番外編⑦ 少女A
カササギの休憩時間を待って、みんなはそれぞれに行きたい場所を言った。優と友里は、陶芸部へ、カササギと後楽は、お化け屋敷を選択した。
萌果は、ここで自分だけが、異質だと気づいてしまった。
「あ、私、1年生の”宇宙、その謎”って言うの見たいかも!!皆、分かれて大丈夫です!」
そういうと、待ち合わせの場所も時間も決めず、ひとり走り出してしまった。
(あからさますぎたかなあ、でもスマホもあるし、いっか…)
絶対、間違ってなかったと、本日2杯目のメロンクリームソーダをチュウッと吸って、踊り場に座った。さわさわと流れる、人の音を聞いて、萌果はゆったりする。
ラブロマンスが好きだ。純愛も好き。
でも見ているだけで充分なのだ。全部想像できてしまう。恋のドキドキや、相手の出方など、全部わかってしまって、好きな相手と思って付き合っても、デートも初エッチも、物語より興奮できるものは、なにもなかった。
「あれ?さっきの」
2階の踊り場から、声をかけられて、萌果は顔を上げた。
スカートの中身が見えて、顔をしかめる。紫のパンツが、翻るスカートの中身で大きく主張して見えた。
「後楽と一緒にいた子でしょう、なに?迷子?」
岸部鈴鹿が、人懐こい笑顔で、そこにいた。
「鈴鹿だよ!後楽の姉でーす!血は繋がってません!」
「えっ」
萌果は、思わず反応してしまって、「可愛いじゃん、少女A」と岸部鈴鹿に横に座られてしまった。
座った直後、スマホの画面を見た鈴鹿は、まだなにも来てなかったようでスマホをポケットにいれなおすと、八重歯を見せて、人懐こい笑顔で手を振る。
「単純明快の後楽は、ああいうの見たら好きになっちゃったでしょ!?でもおかしいな、カササギから絶許メッセが来ない」
鈴鹿に笑われて、萌果は、戸惑って笑った。
「もしかして、嫌われようと仕組んだんですか?悪趣味ですね」
一言多かったかもしれない、萌果はクリームソーダを一口すする。
「ねえ少女Aは、文化祭を楽しんだ?」
八重歯を見せて、岸部鈴鹿は言う。雲のようにふわりと萌果の悪意は包まれた。
「
萌果は、罪悪感からか、思わずフルネームを鈴鹿に伝えてしまう。
後楽の姉で、工業高校の三年生。鈴鹿は友里と同じぐらいの身長で、肉感的な体つきをしている。三白眼の瞳を、ニッと細めて笑った。
::::::::
「びっくりしたでしょう?カササギが後楽を、好きとか驚いちゃってさ、10年もダチやってたしさぁ、彼女できるなら~、そのまえに一回セックスしておきたいな、って思って!後楽がソレ知ったら、オンナいけるんだ!?って思って、あっという間にカササギのことすきになりそ~って思ったんだよね!」
鈴鹿の言い訳のような、事の顛末を聞かされて、萌果は返事もせずにローテンションで「はい」と答えていた。その思考の流れが、萌果には理解できなかった。
「なあに?どんな話だったら、納得したわけ?」
鈴鹿の質問に、萌果は答えたくないと思ったが、陽キャの皆さんにはわからない、最高に気持ち悪いプレゼンをしようと思った。
「そのまえに、リサーチしていいですか?」
萌果は言う。
「血が繋がってないって…」
鈴鹿はあっけらかんと手をヒラヒラさせて、すらりと告げた。何度も話している事なのだろう。
「あたしは、後楽の──岸辺のお父さんの親友の子どもなの。生まれたてのアタシを病院においたまま、親がふたりとも事故で死んじゃって、後楽がお腹にいるときに、赤ちゃんのアタシをもらってくれたんだって」
「うっおもい…」
萌果が、なぜか嬉しそうに唸る。
「では、ビニール傘の手書きのお魚さんは、カササギさんと、鈴鹿さんが一緒に描かれたものでは?」
