第58話 タオルぐるぐる事件
ところで、11月は文化祭がある。
友里たちの高校はクラスごとの展示物があり、後夜祭だけはキャンプファイヤーを囲んだりと立派なのだが、カササギたちの通う
一応入場はフリーだが、屋台や観劇チケットを買うには、生徒会が販売する”豊穣券”が必要で、在学生から購入する必要がある。豊穣券の最終集荷量で勝敗が決められ、1位のクラスは学食年間フリーパスポートがクラス全員に配られるというお祭り感満載の催しだ。
後楽は毎年、姉の鈴鹿とカササギに逢いに、そちらに遊びに行っていたらしく、高校2年からの友達の友里と萌果を「今年は一緒にいかない?」と誘ってくれた。
優にも声をかけていいと言われたので、友里はバイト帰りにさっそく、彗に迎えに来てもらった車のなかで、塾帰りの優に話をしてみた。
「ヘエー、イイね!」
運転席の彗のほうが、食いつきがよかった。後部座席に座るふたりの話に加わる。
「なかなか他校の文化祭なんて行けないよねえ」
「今週の日曜日らしいです。入場はフリーなんですけど、チケットを購入する必要があって、もし買うなら早めに教えてくださいって」
「えー、友達誘っていこうかな、5000円分くらい買ってもイイ?」
うきうきした声で言うので、なぜかバレエスクールの葛城先生を思い出した。彗と葛城は同級生なのであり得ないことでもない。
「文化祭デートだね」
こっそりと彗に聞こえないよう、車の走る音に打ち消される音量で優に耳打ちをする友里は、振り向いた優に、にっこり微笑んだ。対向車ライトに光る優が美しい。
「みんな一緒だけど」
「そうだね」
手を繋ぐとバックミラーでみえてしまうので、優はグッと我慢したが、友里が腕を絡めてきたので、降参した。彗は(仲がいい)とほほえましくにこにこしていた。
「ただいまー」
友里も一緒に駒井家に入る。まだ3日なので慣れないのは仕方ない。玄関の三和土で優が友里をちらりと見ると、にこっとほほ笑まれて、先ほどからのこともあり、あまりの可愛さに優は赤くなってしまう。
「まだどきどきしちゃうなあ」
友里もそう言っているが、慣れた手つきで、ローファーを優の分まで靴箱に仕舞う友里は、玄関まで迎えに出てきた優の母親にも「ただいま」とあいさつをした。
「おかえり!!今日、お風呂のリフォームが終わったのよ!」
優の母はにこにこ笑顔で、くるりと回る。
「随分前に、使わなくしちゃったんだけど、せっかくだから直したら、一日で綺麗になっちゃった!」
「つかっていいんですか?」
「そのために直しました!ほめて!!」
友里は、優の母に「えらい!すごい!!」と言うと、「ふふーん」と胸を張るので、ふたりの掛け合いの可愛さに噴き出してしまう優。
「かわいすぎる」
帰宅したばかりの父が頬を染めて、後ろから母を抱きしめた。
「ちょ、子どもの前でやめてよ!!」
彗が慌てたように言う。すでにジャケット用のスチームを手に持っている。
「ありがとうございます、嬉しいです」
友里は家族風呂をお借りするのに、気が引けていたので、お風呂だけでも自宅のお風呂に入りたかったが、ガスを止められているので、それもかなわず毎回恐縮していた。しかしそんな大掛かりなリフォームになると思ってもいなかったので、それも恐縮するのだが……!
