第65話 実家に帰る
「大変お世話になりました!」
お土産と、追加の生活費の封筒をお渡しして、友里の母親・荒井マコは頭を下げる。友里も一緒に頭を下げた。
「もう終わりなの?寂しすぎます。まだまだ住んでていいのよ、友里ちゃん!」
優の母の芙美花が、生活費はお返ししながら、本気で泣いて言った。
「お手伝い本当にありがとう」
長兄と三男は、もうおらず、次男の彗と、両親、優が見送ってくれた。
「角を曲がったところに帰るだけなんですけどね」
友里はそう言って、皆さんに手を振る。
「女の子が消えてしまった…」
「おかあさん、わたしも女ですが…」
「…優は、優って生き物なので……」
嫌なことを言われて、優は薄々気付いていた、母親に女の子扱いされていなかったことを思い知った。所作やお稽古に厳しいのは、優が没頭すると余計なことを考えないで済む性格だからかもしれないと、最近の出来事を思って優は母に感謝する。
彗から聞いていないのか、両親は全く変化がなかった。わざわざ言い出すこともないので、優と友里は、お付き合いの件は黙ったまま、駒井家での生活が終わった。
「友里ちゃん、荷物持つよ」
優はシューズをはいて、友里と一緒に荒井家への道を歩く。
約2週間とはいえ、ずいぶん重くなってしまった荷物を、友里は優に半分もってもらえてにっこり微笑んだ。ほとんどが布だ。
「明日後夜祭だね」
優は道すがら、大きな模造紙に沖縄旅行の思い出などの展示物を広げたくらいの規模で行われている自分たちの高校の文化祭の、メインイベントと言ってもいい、後夜祭の話を持ち出した。日曜日の夕方に学校へ行かなければならないが、月曜が振り替え休日になる。
「キャンプファイヤーね、結局 もやすだけなのに、展示物作るのけっこう大変だったよね」
”放課後15分”を使って、クラスの展示物の支度をしたことを恨めしく話す。家でも一緒なのに、学校で過ごせる時間を、やはり特別に思ってしまう。
「友里ちゃん、一緒に出ない?」
「え!いいの!?」
去年は、優はクラスメイトとずっと一緒だったので、友里もクラスの団体の中にいた。学校行事なので、クラス単位でいるのは当たり前だが、恋人同士や仲良し同士でクラスから抜け出すのは暗黙されていて、友里も優の元へ走りたくてうずうずしていた。
しかし、妖艶な女子たちに囲まれている優を見て、回れ右した過去の自分を恨む。
「今年は、頑張るよ!優ちゃん!!」
「あ~~…沖縄の魔法が溶けてしまったから、ほとんど戻ってきてるんだよねえ」
沖縄で結ばれたカップルたちが、次から次へとお別れを迎えてしまって、優の元へまた、女の子たちが群がるようになっていた。
「仕方ないよ、この美しさにあらがえる者は少ないモノ」
「…ずっと疑問なんだけど、友里ちゃんってわたしの顔がどうしてそんなに好きなの?」
「えー-…そりゃ、顔はずっと可愛すぎるんだけど、中身が優ちゃんだから、顔も可愛いっていうか、──いや、でもそうなのよね、そこがほんとにわたしもずっと疑問なの、愛玩動物すら対戦相手になりえる顔面と心を持っている優ちゃんの、すべてが反対になったら、愛せるのだろうか?!いや、でもやっぱり心はそのままがいいなあん。で、醜い姿になったとしても、心が優ちゃんなら全部が全然かわいい…!って思ってしまいそうなのよね、どっちかと言えば、美女と野獣だって、野獣のほうが好きだし、なにか別の生物になったとしてダメなのっているのかな…?」
「うん、荷物置いておくね」
優は野暮な質問をしたと、思った。
ただ、ほんの少し、簡単に、友里に「好き」と言ってもらいたかっただけで、自分の外見がどうとか、実は本当にどうでもよかった。
「優ちゃん、大好きよ」
「…!」
荒井家の玄関先で、少しだけ高い三和土に座って、友里は小さな声で、優に言ってくれた。心を読まれた気がして、優は思わずかあっと顔を赤らめてしまう。抱きしめたくなって、伸ばしかけた手を引っ込めた。やはり駒井家での同居で、すっかり一緒にいるのが癖になってしまい、離れがたい。
