第60話 初デート

 暗いトタン屋根の小屋の中で、カササギが着替えようとしていると、岸部鈴鹿きしべすずかが入ってきた。

「ビビるから、ノックぐらいしなよ」

 カササギは、幼馴染の気安さで、軽く諫めてから、鈴鹿へ向く。鈴鹿はネクタイを外し、ボタンを外していた。紫の下着をつけた肌が見えたまま、カササギの方へスキップするような軽快さで歩いてくる。

「着替え、そっちの棚だよ」

 カササギが注意して言うが、鈴鹿は自分よりも小さな体のカササギを、そっと抱きしめて、言った。

「……カササギ、後楽のこと好きなの?」

 鈴鹿の小さな声を聞いて、カササギは顔を真っ赤にした。

「なんっで、それ…知ってんの?」

「前ファミレスで、喋ってるの聞いちゃった、ごめんね」

 変な所で可愛い話するものじゃないと、鈴鹿は言いながら、カササギの首を羽交い絞めするようにして、カササギにキスをした。舌が入ってきて、ふざけているキスではないことがすぐに分かった。カササギは、横から大きく振りかぶって、鈴鹿を殴った。

「一回、やってみない?後楽との前の練習に」

 鈴鹿はカササギの攻撃などものともせず、部室の机に押し倒し、コスプレの薄いシャツのブラウスを破いた。驚きと羞恥と恐怖の中で胸をまさぐられて、太ももを開かれたカササギは思わず「後楽」と呟いてしまう。

 なぜか鈴鹿の手が止まったので、強い力で鈴鹿を蹴った。押し退けると、机から飛び降り、部室のカギにてこずりながら、外に飛び出した。


 そこに、片思いをしている後楽の姿を見つけ、思わず涙があふれてしまった。

 自分の胸元を押さえるようにして、ぎゅっと握ってやぶれた個所を隠した。

 慌てて駆けだすと、後楽がすぐに追いかけてきて、つかまってしまう。


「…!?なにがあったの?」

 強い口調で言われて、カササギは戸惑った。姉に襲われたと言っていいのか?いや妹を傷つけるわけにはいかない。

「なんでもない…!」

「なんでもないことあるかよ、半裸じゃんか」

 後楽は着ていたもこもこのパーカーを、カササギに着せると、前チャックを下から止めて、カササギをもこもこにする。

「…変な服」

「そんだけ軽口叩ければ大丈夫かな?」

 カササギは、後楽にしがみ付いて、小さな声で「好き」と言った。




 :::::


「と、いうわけでお付き合い、できまして……」

「なにそれ!?!」

 3-Bの教室でオムライスを頂きながら、優と友里は3-Bのクラス対抗1位に貢献していた。

 後楽と、カササギはなんとなく距離が近くなっている気がするが、萌果だけが気付いていて、みんなは気付かないようなので、無視をしていたというのに、本人たちからの告白に、萌果と優と友里は目を剥く。後楽はなにがなにやらわからないと言う複雑な顔をしている。


「あ、でも、鈴鹿をおこらないであげて、そういうとこあるの、なんていうか…貞操観念が低いっていうか…」

「カササギさん、そういうの許しちゃうタイプなんですか!?私、友達がそういうのだったら絶対無理です」

 萌果は、純愛が好きなので、自分の貞操観念もかなり高いため、毛虫でも思い出したかのような声で両腕を抱きしめた。

 優と友里は、そういう話が今、とてもシビアに響いてくるので、もくもくとオムライスを片付けた。

 タオルぐるぐる事件は、一応の決着はしたとは言え、段階を美しく踏んでいきたいのに、いつも別の道から進んでいる気がしている。


「だから、ええと、告白出来ちゃったので、…鈴鹿のことはあんまり、怒らないであげて」


 襲われた張本人に言われて、全員は「はーい」というしかなかった。


 ──世界ってそんなに簡単に、好きが通じてしまうの?


 友里はオムライスの味がわからない気がした。


 午後になって、3-Bばかりにもいられないので、カササギの休憩時間を待って、5人は歩き出した。優と友里は陶芸部の看板に置いてあったガラス釉薬に惹かれ、行ってみたいというが、カササギが「お化け屋敷!」と言い出したので、別行動することになった。

「おばけが苦手なの、確実に生活を侵していていて困る」

「優ちゃんそういえば、お医者さんを目指してるのに、当直とかどうするの?」

「……本当に克服しなければ……」

 ならばお化け屋敷について行くべきなのでは?と、友里はチラリと思ったが、せっかくの初デートなので、友里は悪い子になることにしたのだった。


 萌果が気を利かせたのか、知らない校舎なのにひとりで走って行ってしまい、優と友里はふたりきりになった。

 見つめて、笑い合う。お目当ての陶芸部はすぐに見つかった。


 ガラス釉薬とは、陶磁器の表面を覆っている、うわぐすりのことで、そのうわぐすりを色付きにすることで、様々な風合いを出すものだ。正しくは、色ガラス釉薬の装飾技法という。

