第81話 直接対決
駒井家の玄関を入ると、広い廊下にまずは階段を目にする。左手に位置している扉を開けるとキッチン、ダイニングがあり、3段の短い階段を下りた奥に、クローデットと友里がふたりで残された居間が続いている。廊下の奥には両親の部屋と書斎があり、そのまえに屋根付きのパティオ──フラットサンルームがある。12月の陽気だが、晴れているので、優たちは、そちらへみんなで移動したはずだ。
駒井家の居間に残された友里とクローデットは、友里が話しても、クローデットが母国語で返してくるので、友里にはわからず、しばしの沈黙が過ぎた。
友里は、アメリカの茉莉花から譲ってもらった、3冊のアルバムを、──手袋をはめ、丁寧に袋から出すと、──そっと開いた。
「この時の優ちゃんのお話、聞かせて」
黒いアルバムの件は、優にも相談していない。そもそも貰ってることも、言う機会がなく、秘密だ。これが、友里にとっての最終手段だった。
アルバムの一番前。
路地裏、黒い鉄の階段が赤い古びたレンガにかろうじてついている、3階建てのアパートと、遠くにひとつの信号機がかすんでいる。牛乳の瓶を持ち、白Tシャツを着た小学生の優が、こちらを睨むように見つめている写真を指さした。アメリカの茉莉花がまとめていた写真なのだから、クローデットが、必ず関わっていると思った。
クローデットは、ブルーグレーの瞳で、それを見て、すぐに茉莉花と自分でまとめたものだと気づいた。
「友里って、茉莉花にも精通してるのね、私の事、言いつけないの?」
「それはまあ……いやかなと思って」
ほんとのほんとに禁じ手だと思う、優の叔母の茉莉花への相談はしてなかった。茉莉花の援助で、クローデットはここへきていると最初にきいていたので、たぶん茉莉花に告げてしまったら、一生クローデットと折り合いがつくことは、ないと思った。
「いま、芙美花と彗を味方に付けたのも、相当嫌だったわ」
「それは、──ごめんなさい。だから、これが最終手段なの」
クローデットは、写真を見た。ふう、とため息をついて、「優が好き」と言った。
「あなたもでしょ。だからやっぱり、友里と仲良くするなんて信じられない」
クローデットは、このまま黙って駒井家のソファーでクッションを抱いていようかと思っていたが、うっかり身に着けてしまった、友里が仕立てた高校の制服が目に留まった。着心地が良すぎて、着ていることを忘れていた。
『好意を見せれば、相手も好意を向けてくれるなんて、幻想』それは本心から言っていた。むこうが好意を寄せても、自分の気持ちに嘘をつくのは、間違っていると思っている。
──けれど。
クローデットはクッションを元あった場所にもどし、片足をもう片方の膝下に折り込んで、半胡坐をかくようにして、友里に向き直った。
「友里はなにがしたいの?また優のエロイ話でもする?かっこいいとこ聞きたいんでしょう?どれがいいかあなあ…そうだ、13歳の……」
「クローデットを、あわよくば”優かわいい同盟”にいれて、優ちゃんのかわいいとこを語り合いたい」
それは、自分をからかう為のジョークだと思っていたので、ブルーグレーの瞳を見開いた。てっきり、優から手を引けと言われると思っていた。そうすれば、諦めるのは友里だと反発して、ひどい事を言って追い出せると思っていた。
まさか自分に、本当に用があったとは。
「はあー?無理、優はかっこいいから!」
言って、友里が真剣な顔をしているのを、上目づかいでちらりとみた。優が、想像するだけでドキドキしてしまう程、大好きな女の子はずいぶん普通な顔をしている。明るい居間で眺める。
「優ちゃんのこと、全部、知りたい」
決意したような顔に、思わず奇をてらわず聞いてしまう。
「……知ってどーするの?」
「どうするかは、わたしが後で自分で考える。わたしはただ、いま、わたしができることを一生懸命するだけ。優ちゃんの話ならクローデットとできると思って。他の話はわたしとする必要ないでしょ?たとえば、わたしの学校の友達の話とか!わたしに興味を持ってもらうのとか、まだ無理だろうなっておもうし」
友里の真剣な顔に、クローデットはため息をついた。実際、クローデットには女友達が少なく、理系の男性とばかり話すことが多かった。数学問題の話ばかりで、恋愛がどうとか、好きな人がどうとか、──美形なので、一方的にストーキングされることはあったが、愛の話は日本に来てからしか、したことがなかった。愛だの友情だのがあふれていて、ここは平和だなと思う。
