第67話 大迷惑


「ねえ、これを着て、くやさい?に参加したいわ!」


 優が友里の高校の制服を着たクローデットに言われて間髪を入れず「無理だよ」と答えた。友里にはすぐわからなかったが、今夜7時から行われる後夜祭のキャンプファイヤーのことだと、話の流れで気付いた。


 ふたりで初めて見られるかもしれないのに、アメリカからの超美少女と一緒だなんて、悲しすぎる。優の取り巻きの皆さんから逃げる算段としては、炎から遠ざかり、人気のない校舎裏へ行く!くらいしか無いのだけど、友里はとても楽しみにしていた分、優に「がんばって断って!」とエールの念を送る。いや、自分も頑張るべきなのか?友里は悩む。


「ダメだよ、部外者は立ち入り禁止」

「制服を着てれば、ばれないわよ!ねえお願い♡」

「いくらうちの校則が緩くても、クローデットの髪色はさすがにバレるでしょ」

「あら、女子高生なんだから、ウィッグのひとつやふたつ、持ってるでしょう?」


 友里は、サッと目をそらした。クローデットの頭部の大きさは、たぶん優と同じくらいなので、淑女計画で使ったウィッグはきっと、彼女にもぴったりだろう。


「……だめだよ、制服の替えだって、ないし」

「やだやだ♡あの夜だって、優の我儘聞いたでしょ?」

「どの夜だよ……」

「あれよ、あれ♡」


 耳打ちのふりで吐息をかける古典的なセクシージョークに引っかかっている恋人を見つめながら、──二者面談の時に、先生にジャンパースカートの作り方がわからないと相談したら、家政科の先生が型紙を譲ってくださって、存分に練習していたので、夏冬で2枚も洗い替えがあることも思い出す友里。

 学校の制服と色は全く遜色ないが、洗いやすくて壊れやすい。しかしストレッチ素材でとても着心地がいい。今日の物もそれだ。


「……!」


「……友里、あなた、スペアもってるの?」


 ぜんぶ顔に出ていたらしく、せっかくクローデットの発言にすべて否定していた優も(ああ…)と悲壮な顔をしている。

「やってみるだけ!!!やってみるだけやらせてみて!?怒られたらすぐに帰るからあ!」

「で、でも!!今日はぜったいふたりで見たくて!!!いやです!」

 友里は、理由と否定と拒絶を一気にして、ぶんぶんとポニーテールが顔にあたる勢いで首を振った。

「友里のいじわる!!」

 こどものように美少女に反発されて、友里は「ぐ」っと唸った。顔がいい。


「優から聞いてた話と全然違う!友里は優しくて、可憐で、かわいくて、ダンスがうまくて、包容力があって、凛々しくてかわいい!ってずっと言ってたのに!!かわいくない!!!」


(かわいいって2回言った!)


 友里は優を見る。優はもう、額を押さえて真っ赤な顔をしていた。かわいい。友里は唸る。

 優が、友里のことをどう言っていたかはもう少し聞きたいところだが、それでもやはり感情と、部外者を学校へ入れるのはよくないという、優の正論に乗っかることにしたい。

「だって、ふたりで…って約束が…」

 しかしそれ以上のことが言えず、友里は足元を見つめた。沖縄だっていつだって、ふたりきりになれる機会は15分ほどしかない。キャンプファイヤーも、約束はしてても学校行事であるかぎり、ふたりきりでは見られないかもしれないと思っている。のだけど、最初からダメと言われるのは、やはり悲しくなる。


「友里の家にウィッグがあるなら、とりあえず行こうよ」

 クローデットに引っ張られるように、友里は駒井家から出ることになった。本当に強引で、友里は牙をなかなか剥けずにいる。


 :::::::::::::


「あら~~、すてき!綺麗!!私、可憐だわぁ!」


 相変わらずなにもない友里の部屋で、クローデットはくるんと回って見せた。

 優のための黒髪ロングストレートの16000円(加工賃9800円)のウィッグを、見事につけて、友里たちの学校の制服を着た美少女は笑って見せる。

 ものがないのが裏目に出て、すぐ発見されてしまった。

 ブルーグレーの天然の瞳は隠せていないが、夜間ならカラーコンタクトレンズと間違えてもおかしくない。しかし基本的な美少女ぶりが隠せていないので、一度騒ぎになったら、大騒ぎになってしまう気はする。


「どうせ、だらだらとセキュリティーもなく集まるんでしょう?ひとりぐらい生徒が増えててもノープロブレムでしょう!」

 日本の学校の性質をよくわかっている……友里は唸る。


「でも絶対ダメだよ」

「どうして?優、寂しいこといわないで」

 優の胸の下あたりに人差し指を付けて、くねくねともう片方の腕で指を絡めて、すり寄るクローデット。優は困ったなという顔をするだけで、我がままを通してしまいそうだった。

「……だってせっかく日本に来たのに」

 うるうるのブルーグレーの瞳と金茶のまつげがキラキラ輝いて、涙に濡れる。友里だって、普通に優のお友達ならきっと、こっそり侵入して一緒に遊びましょう!と言ってしまうところだったと思う。そのくらい魅力的で、かわいい人だと思う。

 でも…!でもだ。──……。

(ふたりきりで、暗闇に乗じて、手ぐらいは繋ぎたい……!)

 友里は絞り出すように、純情なことを思った。


 優の胸に手を当て、「おねがい♡王子様♡」しているクローデットが完全に優を王子様扱いしていて、友里はカッとして。知らぬ間に、引きはがしてしまう。


「とにかく!絶対ダメ、制服も友里ちゃんに返して」


「あん、えっち♡」


 脱がそうとした優に、そう言って戦意を削ぐ。わざと優に胸を当てたりして、クローデットは楽しんでいるが、優は女性の胸を当てられても、困るばかりだ。(やはり優ちゃんは胸に興味がないのかな?)と日頃おもっている疑問を思った。


「──もういいよ、貸してあげる」


 友里がそういうと、クローデットは一瞬やった♡という顔をしてから、「ひ」と息をのんだ。

「でも、優ちゃんに迷惑かけたら、考えうる一番ひどいことするからね…!」


「おお、OK…」


 友里のすごみに、優まで怯えている。いつもの友里と友里すら驚く言葉が出ていた。

(優ちゃんを怖がらせるつもりなんて、ないんだけどな)

 なぜかすごくモヤモヤしてしまう。また優に抱きつくクローデットを引き離しても、そのモヤモヤは晴れなかった。


 友里は、日曜日の午前中なのに、なぜかもう、ドッと疲れた。


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