「大丈夫。友里ちゃんの存在を利用して、直しただけだよ。リフォーム好き母なもんで」
友里の心の気配を察知して、長兄が頭をポンポンとしながらそういった。
「晴にい、友里ちゃんに気軽にさわらないでよ」
「お、ごめんな、優もおかえり~」
優も頭をポンポンとされて、いやな顔をする。
友里はそれを見て、小型犬が時々見せる、特定の人に対して歯をむき出しにする、あれを思い浮かべていた。かわいい。
「さ!玄関を大きい人たちで埋め尽くさないで!!お風呂入って!!着替えて!!夕飯を10時までに食べるよ!!!解散!」
優の母の芙美子がぱぁんと柏手をうつと、全員がバッと動き出す。さすがの司令塔だ。
友里の借りている部屋は客室だが、モノトーンのシックな色合いのベッドとダークブラウンの床に白い丸いラグ、優の部屋と同じつくりだ。
「9時15分か…車で送ってもらうとやっぱ早いなぁ」
壁時計を見る。いつもはバイトから帰ると、9時半は過ぎていた。
部屋のドア脇にある、クローゼットの横の白い扉に付箋が張ってあって、【横に引くとお風呂】と書いてあった。その通りにすると、半透明に透きガラスの扉が現れ、蛇腹折りの扉を開けると、リフォームしたというお風呂場があった。
「わ」
沖縄修学旅行で入ったホテルのお風呂より、充分に大きく、トイレと、浴槽が並んでいる。奥に洗面台もあり、浴槽の中で体を洗うタイプのユニットバスだ。ホテルかと見紛う。
お湯が張ってあって、ふわりといい香りがした。
友里が使うシャンプーとリンスはさすがに自宅から持ってきていたので、そちらを供えつけさせてもらう。
「早く入っちゃわないと」
クローゼットの中に、友里は脱いだ制服を入れ、キャミソールと下着だけの姿になった。ブラのホックを外して、キャミソールと一緒に上を脱ぐと、ブラを小分けの網に入れ、制服のシャツと靴下と洗濯物用の大きい網の中に入れチャックを閉じた。11月はもう寒いが、駒井家は家全体が暖かいので(服着てる時と変わんないの、すごいな)とぼんやり思った。
コンコン。
「友里ちゃん、今、大丈夫?」
ノックの音がして、友里はクローゼットからすぐ横にあるドアの前にいたので、優の声に、なにも思わず扉を開けてしまった。
「はいはーい」
「あ、友里ちゃん………タオルをね……!?!?」
そこに立っていた優は、置き忘れていたタオル類を持ってきてくれたのだろう、友里を一瞬でバスタオルでくるんだ。
「わ!!なに!?」
「なにじゃない!!」
友里は大声で叫ぶ優にタオルごと抱きすくめられて、はじめて自分が裸で、なにも思わず扉を開けた粗忽さに、恥ずかしさで体温が上がった。
「兄だったら、どうするの!?」
悲鳴にも近い声で、至極まっとうな事を優に言われて、友里は恥ずかしすぎて言葉も出せなかった。
「ご…めんなさい!ドアの前に…いたから!」
ようやく呟いて、優の心臓の音を聞いた。ドキドキしている。この音は、聞いたことがない気もしたが、自分もどきどきしているので、なにも考えられなかった。
「──見てないからね?」
優は、甘い声で友里に言った。友里に、バスタオルの両端部分を渡すと、そっと手を放す。友里はタオルで体をぐるぐる巻きにして、真っ赤な顔でうずくまった。
「この御恩は決して……お見苦しい姿を……」
「もう…ほんとに、きをつけてね」
くすりとほほえんだ、余裕の優がそっとドアを閉めてくれる。最高にかわいいが、恋人だからとはいえ、粗忽物の自分は最低に恥ずかしいし、(優ちゃんにお見苦しい体を見せてしまった)と呟きながら、お風呂に直行して、隅から隅まで洗いに洗った友里だった。
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「お母さん、同居はダメだ…」
優はふらりと、キッチンで7人分の夕飯の支度に追われる、母の芙美子の元へ行った。全く冷静でも余裕でもなかった。電源が切れて、セーフモードでただ動いているだけだった。
15cm上からの図なので、そこまではっきりとは見てはいないつもりだったが、ほどけたふわふわの髪が、華奢な肩から胸にかかっていたのは見てしまったし、修学旅行でプレゼントしたトゥリングが左足の薬指にあるのも分かったし、なにもまとってない姿をタオル越しとはいえ抱きしめてしまった。
心臓が飛び出そうで、胸をおさえた。
母はまだ制服姿の優に、「彗が出たらお風呂にはいりなさいよ」と促したのち、「なんのはなし?」と問うたが、優がぶつぶつ言っているだけのようだったので、スープの味見の仕事へ戻った。
「本当に、心臓が持たない」
「そうなの?レタスの水切りして」
「持たない……」
レタスの水切り用の、遠心力で回るタイプの籠を回す仕事を完璧にこなしながら、優がなにか言っているのだが、芙美子は次は肉を焼く仕事に移っていたので、あまり気にも留めず、どんどん仕上がっていく夕食の仕事を、優に割り振っていった。
その日の夕食は、大変おいしいポークステーキとシチュー風スープだったのだが、優も友里も全く味がしなかった。
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