第59話 文化祭

 あっという間に日曜になり、豊穣工業高校文化祭当日になった。

 優と友里は普通に仲良しだが、少しだけ距離が出来てしまっていた。正確には、友里からの普段の近すぎるスキンシップが極端に減っていて、後楽と萌果は顔を見合わせる。


【セックスでもしたんか?】


 萌果にメッセージで書かれて、友里は「してないよっ」と大声で立ち上がった。豊穣工業高校の3年B組の教室内で、メロンクリームソーダを待ってるときだった。


「大騒ぎジャーン」

 カササギが、ラメの入ったギャルソンのような派手な執事服を着て、メロンソーダを持って現れた。持ち運べるよう、蓋を全員分渡して、案内をしてくれる。

「こちら懐かしのメロンクリームソーダでございます、お嬢様。校内見学のお供にお持ちください…さりげに、3-Bの宣伝、よろしくお嬢様がた!」


 いつものギャルぶりではなく、イケメン調にメイクをして、肩までの金髪を前髪を緩く遊ばせながら、ショートカットのようにうしろにながしている。カラコンは紫だった。


「カギ姉、いつ休憩になるの?一緒に回ろうよ」

 後楽が上に乗ったチェリーを先に食べながら、カササギに声をかける。後楽のカラコンは青だ。

「13時に暇になる感じだわ、お嬢様」

「じゃあ、午後にまた来るね!」

 簡単なランチメニューもあるので、ここでオムライスを食べる約束をして、4人は3年B組の教室を後にした。

「執事喫茶、駒井くんがやったらやばそう」

 廊下を歩くだけできゃあきゃあ言われるのは久しぶりだった。萌果は優にそういってくるので、(昔、家でおなじようなことやったなあ…)とぼんやり思いながら、苦笑する。「優ちゃん、タキシードはもってるよね」と友里が何の気なしに言った。


 今日は日曜日で、せっかくなので私服で文化祭に来た。

 友里がプレゼントしてくれたロングスカートに、白いTシャツと短い黒いジャケットを併せている優と、カーキ色のミドルサイズのコートに、白いワンピースの友里。後楽はモコモコしたみどりのパーカーに、薄紫のタイトスカート、茶色いブーツ。萌果は紺のキャップにジーンズのスキニーとオーバーサイズの白いパーカーを着て、それぞれにおしゃれを楽しんでいる。

「あのこ、王子過ぎない?」

 知らない女の子がキャアキャアいいながら、優を眺めている。スカート姿に気付いていても、そう言うようだ。テレビやネットに出たりしているわけでもない一般人に、そんなになるか?と後楽は驚く。

「最近男の子もスカートはくよね…」

「似合ってるから全然良い!」


 友里はせっかくのお花が咲いたような優の様子なのに!とプンプン頬を膨らませると、優の腕に腕を絡めた。

「優ちゃんは!淑女なのに!」

 友里がいつも通りの様子になったので、後楽と萌果は困ったような嬉しいような顔でお互いを見合って、爆笑してしまう。

「なんだったわけ?」

 萌果が友里に問いかける。友里は険しい影を顔に落としながら眉間のシワを深く刻む。ロダンの考える人のようなポーズで、無言になってしまう。

 後楽と萌果は優を見上げる。優は真っ赤な顔で口をつぐむが、ふたりにジーーっと見られて恥ずかしそうに前髪を指先で摘まんで、「やめて」と呟いた。

 あまり深く追求するのも悪いので、話をそこらで切り上げて、4人は文化祭のタイムスケジュールをもらって、回る順番を決めた。

「そいや、駒井くん*兄は合流すんの?」

「勝手にくるらしいから、気にしなくていいよ」

「見たかったのになー」

「演劇部の舞台見に行く?ロミジュリ泥沼バージョンだって」

「あれ以上どうすんの?うける」

 萌果は純愛が見れるかもと、完全に舞台へ向かってあるきだした。

 前を歩くふたりが、少し遠く離れてしまった。体育館に行けば合流できると思ったので、優と友里はゆっくり進んだ。


「ねえ優ちゃん…仲直りしてくれる?」

 友里は意を決したように、しがみついたまま、優に言った。

「喧嘩してないのに?」

「タオルぐるぐる事件以来、わたしが一方的に、避けてたから」

 友里が裸をさらしてしまった件に、のんきな名前をつけていて、優は一瞬噴いた。ごめんなさいと頭を下げる友里に、優は、指を絡めて手を繋いだ。

「…わたしも友里ちゃんと一緒の指に、指輪つけたよ?」

 こっそりとそういうと、友里の顔を見てニコッと天使の微笑みをする。

「!優ちゃん!やっぱ見てたじゃん!?」

 もう〜〜といいながら、友里が真っ赤になっていく。繋いだ手をブンブンとふる。

「だから、足しか見てないから」

 優は少し嘘をついて、友里を納得させる。完全に見てないと嘘をついたから、友里が動揺してるとおもったのだ。

「…ホントに?」

「本当に」

 友里がホッとしたような態度になったので、優もホッとした。

「でも恋人なんだからそんなに恥ずかしがらなくていいのに」

 優がそういうと、友里はキョトンとした。

「恋人だから、恥ずかしいんだよ。友達だったらなにも思わないもん。好きな人だから、ヘンじゃなかったかな、とか色々考えてドキドキするんだよ」

 繋いだ手の内で、友里は赤くなってもじもじとした。

「…おなじ指なの嬉しい」

 優を見上げて、にこりと笑う。

「うん、意外と気にならないね」

「ね」

 ふたりで笑いあって、久しぶりに目線があった気がした。


 ──舞台は、ジュリエットがいとこと浮気してロミオの父とジュリエットの父が昔恋人同士で、ジュリエットの乳母がロミオの元カノというひどいギャグ舞台で、萌果は「純愛じゃない!」と激おこだった。


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「離して!」

 舞台のあと、体育館から出ると、部室棟らしきトタンの屋根の小屋から、女の子の声がして、4人は顔を見合う。切羽詰まったような声だったので、大人を呼ぶべきか、そちらに見に行く。

 するとひとつの小屋から、カササギが出てきた。先ほどまでびしっときていた衣装のシャツが壊れていて、4人はドキッとした。

 後楽を見ると、カササギはぼろぼろっと涙を流し、そのまま走り去ってしまった。

 カササギが出てきた部屋から三白眼で明るい髪色の髪を後ろに束ねた女性が、けだるそうに首を抑えながら出てきた。工業高校のブレザーの胸元が大きくひらいていて、濃い紫の下着がみえていた。


「あれ、後楽じゃん、来てたの」

「鈴鹿」


 前ボタンをつけながら、鈴鹿と呼ばれた女性は「おー」と言うとボタンをつけ終え、ネクタイを直す。スカートの裾をパンと叩いた。

「カササギとヤろーとしたら、おこられちった」

 ニコッと八重歯を見せながら鈴鹿は満面の笑み。あまりにも明るく言うので、全員言葉を失った。


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