(っていうかむしろ、優ちゃんがわたしのどこをすきなのかのほうが気になる)
本心から聞いてみたかったが、これでは答えが当たり前に決まっている「私のどこが好き?」「全部に決まってるだろ」「やだちゃんと言って♡」「ん~~♡」みたいな、バカップルのようだなと思って、友里は「キャンセルで!」と慌てて叫んだ。
「え、好きが?」
「それはキャンセルしちゃダメ!大好き!」
「あははは」
優はまた友里の勢いに押されて、動揺してしまう。荒井家の玄関なので、優の大きな体は傘立てにぶつかってしまうから、申し訳なく思った。
「お茶でも飲んでって、と言いたいところだけど、なにもないのよね、買い出しに行かなきゃ」
しっかり部屋の片づけをしてから、玄関に戻ってきた友里の母は、お湯だけは沸かして、ポットに入れた。土曜日なので、そもそも買い出しに行く日だった。
「わたし、優ちゃんと行ってこようか?」
優の予定も聞かず、友里がそういう。
「車出さなきゃだめでしょう。優ちゃんも来る?」
「あ、良ければいきたいですが、3時には帰りたいです」
「いま10時でしょう、そんなにかからないよ!」
3人で、当座の食糧や、日用雑貨を買って、荒井家の車へ積み込んだ。
友里が湯あたりで病院へ行った時のハンバーグ屋さんで、ランチを食べて、友里はソフトクリームまで頼んだ。
「優ちゃん、大変だったでしょう、友里と暮らして!」
友里の母にそう言われて、優は(逆にもっと一緒にいたいくらいです)という言葉を食後の紅茶と一緒に飲み込んだ。
「いえ、友里ちゃんは家事も充分手伝ってくれて、とても助かりました」
「そう?ならいいけど…バイト三昧でいつ家にいるんだかって感じだから」
「そういえば、友里ちゃん、今はファミレスしかしてないの?」
「コンビニをやめたから月水金だけよ。木曜のお風呂清掃はやってる」
「わたしが予備校に行くので、9時に一緒に帰ったり、兄が送ってくれて、いつもよりも安全に過ごせていたと思います。良ければ、これからもお迎えに行きたいのですがいいですか?」
「そんなの!こちらがお願いしなきゃいけないことだわ~!ほんと駒井さんちには、迷惑かけちゃって…!いつもありがとうね」
「こちらこそです」
優の対応が穏やかかで、友里は見習いたいなと、ソフトクリームを食べながら、横目で見ていた。
(お母さんはすっかり、優ちゃん王子様みたいって顔で見てるし)
母とはやはり相いれない。
「なんだか、優ちゃん、いつもより柔らかいかんじね」
「…そうですか?」
「うん、なんだか可愛いかも?不思議ね!しばらく会わなかったからかしら!」
母言葉に友里は目を見開く。ようやく!優が可愛いことに気付いたのか!?
「おはああさん!!やっと!!やっとかわいいのくぁかった!?!?」
「友里、落ち着いて食べなさい!!」
友里は着席する。
「なんだろう?恋人でもできた?」
友里の母の質問に、優は言い淀む。兄に言ったように、「娘さんと、お付き合いさせていただいてます」と言っていいのか、友里を見ると友里はぶんぶんと首を横に振って、(やめてやめて)と目で叫んでいた。
言いたいけれど、今じゃないのか──優は心残りを感じながら、それでもと意を決して、言った。
「ずっと大好きな人と、お付き合いできました」
優は嘘をつきたくなくて、友里の母の瞳を見ながら、告げた。
友里の母が嬉しそうに、お祝いを言って、ケーキを頼んでくれるというので、優は丁重に断った。きちんと挨拶をできなかったのに、それは本当に心苦しい。
友里を見ると、友里がメニューを見るふりをしてメニュー表で顔を隠しながら、こちらを見ていたので、照れ隠をしながら、(まだ何か食べるの?)と聞いた。
「わたしも、ずっとすき!」
小声で口をパクパクさせて言うので、優はあまりの自分のずるさや、恥ずかしさに動揺しながらも、可愛すぎる友里に緩む口をおさえるように、手の甲で唇を抑えた。
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