第68話 後夜祭が始まる
夕暮れの校庭に材木がどんどん積み上げられ、教室に展示されていた方眼紙がその隙間に埋め込まれていく。
「楽しかった沖縄旅行」友里のクラスの発表物も、表題だけを見せながら、そこに在ったが、1年生の「咲き誇るシャクヤク」と書かれた模造紙で埋められていく。
友里がクローデットに制服を貸してしまったので優は気が重かった。ウィッグだってそうだ、優のためのものではなかったのか?
友里は、優しいが、優の恋心には残酷にうつる。
(友里ちゃんはふたりきりがたのしみじゃないのかな)不安になって、チラリと見る。
「もしクローデットがきたら、全力で逃げるから…!」
怖い顔でいうので、優は噴き出してしまう。いやがってはいたのか…とホッとした。
「そんなに嫌いなの、珍しいね。一応顔はいいのに…」
「顔?うん、きれいだねえ……優ちゃんの友達なのにごめん、肌があわないっていうか、磁石の裏表みたいな、変な感じがしちゃう」
優は、友里のそんな様子を見たことがなくて、不思議に思った。
「でも、なにもしてないって信じてくれて嬉しい」
「…それは」
友里はいいよどむ。
「…あの」
友里がもじもじと、赤い顔をして、言いづらそうにしているので、優が言葉を促した。
「なあに、友里ちゃん」
(本当はクローデットとなにがあっても、気にしていないと言われてしまうのかな?)と優は不安になる。本当に、友里以外とそういうことをするつもりなんてないのに。
「優ちゃんて、胸には興味ないの?」
「えっ」
全然ちがう方向からジャブが飛んできて、優は驚いてかわすことが出来なかった。思いきり顔面を殴られた気分だった。
「妖艶なお姉さんに胸をすり付けられても、全然気にしないじゃない…?」
そんな質問を校庭でされると思ってもみなくて、優は辺りを見回した。
「女の人って距離が近いから、そんなものじゃないの?」
優はあくまで同性の女性がくっついてもなんとも思わないと言う意味で言ったが…──ここで友里のものは、たとえそれが体でなくても気になってしまうと言うのは、言っていいのか。ドキドキと心臓が鳴った。自分のフルフラットな胸では、友里は?──気になってしまう。
「わ──わたしは、優ちゃんとだっこすると気になっちゃう」
言われて、頬が熱くなった。自分だって、友里の体がそばにあれば緊張してしまうし、触れたいし、胸だっていつも、気になっていると、言いたかったがどう言えば友里が怖がらないか、言葉に迷った。
「あとは暗くなるまで待機か~、おなかへった~~」
「購買でなにか買おうよ、今日だけ夕方オープンしてるんだよ」
言おうとして、生徒たちが通りすぎて、優はこの場で告白することを憚られた。
「わたしもだよ」
それだけ言うと、ポッと頬が熱くなるのを感じた。
「優ちゃん、かわいい!」
この質問で、赤くなるなという方が難しいと、優は思った。
:::::::::::::::::
友里と優は一度クラスに戻って後でまた合流することになった。友里のクラスは先生に促されて、クラス全員で購買部へ向かった。日曜日に制服を着て、学校にいるのだけでもソワソワ不思議な気分がした。
コッペパンが1つと、コーヒー牛乳が買えた。
「イチゴミルクは売り切れ!」
言われなくても見ればわかるのに、購買のおねえさまはあらぶっていた。お金を渡すとため息をつかれてあまりの感情表現に、友里は、「あはは」と笑ってしまう。
「ごめん!毎年この日は戦争で気が立ってた!はい20円のおかえし!」
「お疲れ様です」
「あなたは嬉しそう、楽しんで!」
「みえます?…そうでもないんですけど…」
「?」
この後、優とキャンプファイヤーを見る。優とだけなら、最高に楽しいが、金髪美少女のクローデットも、本当に来るんだろうか…?と考えると、気が気でない。
まずは教室に集まるので、逃げるように学校へ来たが、電車を使って、外国の人が一人で来れるわけがないとタカをくくっていて大丈夫かなと思う。飛び級をしている優秀な人間と聞いている。
高校は短大と併設しているので、大学生の姿もみられた。講堂が解放されて、大学生たちも高校時代を懐かしんで、キャンプファイアーを楽しむ算段をしている声がした。
昼間のクローデットの件を思い出すと、新鮮な怒りが浮かんできた。
(優ちゃんが王子様って、ほんとに、どうして)
繰り返すが、友里がこんなふうに他人に怒ることは極めて珍しかった。いつでも優を王子と言う人達のことも、友里なりに、尊重し、話を聞きたいし聞いてもらいたいと思うのだが、(初手から苦手だなんて)と唸る。
やはり、優と何か関係を持ってそうだから、嫉妬しているのだろうか…?
