第75話 作戦会議



「クローデットから、友里を守ろうって話よ?」

「え、ごめん聞いてなかった」


 話が進んでいて、優は慌てて背筋を正した。時計を見ると夜の10時を大きく過ぎていた。高岡の帰宅を心配したが、高岡はすでに家族に連絡をしていて、家族が車で迎えに来てくれるの間、ファミレスにいるという。優と友里もついでに家に送り届けてくれるそうだ。

「まとめると、駒井優を追ってアメリカから来た女が友里に迫害してくるってことでしょう?親が来るまでに、作戦会議を終わらせましょう!」


 高岡が頼もしすぎて、優はなんだか感動してしまう。思えば、クローデットに強く出れない自分が悪いのに、友里にも高岡にも迷惑をかけてしまっている。


「駒井優が友里を構わなければいいんじゃない?」

「そうだね…友里ちゃんには、少し離れててもらって、クローデットが帰国するまで」

「う、悲しすぎる、いっそのこと、優ちゃんが荒井家に居候できればいいのに」

「それは現実的じゃないわ。相手は無理やりキスができるタイプの人種なのよ、荒井家も占領されたらどうするの?」

 とにかく、クローデットに接触しないという方向で、高岡も優も、策を固めたがっていた。


 友里は、初手から失敗していることを鑑みていた。友里の嫉妬で、クローデットへの対応は悪手悪手をたどっている気がした。


「わたし、クローデットと仲良くなってみるよ!」

「え?!正気?相手は、自分を好きになってもムシできるって言ってるのよ?また襲われでもして、対処できるの?」


「ふたりきりにならないとか?」

 優ができるだけ、友里のそばにいることを伝えて、その作戦方向をある意味で支持する。

「できるかしら?駒井優はすぐ女に連れていかれるイメージよ」

 躾のなってない女子に殴られた肩をトントンとして、高岡はジロリと優を睨んだ。


「さすがに、科も違うし、学校ではむりだけど。クローデットはうちの中だけだし、大丈夫じゃないかな?」

「編入とかしてきたらどうするの?!いやなフラグ立てないで!」

「大丈夫だよ、彼女はもう、高校の単位は足りてるから」

「え?彼女、優秀な人なの?余計友里ひとりじゃあ太刀打ちできないんじゃない?」


 高岡に暗に、知能が劣っていると言われたが、友里は気付いていないようだったので、優はホッとして友里に微笑んだ。なぜか優に微笑まれたので、嬉しくなって友里も優に微笑み返した。


「!!大丈夫!勇気をいっぱい貰ったから!!!」


 優は、友里のその言葉が、先ほどの講堂でのキスのことだとすぐに気付いた。やはり友里は、強引なキスのことも全く怒っておらず、気にしているのは自分だけなのかもしれないと、優はふしぎに安堵してしまった。いや、ちゃんと謝罪の言葉は伝えるが。


「それなら、わたしも友里ちゃんに賛成。ふたりで…いや家族中で戦おう」


 高岡は急に仲間外れにされた気分がして、(まあいいけど)と思いながら、テーブルの上のゴミをひとつにして、優と友里の話を聞いていた。

 幼馴染で普段からベタベタしているが、なんとなくいつもより、さらに距離が近い気がして、やはり耐え切れず、聞いてしまう。



「……ねえ、なんかあったの?ふたり……その、友里のシャツのボタンとか……まだ説明してないこといっぱいあると思うんだけど。そもそも、浮気ってなによ」

「なにもないよ」

 しれっと高岡にもわかる造形の良い顔で優はいうが、友里は思いっきり変顔の不審者になっているので、高岡はあまりにも知らない女とのキスを気にしない友里に、なにがしかの進展をしたのだろうか……と、ちょっとだけ聞きたいような聞きたくないような気持ちになった。

 ”浮気”の件だって本当はもっときちんと聞いてみたい気になっているが、ふたりがその言葉に関しては、なにも気にしていないようなので、聞けずにいる。

(おつきあいを、はじめた空気なのかしら…好き同士なのは、わかるけれど──女の子同士よね……?)

 うっすら思うが、口差がない高岡でも、それを聞くことは憚られた。


「講堂で、ふたりで、ちょっと喧嘩みたいな流れになって……あの、バレエのことで」

 友里が、そう切り出すので、友里と高岡に話をさせたくて優は温かな紅茶をひとくち頂いた。


「バレエのことで?……ごめんなさい、私がしつこく誘うから?」


 高岡がそういうと、友里は肯定とも否定ともとれない仕草で困ってしまう。

 優が友里をチラリとみてから、高岡に問いかけた。

「ねえ、高岡ちゃん。なにもしてない人が、バレエで、3回も回れるのかな?きゅって、片足の膝を曲げて、片足で回って、つま先でとまるやつ」

「ピルエットは無理ね、まずできないとおもうわ」

「優ちゃん!」

 友里が優にだけ見せたものを、あっさりと高岡に言うので、友里は恥ずかしくて頭を押さえそのまま顔を覆った。

「やっぱり友里!バレエのことが忘れられないのね。もしかして駒井優に踊って見せたの?それでボタンが?なるほどね、わかるわ。そうだ、今度の日曜日に先生に逢いに行きましょう、そうしましょ」


 高岡が嬉しそうに友里をばんばんと叩くので、変にごまかせてしまった優が複雑な気持ちで笑う。

 その様子を横目でちらりとみて、友里は、優が喜ぶのならそれもいいのだろうかと思っていた。けれどバレエだけは優のためだけに、また始めるのは、こわい。チクリと胸が痛んだ。


「せっかくだし、気楽な気持ちで行ってみたら?」

「えっ……」

「友里ちゃんが、わたし以外に好きなものを見つけてほしいし…」


 優がソファーにきれいな姿勢で寄りかかりながら、そっとつぶやくので、友里と高岡は優を見つめた。


「それって、どういう意味?」


 高岡が先に問うので、友里はどきりと心臓が鳴って、その答えを待った。


「……あ」


「駒井優、友里がこの世界で、自分しか好きじゃないっていうの?大胆ね…!」


 優が応える前に、勝手にそう言って、高岡は、かああっと真っ赤になった。前髪全てを後ろにカチューシャで止めている高岡は、おでこも耳まで真っ赤にして、優のことを心底嫌そうに見つめた。

 友里も、高岡につられて顔を赤くしてしまう。


「これ、そう言う意味になるの?」

 優が驚いていうが、高岡は決めつけて指を指す。


「ななななにいってるのよ!!あたりまえでしょう?友里のことに、自信持ちすぎじゃない?!」

「高岡ちゃん、声大きい!!!優ちゃんも笑ってないで止めて!!」


 優は久しぶりに大笑いした。


 もう少しちゃんと作戦会議をしたかったが、さすがに迎えに来てくれた高岡のご両親の黒塗りの車のなかで話す内容でもなく、全員おしとやかにおうちに送っていただいた。

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