第64話 恋人の証


 駒井家に居候させていただいて12日目。

 朝になって急に、2番目の兄の彗に優とのお付き合いがバレたことが恥ずかしくなってきた友里が、スマホを見ると、深夜のうちに届いていたメッセージを見る。

 ようやく母が帰宅することが通知されていた。と同時に、友里も荒井家に帰宅することが決まった。父の腕の骨折が落ち着いて、自分でなんでも出来るようになったらしい。


 あまり眠れなかったので、ボーッとしている。時計はまだ5時。昨夜使わせてもらったお風呂を洗いにお風呂場へ行く。昨夜きちんと消したはずの、お湯の電気がついていたので、もう誰か活動しているのかもしれない。自分もシャワーを浴びてから、自分しか使わないので、隅々まで室内を清掃をする。

 コンコン。

 ノックの音がした。

 友里は今度は自分の服をきちんと確かめて、まだ濡れた髪のまま、ドアの前にたった。パジャマがわりの、薄手のインナーと短パン姿だったので、パーカーを羽織った。

「はい」

「優だよ」

「あ、開けるね」

 ガチャリとドアがひらいて、友里はジャージ姿の優を迎え入れた。

「あ、ごめん。髪、乾かしてからでいいよ」

 友里の姿を見た優はまた、少しだけ目を足元辺りに反らして、慌てながら言うので友里は、この姿もちょっと間違えたのかと反省した。自分の足を見ると、お揃いのトゥリングが光っていた。優はスリッパをはいているので見えないが、優の様子から、きっとつけているんだろうなとうれしくなった。一応、長いズボンを上からはいた。


 自分用のドライヤーも家から持ってきていたので、友里はお言葉に甘えて髪を乾かすためにコンセントを差し込もうとした。優がしてくれると言うので、甘んじて木の椅子に座る。

「…昨日はごめんね」

 ドライヤーの音の中、優から言われて、やはりその話かと友里は顔を赤くした。

「ううん!!お兄さんに、ちゃんと付き合ってるって言ってくれてすっごくうれしかった!ノックするの、怖くなかった?朝って考え付かなかった!」

 昨夜は言えなかったお礼を、鏡越しの優に向かって言う。

「……~~~~!!!」

 いてもたってもいられず、そういうと、立ち上がって、優に抱きついた。

「友里ちゃん、まだ途中だよ」

 排気口に柔らかな髪を吸い込ませそうで、あわててドライヤーを消すと、机にドライヤーをおいて、ぎゅーと抱きつく友里を見る優が、背中をポンポンと優しく叩くと、友里の力が弱まった。

 優の胸に顔を埋めた友里は、ドキドキと早鐘がなるような音がして、優もドキドキしていることがわかったが、見た目からはあまりそれが見てとれなかった。


「……優ちゃんは余裕で羨ましい」


 優はそういわれて、(どこがそうみえるのかな?)と羞恥した。どうかんがえても、優のほうが友里の誘惑にいつでもおろおろと彷徨っていると思っていたし、今もあっという間に本能に負けそうになっている。

 抱きしめたことでわかったが、「インナーの下に、何もつけてないよ友里ちゃん」と、喉まで出かかっているが、我慢している。


「いまから、彗さんにもう一度謝りに行く」

「えっ」

 思いがけない友里の発言に、優は戸惑った。

「大切な、妹さんに手を出してスミマセンって!」

「待って待って、一旦落ち着いて、深呼吸だよ」

 すうはあと、優に合わせて友里がする。涙目だ。優はクスリと笑ってしまう。(こういう態度が余裕にみえるのかな?)襟をただす。友里の気持ちがわかって、どこか嬉しくなったので、険しい顔なんてできなかった。