(これが、嫉妬)
友里のはじめて全部が、優のものだ。
友里のこれからの初めてを、優にささげる約束はしているが、(優ちゃんの初めてをもらえるとはかぎらないんだなあ)と、友里はぼんやりと思った。
誰と何をしていようと、友里はそんなに気にならないと思っていた。今の優がそこに在れば、それで十分で、優の幸せを優自身が選んでほしいだけなのに、どうして嫉妬のようなことを思ってしまうのか、欲張りでわがままな自分を恨む。
「あれ?でもキャンプファイヤーって子どもの頃、優ちゃんとみたかなぁ?忘れちゃったな…」
記憶はどんどん薄れていくし、優との思い出も、絵本を一緒に読んだことは鮮明だが、後は忘れていく。最近の思い出はいっぱいあるんだけどな、くすぐったく思った。──そうだ、ふたりだけの思い出を増やしていけば、それは、優と自分だけの”初めて”だ、友里は持ち前のポジティブシンキングを思い出した。
友里はいつの間にか友達とはぐれたので、購買部の隣にある、木のベンチに腰掛けて萌果と後楽が売店から帰って来るのを待つことにした。
横にあったラックを見ると、友里が昔読んだ絵本が置いてあった。開くと、児童文学で絵本と思っていたがびっしりと文字がかかれていた。小学生の頃の自分は、頭がよかったのかしらと驚く。
(川に落ちて、頭もぶつけたの?な~んて)
──実際、友里は頭にも大きな損傷を負っており、優が駆けつけた時は全身が包帯でぐるぐる巻きになっていて、優に多大なショックを与えたが、当時の記憶こそ、友里にとって曖昧だ。
「えー懐かしい、優ちゃんと読んだなあ。まだ家にあるかな」
薄緑色の森に囲まれた中で眠る異形の王子を、少女が、見つめていた。
「美女と野獣だったんだ…」
有名なディズニー版と、ヴィルヌーヴ版を下敷きにした作りのようだ。妖精の厳しい掟はあるが、基本的に王子とお姫様は真実の愛で結ばれる。
友里は、いつも醜い野獣に感情移入してしまう。
妖精と人間の間に生まれた因果により、妖精界の掟で、”醜いものと愛を貫く運命にある”という罰を生まれながらに背負ってしまう美しい少女、ベルと、野獣にかえられ、愛を語ることができないが、愛されなければ野獣のまま死んでしまう王子との真実の愛のお話。
野獣が、途中で愛を知ってしまったがゆえに、ベルを自分から遠ざけるのだが、その気持ちが少しだけわかってしまう。
(優ちゃんは、覚えているかな…。)そっと思った。
優の外見が変わっても、愛す自信があるが、優に、愛される自信はこれっぽちもない。そもそも、なぜ優が自分などにあんなに親身になってくれるのか、時に独占欲を満たしてくれたり、慰め、優しく、かわいいピカピカな光と春の妖精に愛されているような笑顔で微笑んでくれるのか、──いまだに「夢?」と思っている。
夢のように内面から美しい淑女な優が、自分のことを愛してくれて、好きだとささやいてくれる、それだけで夢のように幸せなのに、なぜ自分を?と思ってしまうのはおこがましいのかもしれない。
けれど、──呪いで、愛しているのなら、理由もわかる。
背中と太ももに背負った傷が、痛むような気がした。
あの事故が無ければ、優は、友里からとっくに離れていたのかもしれない。
ぶんぶんと首を振る。
(それは違うって、この前教えてくれたでしょう!?友里!)
自分を鼓舞する。
優が、怪我をする前から、友里のことを好きだったという話を思い出して、無理矢理指で唇のはしで、にへりと笑った。
愛されている。大丈夫。
そして、優のことも、大好きで愛している。
優のなにが好きなのか、早く語りつくせるように、もう少し本を読むべきだろうか。
友里はとりあえず手に持っている、美女と野獣を読み始めた。
「あれ、友里?」
声をかけられて、友里は顔を本から離す。すぐにどこまで読んだか、忘れてしまった。
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