どうせ居間から逃げ出ても、彗と扶美花によく思われないことがわかって、今日こそは、八方塞がりだとおもった。
「別にそういう話だっていいわよ、優を抜きにすれば、気が合いそうだとは思ってるし」
「え!ほんとに?わたしもそう思う!!」
友里は素直に喜んだ。クローデットに、笑顔を向ける。
「でもそういう、すぐ喜んじゃうとことか、馬鹿っぽくて嫌い。しっぽが見えるもん、わんわん!犬みたいに可愛がられたい、従順ですよって顔がほんと嫌い。そもそも犬と猫も嫌い」
見えていれば、友里のしっぽはあっという間にしょんぼりと垂れ下がっていただろう。耳も伏せ、しゅーんとしている。
「私、ずっと友里を、ころしたかったのよね」
物騒な事を言われて、友里はドキンと心臓が鳴った。
「川の事故で死んじゃえば、優は傷ついてしまうけど、友里との思い出はそこで終了!うつくしい友人のひとりとして、優の記憶の中の一員になれた」
パチンと手を叩いて、友里の命を空中で叩き潰すようにした後、拍手と指先のキラキラのしぐさでクローデットは物騒な話を続ける。
「……」
友里はかろうじて口を開いたが、さあと血の気が引くのが分かった。
「生きてるから、優と沢山思い出をつくるし、優に可愛く媚びるのでしょう、『優ちゃんがすてきなところ、みてみたい!』優は、友里の言いなり!それは昔、自分の代わりに怪我を負ってくれたから!」
友里のような早口で、友里の真似をするクローデット。
「ちがう、身代わりなんかじゃ」
「NOって優に言われて、ホッとしてるだけでしょう?黙って聞いてよ!」
友里は口を噤む。
「優は、今でも、ごめんなさいってしてる。友里は、優から手を引いて他の人と幸せになるべきよ。そしたら、優は幸せになった友里を、遠くで見守ることができる強い人。自分のせいで、怪我を負ったけど、幸せに生きていけるんだなあって思える」
「優ちゃんとの、幸せしか、考えたくない」
向き合って、友里は言う。しかし優を、傷つけているのなら、好きな気持ちだけで優のそばにいることが、果たしてと言われると、確かに困る。
「…ねえ、いつ、優ちゃんを好きになったの?」
友里は、アルバムの写真を見る。
ぱらぱらとめくると、次第に優の表情が穏やかになって、青い空の下、ほほ笑む優の姿がある。茉莉花の部屋のベランダだろうか?辺りはアパートで埋め尽くされているが、空は真夏の青さ。優の背後に白い布がたなびいて、黒髪とのコントラストで青く光っている。
「話したくないけど、話したら死んでくれる?」
「それは嫌だけど」
友里はゴクリと喉を飲む。
クローデッドは、「ハ!」と笑って、ソファから一度立ち上がると、それまでL字に座っていた友里の対面に座った。
クローデットは、首の後ろを大きく掻くと、友里を拒むように友里の作った制服を脱いで、そこらに捨てると、脱ぎ散らかしてあった自分の服に着替えなおした。白いTシャツに短パンを拾う。
先ほど友里は下着に驚いて目を背けたが、友里とは違った、傷のない体なんだろうなと思って見上げると、たくさんの火傷や裂傷、丸い黒い跡があって、驚いた。
「それは、どうしたの」
思わず、自分が言われたら面倒だなといつも思う台詞を、友里は口に出していた。なるほどこういう気持ちなのか、友里は、いままでの相手の感情を理解した。「今は痛くないの?」と言う気持ちだ。
「……これは、私が、生きてる証。神様に選ばれた証拠だから、嫌な顔しなくていいやつ」
バサリバサリと音をたてて、大きめのTシャツを着ていく。
「絶対、途中で”かわいい”っていったら殺す」
クローデットが、話す準備をしてくれたので、友里はこくんと頷いた。鳴かずにいられるよう、気持ちだけ正座をした。いや、これは優と、たぶんクローデットの傷の話なので、泣かずに聞く、覚悟をした。
パラリと茉莉花に譲ってもらったアルバムを、クローデットが素手でめくると、一番最初のページを開きなおした。
「この時の優は、全然話せなくて、話そうとすると、オエがでちゃった」
クローデットは、ピンクの舌を出して、話し出した。
10歳の優との出会いは、友里が川で大けがをした直後だった。
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