「え~あたりだよ、なに?あなた占い師??あれは去年の夏かな~、ビニ傘買った時に、おまけでビニール用の油性ペン付いてて、お魚かいたら盗まれなくなってさ!カササギと一緒にめっちゃ描いた。晴れた日も、さしてたくらい!カササギの顔に青い魚がめっちゃ映って、さいこーエモかったよ」
萌果はしばらく思案した後、顎を押さえて話し出す。
「鈴鹿さんが、カササギさんを好きだと仮定します」
「うん」
鈴鹿も、自分の指を絡めて、そこに頬を乗せると、萌果をじっと見て話を聞いた。
「いつもカササギさんと一緒にいたのは、鈴鹿さんのほうだったのに、後楽が鈴鹿さんの真似をしてる部分を、好きと、カササギさんに言われるんです。”いい加減そうに見えて、人のために生きてる”とか。鈴鹿さんは思うんですよ、あたしの真似の部分じゃん?って。なら、あたしを好きにならないのか?鈴鹿さんは日々迷うんです」
「あはは、おもしろ~、そういうの、どこで習うの?」
鈴鹿は萌果の語りに、ケラケラと笑う。
「愛されてても、どこかひとりぼっちだった、鈴鹿さんが自分自身で選んだ、本当の友達で心の支えだったカササギさん。鈴鹿さんのなかで、なにか、火が着いてしまった!特に、後楽は、鈴鹿さんにとって、妹であり他人なので、比べられる事をあまり好んでなかったから…」
「ねえ、それはやめとこ?もらわれっこ系の傷に手、つっこむのやめよ」
鈴鹿は笑いながら、軽く萌果の背中をグーで叩いた。
「いたた。すみません、興が乗ってしまって。てか、そんぐらいじゃないと……、小さい頃からの幼馴染に、いくら貞操観念がばがばでも、一回ヤってお別れなんて、理由がつかないんですよ、私には」
萌果は真剣な顔で鈴鹿に言った。
「てかさー、マジ、さあ…それはだめでしょ…?」
鈴鹿は笑ったまま、うつむく。
「鈴鹿さん?」
萌果が覗き込むと、鈴鹿は肩を震わせて、泣いていた。
階段に、ぽたぽたと涙が落ちて、萌果はオロオロと周りを見回してしまった。
思わずハンカチを渡す。それは鈴鹿の握りこぶしの中で、くしゃりと潰された。
うつむいたまま、涙を階段の床にポロポロと涙をこぼして泣きじゃくる鈴鹿に、萌果は息を飲む。大変な事を言ってしまった気持ちがして、唇を抑え、氷の解け切ったクリームソーダを飲み切ると、(あとでちゃんと捨てます)と誓って、そばに置いた。
先程まで萌果がうそぶいていた”純愛”を、鈴鹿がカササギに感じていた真実なら……。
萌果は、少しだけ怖くなって、服の裾を掴んだ。
「いやー…あたしマジで貞操観念なくて、カササギが好きとか自分でもわかんないや…だってずっと彼氏とか、いたし」
「うっそ!」
萌果は、(この期に及んで…???)と思った。完全に片思いの人間の行動を見せておいて、なにを言っているのだろう。
鈴鹿は””図星をつかれて、涙を流した””わけではなかったんだろうか?萌果は、まったくわからなかった。
「……よし、遊ぼう」
涙の主である鈴鹿は、起き上がるとひどく腫れた目でそう言った。萌果は、戸惑っていたが、カラになったクリームソーダの容器を鈴鹿が拾った。
「ごめん、今日だけ、付き合ってくんない?」
涙の瞳のまま、お願いされて、萌果は頷くしかなかった。
模擬店や売店は全て回った。たこ焼きお好み焼き、カレーからあげ、シチュー、演奏会、──お化け屋敷。ここには後楽が行ったはずだが、時間がずれたのか逢うことはなかった。鈴鹿はたくさんの男子に声をかけられたが、萌果と手を繋いで、全ての誘いを断った。
途中で彗に、萌果は話しかけられた。初めてあったのに、優から聞いていたのか、豊穣券を譲ってもらって、写真部で記念写真を撮った。
