第169話 おもちゃ


「本当にひとりで、したことないの?」

 ほとんど蕩けてから、優に言われて、友里は呼吸を整えながら、真っ赤な顔で口元を拭いながら頷いた。

「でも……そんなに言うならもう、したことあるってことでいい」

 友里がむくれて言うと、優は思わず噴いた。

「おかしいから言っているわけじゃなくて」

「だって、すっごい笑う。優ちゃんの笑顔は大好きだけど、なんか恥ずかしいよ」

 優の指が、ゆっくりと全身を動くので、友里はビクリと体を震わせた。

「これはもうかわいくて、ごめん」

「じゃあ、優ちゃんがお手本をみせてくれるの?──駒井先生♡」


 突然、ふざけながらも凛々しい様子になった友里に、組み敷かれて、優はベッドに体をうずめた。

 見上げると、熱を帯びた蜂蜜色の瞳が、優の体をまじまじと見つめている。したたる汗を、優は指先で拭う。

「怒った?」

 友里のいつもと違う様子に、優は問いかけてみる。(怒ったのなら、嬉しいかもしれない)少し心がときめいている。

「わかってるくせに、──恥ずかしいの」


「ひとりでする……やりかた、みつけてみる?」


 そう言いつつ、優は下から、友里の体をまさぐる。上も下も下着のなかを優の手に侵略されていて、友里は、悶えた。先端や中には触れず、回りをそっと撫でていて、腰が浮いてしまいそうになる。

「したいなっておもったら、優ちゃんと、お約束できるから」

 友里は、震えながらも、ごくりと喉をならす優をみた。(友里わたしのなにが、優ちゃんをそんなに興奮させているのかわからない)とおもったが、それなら、ずっとひとりでしないほうがいいのではないかと思った。

「ふたりで、したいし」

「友里ちゃん」

 熱っぽい優に、そのまま口づけをされて、友里はベッドの上で、なすがままになる。びくりと体が跳ねた。


「じゃあ、ふたりでする用のものを使おうか」

「あっあっん」

 ちょうど、達しそうになった瞬間に、友里の体から優が離れた。友里は、息が荒いままベッドに残され、瞳を開くと、段ボールの中をまさぐる優を見つめた。友里はベッドで、呼吸を整えて、自分の体を抱き締めた。先端がキュッと固くなっていて、優に準備をされたようで恥ずかしかった。

「洗ってくるね、手も」

 ひとりで部屋に残されて、友里は、(この時間に、自分で、触ってみたらいいのかな……?)と思った。胸を触ってみるが、しかしそれ以上に身動きがとれずにおとなしく待つ。優のことばかり考えているうちに、慌てた様子の優がすぐに帰ってきて、淡く微笑んで迎え入れた。

「優ちゃん、かわいい」

「ちょっと、はしゃぎすぎてる?」

 照れたような優が、ベッドの脇に腰を掛けると、屈んで、友里に口づけをした。

「ん……」

「友里ちゃん、わたしに無防備過ぎるよね」

 言われて友里はキョトンとする。

「なんでも身を預けすぎ。こんなことしようって言っておいて、アレだけど、少しは断っていいんだよ」

「優ちゃんだって。ちょっとかわいすぎて、心配なくらいよ」

「そうかな?でもわたしは、友里ちゃんにずっとかわいいって思われていたいから」

「えー、かわいすぎる!」

 ユウチャンカワイイっと友里が鳴くと優が微笑む。


「セルフプレジャーのものは、充電式だったから、次にするとして、電池式のものがあったからこっちを使ってみようか、いやだったらすぐやめるね」


 急に優が事務的に言うので、友里は、固まる。ピンク色の小さな棒に電源をいれると、ブウンと音がした。

「触るね」

 太ももの外側に機械が触れると、友里は「つめた」と呟いた。

「マッサージ機みたい」

「そうだね」

「優ちゃんのマッサージのほうがきもちいい」

「光栄だな」

 優が把握している限りの友里の身体の好きな場所に、おもちゃを移動していくが、友里は、声も出さず、時折、「きもちいいかも」と微笑む余裕すらあった。(でも、優ちゃんの手なら、あっという間に蕩けてしまうのに)と、もどかしくもある。

「あんまりよくわかんないかも」

「そっか、じゃあ、ここは?」

 ジャージの上から、下着が外されている無防備な胸の先端に当てられて、友里はびくりと跳ね上がった。

「そ、そこはさすがに、局部だし、びっくりする」

「じゃあ、こっち……」

 下着越しに下にそっと当てられて、友里は、腰を浮かした。

「あっやっ」

 はじめて友里が反応をしたので、優がにこりと笑った。友里は負けた気分になりつつ、優の笑顔にうっとりする。

「も、だいたいわかった。これ、優ちゃんの素敵さがわかるね」

「ん?」

「だって、優ちゃんが触ったら、もっと、すっごいビクンってなるよ」


 抱きしめて、頬に、優がキスをすると、友里がぴくんと震えた。

「ほんとだ」

「……!」


 優は、友里の唇の端に、唇をチュ、と付けるとさらに反対側にもいちど、またついばむように友里の唇の端に、自分の唇を軽くあてた。そろそろと友里が瞳を開こうとするので、「まだだよ」とかくれんぼのように言う。

