第57話 カササギ


【優ちゃんに手を出せなかった】

 スマホのメッセージを読んだ萌果が、飲んでいた水を噴いた。

「ちょ、わたし、水、噴いたの初めてなんですけど!?」

 明後日方向の感動を叫ぶ萌果に、ティッシュペーパーを渡す友里。周りを綺麗にして、お昼休みの教室の中で3人は話し出す。今、友里は駒井家に居候している話を、友人の萌果と後楽に話した。

 優とお付き合いを、はじめた話も、照れっぱなしで伝えた。


「そんなふたりが一つ屋根の下って、倫理的にいいの?!」と、萌果はなぜか嬉しそうに言うが、友里の手が出せなかった発言に、いいたいことも言い出せず、着席する。

 友里が、"そういうこと"を自分からしたいと思ってるとは、萌果にもわからなかった。


「…いいんじゃん?」

 後楽が見た目のギャルっぽさの通りの発言をする。今日のカラーコンタクトは赤だ。綺麗なピンク寄りのザクロのような目になっている。

「でも、こう…優ちゃんは優しくだっことか、してくれるんだけど、こっちもテンパっちゃって、なかなかキスにたどり着けなくて……」

 友里は、詳しい説明はせずにそういった。詳しい説明をしていたら、萌果にキスよりも先に進んでいることが、あっという間に暴露されたかもしれないが。


「いくな、いくな、駒井くんを待ちなよ」

「???」

 友里がきれいな目で聞いてくるので、萌果は戸惑ってしまう。

「え、まって、友里が、”そう”なの???いや、みな迄いわせるなよ!?」

「優ちゃんがお姫様なので、わたしが王子様だよ」

「そう…えー…そうなんだ、へえ~~、新しい扉かも…へえ…」

 かみ合ってないような、いるような会話を、萌果が感じながら、(これは、駒井くん、苦労するのでは?)と目を白黒させた。

 後楽は完全にそちらの話題への興味を失い、次に何味を食べるか、飴を物色していた。


「そういえば、ギャルちゃんに借りた傘の写真、とってきたよ」


 メッセージで贈ればよかったのに、今思い出したように友里はふたりに見せた。

「模様が、かわいいの」

 油性ペンで書いてあるのか、ビニール傘に青いお魚がたくさん描かれていた。

 暗闇の雨の中だったのでわからなかったが、日中に見ると雨の中に小さな熱帯魚が泳いでいるような可愛さになるだろう。


「へえ、これか~、かわいいね」

 萌果が言う。

「また火曜日に逢うんだ~」

「あ!」

 後楽が、その写真を見て立ち上がった。

「これ、カギ姉のじゃん?!」

「え?知ってるの?」

 後楽がスマホの中の写真をふたりに見せる。前髪をポンパドールにして、出会った夜よりばっちりメイクになっているが、確かに友里に傘を渡してくれた女性が、そこに写っていた。小さくピアスのついた舌をだして、金髪、ブレザーの制服を着崩した、ピンクのグラデーションで綺麗な口紅をしている女性が、友里に貸してくれた傘を持って、背中越しにピースをしている。

「綾部カササギ、カギねえだよ、工業の高3!」

「七夕生まれだ」

 萌果に間髪を入れずに言われて、後楽はなぜわかるのか、いぶかしげな顔をした。

「なんでカギ姉の誕生日が7月7日ってわかんだよ」

「は?七夕伝説シランの?」

「あ?」

 萌果が簡単に、七夕の織姫と彦星の話をする。

 恋に溺れて仕事を忘れ、怠惰になった恋人同士の織姫と彦星。罰として引き離されるが、1年に1度、天の川を渡れるなら……と、逢瀬を認められる。広い天の川の淵で絶望していると、カササギという鳥に橋を作ってもらって、ふたりは再会する。

「色々種類はあるけど、雨が降った時だけ橋を作ってくれて、ってのが好き!想いだけでは渡れない川、もどかしいふたり!そんな時!2人の恋を憐れに思ったカササギがふたりを渡してくれる!!」