 真っ白い陶器の中に、青い海が広がるような器を見つけて、友里はすぐ気に入ってしまい、それを夢中で見た。

「一点物なんですけど、この、双子のうつわが、たまたま同じ感じに焼けたので、良かったら二つセットで買ってくれませんか?」

 陶芸部の男子がウマイ謳い文句で、言う前に、友里はそうなったら素敵だなと思っていた。片方が少し大きくて、めおと茶碗にもみえた。

「これ、ください!」

「即決!ありがとうございます、えーと、20枚豊穣券をください!!」

 友里は言われた通りに、先に購入してあった豊穣券を手渡す。2000円分ぐらいだ。単価としては高いので、陶芸部が優勝だってあり得るかもしれない。全部売れれば。


「お姉さん、校外の人だよね、すごい俺タイプ」

「え!」

「ちんちくりんな感じ好きなんだ…!!良かったらこの後、いっしょにまわらない?マジで購入してもらったお礼もしたいしさ!豊穣券、いっぱい持ってるよ俺」

 通貨がわりの券が、権力の象徴になるところは現代社会と一緒だなと思った。

 そもそもチンチクリンは、誉め言葉なのだろうか?友里が戸惑っていると、後ろから優がやってきて、友里の肩を抱いた。

「どうしたの?なにか困ってる?」

 振り向いた先に、圧倒的”美”があって、友里は「ふわ~」と本気で言った。いつかの修学旅行で、優の取り巻きの彼女たちが「毛穴レス」と優を褒めたたえていたのが、分かった。目の前の男性とはあまりにも違いすぎて、かわいいの暴力に、目がつぶれそうになった。男子も言葉を失っている。芸術を理解する彼が、わからないわけがないのだ、その”美”に見とれる心に対して、友里は「うんうん、わかるよ」と腕を組んで納得してしまう。

 なぜこんなにかわいいのか…好きだからかな?と友里はにんまりしてしまう。


「午後は、好きな人と回るので、お断りします」

 友里はそう言って、優と手をつないだ。


 友里に陶器をプレゼントされた優は、とても可愛い笑顔で喜んだ。友里は、満足そうにニコニコその姿を心のアルバムに収める。本当なら、物理で撮りたいけれど、ファインダー越しに見るのはもったいない気がした。

「一眼レフって、いくらくらいするのかな」

「なんのはなし?」

 家に帰ったら、きちんと調べよう、そう思う友里だった。


「ねえ優ちゃん」

 赤い樹脂製のベンチに腰かけて、”美味しい紅茶”と銘打った2-Aの安物の紅茶を飲みながら、友里は優の手を握った。

「わたしの好きって優ちゃんに届いてるかな?」

 友里はわりと、ずっと悩んでいた疑問をぶつけると、優に向き直る。

「ちゃんと、好きなんだけど、幼馴染としても好きなんだけど、それ以上に好きだよ。言い方がわからなくて、優ちゃんに伝わってなかったらごめんね、もっと勉強する」

 優が、友里の「好き」をまだ「幼馴染の好き」と誤解していて、友里とお付き合いをしていると口では言っていても、”タオルぐるぐる事件”もそうだ、全裸でいても淑女然として、友里に手をだして来ないのは、好きの意味が違うのではないか……と、友里は悩んでいた。


 ──だとしたら、自分からキスなどしたら、暴行になってしまうのでは?

 思わず、大名の娘が悪い代官に襲われる時代劇の映像が浮かんでしまう。美しい大名の娘は優、悪い代官は友里、自分だ。

(優ちゃんは淑女だから、それは、そう!だし!あの場面で手を出すのはおかしいのだけど!茉莉花さんに相談したら、「あたしならヤってるわね」って言ってたし)



「友里ちゃん」

 優が、手を握り返して指を絡めた。

「はい!」


「きちんと告白してなくて、ごめんね」

 優は、自分の中の醜い想い達に蓋をして、純粋な、友里を好きな気持ちだけを想う。


「友里ちゃんのことを、ずっと昔から、愛してる。替えなんてきかない、友里ちゃんが一番大事だから、なかなか言い出せなかったけれど、こうして一緒にいられて、好きを伝えられて、毎日とても嬉しい。それだけで、わたしは、幸せで仕方ないよ」


「優ちゃん…」


 友里は自分から言い出したのに、まさかこんなにはっきり、優から告白の言葉が聞けると思ってはいなくて、真っ赤になってしまう。多分、足の先まで真っ赤になっている。


「友里ちゃんもわたしを好きって言ってくれるだけで、満足していたけど、友里ちゃんの一番を全部貰える権利を、貰えて、ちょっと欲張りになっちゃったから…こうしてお付き合いできて、すごくうれしい、です」


「そんなの!全部優ちゃんのものでしょ?」

 友里にあっけらかんと言われて、優は戸惑う。

「全部?」

「ぜんぶ!!粗品ですが!」

「あはは!豪華謹製だよ!」


 優は友里を思わず抱きしめた。神さまからの贈り物は、優にとって最高にかわいい。


「優ちゃん、外だよ!?」

「いいよ、…大好きだよ、友里」


 友里も優の背中に腕を回す。他校の校庭で愛を叫んでしまって、今更に恥ずかしいが、幸せな気持ちで溢れていたので、もうどうでもいいと思った。

 世界で一番かわいい人と、ようやく気持ちが通じ合った気がした。


 幸せな初デートは、優の予備校の時間とともに終了した。

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