 唇の向きを変えて、もういちど。リップ音を立ててもういちどすると、下唇を唇で食んだあと、ようやく唇を合わせた。

「ん…」

 深く口づけをすると、友里から吐息が漏れた。体の芯がジンとした。友里の体が自然に逃げてしまうと、優が肩を抱き、自分に引き寄せ向きを変えて、深く重なった。

「はぁ…っ」

 顔の向きを変えるたびに友里が呼吸をするせいか、それでリセットされるように、優が、何度も唇を奪う。優が遊んでいる気がして、友里はようやく目を開いた。


「なんだか、わたしが優ちゃんのおもちゃみたい」

「友里ちゃんは人間だよ」

 優がキョトンとしているので、友里は恥ずかしくなる。幼いころから『人形』と揶揄されてきたせいで、言葉に敏感な優に、無機物の例えは軽率だったと思った。


「キス、好き」

「わたしも」

「とりはだがたっちゃう」

「あはは」

 優は笑いながら、友里の首筋にキスを落とした。友里は、優の開始の合図だと思い、素直に身を任せる。首筋から鎖骨をゆっくりと愛撫してから、友里の緊張がほどけた頃に、内側をなぞっていく。


「や……んっあ」

 友里はあっという間に達してしまう。喘ぎ声をだらしなく上げて、ハアハアと息を荒げて、腰をのけぞらせた。優がごくりと喉を鳴らして、そんな友里を見つめながらもういちど指を中に深く入れるので、何度も軽く達してしまう。

「やだ、やだ。優ちゃん、もうだめ」

「いやって言えたから、やめようか」

「う、ん」

「ほんとに、いいの?もういちどくらい──」

「ホントに!だって、もう6時になっちゃう」

 友里の言葉に、優は思わず時計を見た。1時間近く愛し合っていたことに気付いて、カッと頬を赤くした。

「ユウチャンカワイイ」

 小さく友里が鳴くと、優は名残惜しい気持ちで友里の体から指を離した。

「ふぁ…っ」

「もう、我慢してるのに、その声はだめ」

「な、だ、だって!いつもそんなふうにしないから……!」

「いつも優しくしてるつもりだけど、いたかった?」

「いつも優しいよ!でも、今日はなんか、内側の壁を撫でるみたい……で?」

「う」

 上目遣いに見つめると、優がまた、熱を帯びたような表情になって、友里は(また何か失言をしたかしら)と焦った。

「友里ちゃん、本当に無防備すぎる」

「?」


 優は『はあ』とため息をついて、片手で顔を覆う。友里を指のすきまから見る。友里は、見つめられていることに気付きながら、ジャージをばさりと脱いで、肩ひもだけで頼りなくぶら下がっていたブラを直した。

「ランニングはまた今度ね」

「いつになるかなあ」

 優が、色々なものに負けたような、ため息交じりの声で言う。


 ::::::::::::


「そういえば、優ちゃんってなんで、えっちの時ぜんぶ、ぬがさないの?」

「え?!」

 優が大きな声を出すので、友里は逆に驚いて、シャワーを取りこぼしそうになる。友里の家は、シャワーが2台あるので、となりでシャワーを浴びることが出来る。浴槽も広いタイル張りで、無駄に銭湯のような作りになっている。


「全部脱ぐと、恥ずかしい」

「!」


 友里はシャワーを手早く終わらせて、優の背中にぴとりと抱き着いた。

「ユウチャンカワイイ♡」


 お互いの肌の密着が友里は好きだ。吸い付くような優のもち肌に抱き着くと、離れているところがないくらいぴったりとおさまり、まるでこの世に一対のようで嬉しかった。布越しだとあまりわからないので、行為の際、自分が主導権を握れる時はすべて脱がしてしまうし、ずっと抱きしめたまま、一か所だけを執拗にせめて優を愛するのだが、優は、きっともっといろいろな理由で、服を着たまま行為に及んでいると思っていた分、そんな、恥じらいによってなされていたと知って、友里は愛おしさが増してしまった。


「ゆ、りちゃん、あの……だから、今みたいな状態が、恥ずかしいんだって」

 しどろもどろになっている優に、友里はハッとして、パッと離れた。

「全裸」

「そ、そう」

 背中から前に回って、友里は優に抱き着いた。優は自分の言葉が伝わらなかったのかと驚いて身を硬くしている。


「あのね、こうやってぴったりくっつくと、隙間が無くなって、嬉しいの」


 友里は普段思っていることを、優に言ってみた。優もハタとして、友里の背中に手を回して、抱きしめた。

「ホントだ……。すごいね」

「うん、だからね、すごい気持ちよくなって、これだけで幸せって思えるの」

「着たまま、嫌だった?」

 抱きしめながら、優が言う。少し寒くなったので、シャワーのお湯を肩に浴びる。


「ううん、えっちだし、はずかしいし、盛り上がるなあ、っておもう」

「え!」

「だから、優ちゃんはすごいって思ってたの」

 キラキラと瞳を輝かせて見上げて言うので、優は言葉を失う。

「友里ちゃんは、大胆だよね……ほんともう……それでなんでひとりでしたことないとか、突然うぶなこと言うのかなあ」

 赤い顔で優が言うと、友里はキョトンと首をかしげた。


「ひとりのやり方より、ふたりのやりかたを知りたい」


「──それはそうだ」


 優が微笑むと、友里も笑った。

「だからね、おもちゃも、もうちょっと楽しめたらいいなと思うよ、ほんとに」

「じゃあ時間がある時、また試してみようか」


「うん今度は優ちゃんもね」

「……!」


 もう一度ぎゅっと抱きしめ合って、それから、時間を見てふたりで青ざめた。6時半、駒井家朝食の時間だ。

 駒井家に向かうと、いつもと変わらない両親が「おはよう」と言った。

 兄の彗も手を振る。

 ふたりは、あまりにも普通な駒井家に入った突如、幼馴染の仲良しとして迎え入れられた気がして、先ほどまで愛し合っていた恥ずかしさが増してきた。秘密を抱えているようなカクカクとした、くるみ割り人形のような笑顔で、「ただいま」とかろうじて言えた。

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