「萌果はアホだから、あたしと一緒のメイクしちゃるな!」
「なんでですかー」
萌果が一応突っ込むが、鈴鹿の唇メイクは真っ赤な色を使いながらも肌色に馴染んでいたので、やってみたかった分、喜んだ。
「萌果めっちゃ写真うつりいいじゃん!」
泣き腫らした顔で、目が横にペっちゃんこになっている鈴鹿は、萌果の顔面をしきりに褒めた。黒髪で色が白いくらいしか、自分に特徴がないと思っている萌果は、肉感的で、誰からも愛されそうな鈴鹿に言われて、悪い気はしなかった。
りんご飴を買って、校舎の裏の自動販売機のそばで、休んだ。もうお腹ははち切れんばかりだったが、ひとつのリンゴをふたりでかぶりついて、完食しようと鈴鹿が言い出した。間接キスにこっそり緊張したのだが、鈴鹿がリンゴの割り方の雑学を披露して割ってしまって、美味しく食べられた。
後楽が、メイク好きなのも、鈴鹿の影響なのかもしれない。鈴鹿は貞操観念も考え方もめちゃくちゃで、大雑把で、行動力の化身だが、面倒見が良くて、──第一印象は最悪だったか、萌果はすっかり気に入ってしまっていた。後楽のことを、いい友達だと思う部分全部が、鈴鹿と一緒だった。
「私、妄想って言ったけど、カササギさんが、後楽の好きなとこを”結局は人のために生きてしまうところ”って言ってたんですよ」
言いづらそうに、言いよどむ。息を飲んでから、萌果は続けた。もうすっかり、カササギのことを鈴鹿が好きだと思って、話を進めていた。
「あたしらは、まだ後楽のことよく知らないんで、ぴんとこなかったんですけど、鈴鹿さんのほうが、やっぱそういうとこ、ありませんか?」
鈴鹿は萌果の優しい気遣いや、慰めに気づいて、にっこりと八重歯を見せた。
「でも、後楽も偉いんだよ、今だと他のバイトやめて、おばさんの足が悪いから、まだ資格ないけど美容院が休みの日に、掃除手伝い行ってたり。自分の良いとこを、アピらないんだよね、あいつ」
「あ…」
「カササギ伝説って知ってる?」
萌果は頷いた。織姫と彦星の恋を応援する鳥だ。
「あたしは、天の川の中からカササギの橋がかかるのを見てるやつ。すげーな、キレイに飛んでるわ~って、眺めてるだけの。今回はぶつかって邪魔したから、あたしって天の川の難破船みたいなもんだわ」
酔っ払ったかなーと未成年の癖に鈴鹿が言って、カラッとりんご飴の棒をごみに捨てる。
「なんでふつーに、好きな人の恋を応援できねえんだろ、自分をぶん殴ってやりたい」
ニコニコへらへらしていた鈴鹿は、少しだけ真面目な口調でいう。
「そんなの、歴史上のみんなができてませんよ……私、いつも思うんですけど、暴力で言いなりにしたって、心は変わらないんだから、武力行使って、意味ないと思うんですよね」
萌果が言うと鈴鹿は、「へへ」と笑った。
「でも思い出が、できちゃったぜ」
投げキッスをするように、二本の指で、唇をなぞる鈴鹿。
「さいてー!それは最低です!」
萌果は叫ぶ。
「そうだよ最低。思い出す度に死にたくなるやつ、最高だけど最低な、それを抱えて生きてかなきゃいけねーの、病むわ」
鈴鹿は自虐的に己を嘲笑した。
「初恋に気付いた瞬間に、失恋とかマジうける」
またすこし泣いて、鈴鹿は震えた。
「……あの
鈴鹿は泣きながらそういうと、鼻をすすった。萌果が、持っていたハンドタオルをまた貸すと、にこりと笑ってぐしゃッとつぶされた。萌果は嫌な顔をする。
鈴鹿は、今度は地面ではなく、空を仰いだ。鳥は飛んでいなかった。
「両思いって、奇跡みたいなもんなんだな」
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