第77話 玄関先
12月の第2土曜日。
学期末テストも終わり、友里は決戦の地・駒井家にお邪魔していた。チェックの濃いベージュ色のスカートに白い上着を着て、モコモコのマフラーをつけた。荷物がどっさりある。必ずやかの強敵を、うち破らねばなるまい………。
(できるかなあ?)
ドアホンに話しかける前に、ガチャリと音がして、ドアが開く音がした。起き抜けのような恰好のクローデットが出てきて、友里は息を飲んだ。上の窓からみていたのだろうか?
「とっくに諦めたかと思った!」
腕を組んで、遠くから言われたので、友里は、門扉から見えるように、ピョンと跳ねて答えた。
「テストがあったから!優ちゃんとは学校で、ちゃんとあってたよ」
「…自慢?」
「ううん」
軽く口をきくぐらいには、クローデットと仲良くなったつもりになっていた友里だったので、大きく手を振る。クローデットのほうは、まだわからない。敵意むき出しの猫のような瞳で、友里を探るように、門扉の周りをうろうろしている。猫は、なつかないことが当たり前だが、威嚇されないくらいには、なってみたい。
「優はあいたくないんですって!」
「そういう嘘は、良くないです。入れて~!」
友里は、思わず叫んだが、門は開きそうにない。スマホを開いて、優に連絡した。
「優に助けを呼んだ?むかつく!」
「すぐ来てくれるって!」
「残念!!脱衣所のドアノブを外からこわしました~!!!」
「えええ、なんでそういうことができるの?」
「だって服を着替えて、せっせと髪をとかしているからムカついたの。友里が来るってすぐわかっちゃったし」
優の影の努力を知って、友里は(かわいい)と唸ってしまう。
クローデットはその隙に、駒井家の玄関をそっと閉じて、玄関前の
「私のキス、またほしくなったの?」
駒井家の門扉まで降りてきたクローデットは、友里の眼前に顔を近づけて小さな声で言った。
「いらないよ、日本のお菓子おいしい?たくさん持ってきたよ」
友里が微笑んで、大荷物の中をちらりと見せた。コンビニやスーパーで買ったお菓子がたくさん入っている。あの日のキスは日本のお菓子の味だったので、きっとクローデットも気に入ると思った。
「これ、返すわ」
友里の言葉など聞こえてないように、友里が貸した制服とウィッグをバサリと返されて、友里は、それを荷物と一緒に抱きしめた。
おもったことをそのまま、口に出して問いかける。
「最初にわたしがクローデットにいじわるしたから意地悪してるの?」
「優はわたしの王子様なのに、我が物顔でそばにいるから。もう会う前から気に食わない。友里なんか死んでしまってよかったのにって10歳の頃から思っていたから!」
「……!」
あまりの言い分に驚いたが、友里はそれよりも気になったので、つげる。
「優ちゃんは、かわいい淑女だよ」
ムッとしてクローデットは友里に向き直った。
「素敵な女性であることはわかってる!セクシーだし、世界で一番素敵。それはあなたも一緒だと思うけど。今は、所有権の話をしている」
友里は、心臓がドキドキした。感じていた悪意を、ようやく具現化された気がして、この人の前でいい子ぶらなくてよかったと思った。喧嘩をしている。
心を開いてきた証拠だろうか。のらりくらりと交わされるより、これのほうがいい。しかし仲良くなろうと思っているので、ひとつひとつの会話が大事だ。踏ん張ろうと思って、足を強く地面につけた。
「どんとこい!」
「……気付いてると思うけど、優は私のもの」
一貫して威圧的な態度を取り続けるクローデットに言われて、友里は、首を横に振った。クローデットをまっすぐに見る。
「ちがうよ、誰のものでもない。優ちゃんは優ちゃんの自由にいきるんだよ」
門扉から指を出して、クローデットは友里を指さした。
「あらあ、優が可哀想。優を自分のものにしてあげないつもりなの?友里は愛を知らないのね。体を重ねればわかったのに!優はさみしがりで、ずっと抱き締めて愛をささやかないと眠れないのに」
「…!確かにさみしがりのうさぎですが……そこまでわかってるなら、かわいいってわかるよね?!」
友里の気の抜けた言葉に、クローデットは嫌そうに顔をしかめた。
クローデットは、気持ちを切り替えて、続ける。
「10歳の女の子に、なんてひどい姿を見せたの?優が背負うはずだった傷を、背負ってあげたと、みせびらかしたかった?責任をとって愛してと頼んだの?優のように秀でている子ならなおさら、傷つくとわからないの?友里は、自分が優を縛り付けてるって一度でも思ったことはないの?」
「それは……!」
その話は、優が否定してくれた。その素敵な話を、クローデットにするのは、汚される気がして、口の中から出てきてくれない。
「一丁前に、私の優とお付き合いしたつもりになってるようだけど、優の傷を治すのは私。友里と一緒にいたら、優の傷は開くばかり!私のものだから触らないで」
美しい笑顔でクローデットはニッコリと微笑む。悪意に満ちた顔で。きっと友里も同じ顔をしている。
「優ちゃんの傷って、なんなの……」
クローデットは冷たい顔で友里を見下ろすと、「近所迷惑になるからもう黙って?」と腕を組んだ。
ふふんと友里に笑顔を向けると、金色の髪をばさりと後ろに流した。「わっぷ」と声がして、髪が誰かにあたったことに気付いたクローデットは後ろを向く。
「なにしてるの?」
彗が門のロックを開いて、クローデットの後ろに立っていた。
「──俺になにかできることある?」
一部始終を聞いてみていたのか真剣な顔で、彗が友里にそういうので、友里は浅く横に首を振った。
「大丈夫です。がんばります」
大荷物を抱きしめながら、友里はぐっと体に力を込めて、彗とクローデットを見つめた。
「そっか…!おっけ。でも近所迷惑ってのはホントだと思うので、とりあえずふたりとも、うちに入ろうか」
彗はいつもの素敵な笑顔に戻って、腰に手を当てると一つため息をつき、ふたりを駒井家の中へ招き入れる。
「いやよ、彗!うちに友里を入れないで!!」
クローデットが叫ぶが、お構いなしに友里を引き入れた。荷物を半分持とうと受け取って、重さに唸る。「それはお菓子です!」と言われて「ずいぶん持って来たね」と笑う。
「友里ちゃん」
慌てて出てきた優が、クローデットから友里を守るように、彗から友里を預かろうと階段を下りて行こうとするので、クローデットが途中で優の薄い体に抱き着いた。
「離して」
「いや♡」
嫌そうにクローデットに言うが、Tシャツに短パンという冬にあるまじき軽装のクローデットの生足が、優に絡みついた。
珍しくご近所さんがおでかけのために出てきてしまった。目を合わせもせず足早に、会釈だけして通り過ぎていく。
「……ほんとに、家にはいろう?」
彗のあきれたような声に、友里はどうしたものかと思いながら「ハハ」と優のように笑った。
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