「友里ちゃん、わたしね」

「うん」

「友里ちゃんと、きちんとおつきあいしてて、ほんとにうれしい」

「!うん、はい……」

 友里は真っ赤になる。

「わたしの恋人は優ちゃんです」

 まるで翻訳のように絞り出すような声で、友里が言うのでかわいくて笑ってしまう優だが、真面目な話なのでこほんと咳払いをした。

「友里ちゃんが大切にしてくれるのもわかるし、わたしも友里ちゃんを大切にしたい」

「うん、わたしも…優ちゃんとのはじめてを全部、大事にしたい」

友里は、(ほんの少しうそだ)と思った。(早くしたいくせに、優ちゃんにイイコに思われたくて、嘘をついてしまった)ひとり、うつむく。


「…嬉しい。だから、兄に知られても……」

 …と言いかけて、お風呂からもわもわと湯気が出ていることに気付いた優は、立ち上がって、お風呂場へ言ってみるとシャワーのお湯が出たままで、止めた。

「うわあごめん」

「ううん、掃除中にわたしが声をかけたせいだよ」

「優ちゃんはわたしの失敗を自分のせいって言うの良くないと思う!お水もったいないよ!ってちゃんと怒らないと」

「怒られちゃった」

 クスクスと笑い合う。お風呂の床は少し濡れてて、優の靴下はぬれてしまった。お風呂場から出て、靴下を脱ぐ。

 そうだと優は、トゥリングを見せた。友里が選んだターコイズブルーの石が入ったリングが左足の薬指に光る。やはり、同じ足につけていたことが嬉しくて、友里も左足を見せる。

「どうせなら一緒のものにしてもよかったねえ」

足を重ねて、友里が言うと、優がしゃがみこんで、友里の足から指輪を外した。そして、友里の足首をもって恋人の証を綺麗に、はめなおした。

 柔らかく微笑んだ優があっさりと自然にするので、友里はドキドキしてしまう。

「わたしもしたい!」

言って、優の足先に触らせてもらう。儀式のように、優の左足の薬指に指輪を付けると、厳かな気持ちになった。


 優は友里のかわきかけの髪を耳にかけて、頬をそっとさわった。友里も優の手に、頬をすり付けて、見つめて、にっこり笑う。

 「恋人だ」と言う証が目に見えてあれば、誰かに伝えたり、わかってもらえなくても事実としてそこに存在するだけなのに。誰かに認めてもらう必要もなく、ただ恋人の当人たちが幸せなら、それでいいと、思えたらいいのに。


 先程の、言葉の続きを優が言う。

「謝ることなんて、なにもしてない。兄だって、祝ってくれたんだから」

 にっこりとほほ笑む優を見て、友里はなぜか泣きそうな気持になって、こくりと頷いた。それから体育すわりをして、自分の膝を見つめた。



(キスしてもいい?)


 言いたくなって、友里は、断られたらツライなと思い喉まで出かかって、唇を抑えた。高校生の節度ってなんなんだろう?

「友里ちゃん?」

 優が不安そうに声をかけるので、見つめると、そこまで優が来ていて、今がチャンスなのかもしれない!と思ったが、なかなか踏み込めず、首を横に振った。


「あのね、明日お母さんが帰って来るんだって」

「え!早いね」

突然のお話変更に、優が驚きながら話の内容にもっと驚く。

平日に、友里が帰ってしまうのは、寂しかった。

(どうせならずっと住めばいいのに)

「明後日の土曜日に、荷物とか運び出すよ~」

「…そう、さみしくなるなあ」

「今日は深夜までバイトだから、先に寝ててね」

「木曜日か……休めないの?」

「やすまないよ!」

「じゃあお迎えに行く」

「過保護って言われちゃう」

「保護しても足りないくらい」

「珍獣かしら」

 アハハと優が笑ってくれるので、友里は(守りたい、この笑顔)と標語のようにガッツポーズをしてしまう。


「優ちゃんが好きだから、絶対に悲しませたくないの」

「え」

「だから、もしもご家族に反対とかされて、つらかったらすぐ言ってね」

「うちは大丈夫じゃないかな、友里ちゃんのお家のほうが心配だよ……」

「うち?うちは…たぶん優ちゃん捕まえたなんてでかした!とか言われそう」

「そうかなあ……??」


 優の自尊心のなさはなんなんだろう?と友里は思う。

 (もしもご家族に反対されても、優ちゃんはわたしと付き合っててくれるかなあ…?)

 一抹の不安が心をよぎるが、今を大切にしたいと思った。たくさん好きって言おうと心に誓った。


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