女の呪いが、とけてくれただろうか?


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