「…萌果ってほんと、純愛が好きだよね…???」

「人の恋を、見る、ことがね」

 身振り手振りで説明をしていたので、「ご清聴ありがとうございました」と、スカートのすそを押さえながら着席する萌果。


「あたし、電話してみる!!」

 後楽が電話をしてくれて、友里は放課後、カササギさんに逢うことになった。


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「あのときはありがとうございました!」

「お~、なんだ、コーラのオトモダチだったのねえ」

 バイト先のファミレスで待合せた友里は、カササギにドリンクバーをおごった。「傘より高くない?」と親切な声で、カササギは傘を受け取ってくれた。今日は学校帰りだからか、舌ピアスをしてなかった。友里よりも5センチほど小さく華奢だが、存在が大物っぽいので大きく見える。長いネイルチップを持て余し気味に、萌袖ですべてのものを持っている。


「恋人さんとは、相合傘できましたか?」

 小声で友里が聞くと、カササギはお化粧の上からはわからないが、耳を真っ赤にしてコクンと頷いた。

「でも、カギ姉に恋人がいたなんて、はじめて聞いた!」

 付いてきた後楽が、仄かに嫉妬を含んだ口調で手のひらをグーパーしながら言って、カササギは、わざとらしくにんまりと笑った。隣に座る後楽の背中をばんばんと叩く。

「なんでもお前に話すと思ったら、おおまちがいだ!」

「幼馴染みだからっていつでも一緒には、いねーってあたしいってたでしょ?これがその、幼馴染みなんだよ?」

 後楽に言われて、友里は(なるほど)と思い出した。こんな風に気さくな関係もあるのだ。でも、あえば誰よりも仲良く、隣に座るし、誰よりも"近い"感じはするので、友里たちのことを悪く言うこともなかったのでは、とも、ちらりと思った。

「ふうん、でもさあ、雨ってあれ、火曜だよね?ならさあ、じゃあ、あたしをバ先の美容院まで迎えに来てくれる前に、誰かに逢いにいってたのかよ」


 友里は後楽の言葉にポカンとして、それからチラリとカササギをみると、なんでもないような冷静な態度だったが、うなじのほうまで真っ赤になって、ドリンクバーで頼んだコーラを飲んでいた。隣に座る後楽にはみえないだろうけれど、対面にいる友里には目が泳いでいることがみえた。後楽は伯母の美容院でアルバイトをはじめていたらしい。

「そ、そうだっけ~?」

「そうだよ!今週火曜日しか、雨降ってねえもん」


「ちょ──」

「友里、まって!!」


 話しかけた友里は、萌果に唇をパァンと平手で殴られて、涙目になって唇をおさえた。

 いきなりのクリティカルヒットに、後楽も驚いたように、そちらを見ている。

「なんだよ、喧嘩やめろよ~~」

 けんかっ早い後楽がそう言って、友里と萌果はいたたまれない気分になり、ふたりでお互いの肘を抱えあった。(だって、つまり、ねえ?)と、みつめあう。

「ちょ、あたし、トイレ」

 カササギが席を立ったので、友里と萌果も立ち上がって、後楽に学校のかばんを任せた。後楽は、「ドリンクバーとりにいけないじゃん?」と不服そうだったが、萌果に「絶対、カバン守っててね!」と強めに言われて、後楽はカバンを抱き締めて、荷物にかこまれるように、ソファに括りつけられた。



 ::::::::



「あ~~もう、コーラの友達だってわかってたら、あんなこと言うんじゃなかった!!!友里、すっごい年上に見えたのに!普段着なのに、高いジャージ着てんね?!」

 ファミレスのトイレで、カササギは綺麗に貼られたネイルチップの付いた指をぎゅうっと合わせて、顔の前で手を合わせている。ジャージの高級さを指摘されて、友里は優が無理してないか頭の隅で心配した。


「マジでごめんだから!ほんと黙ってて!!!」

 懇願するように合掌されて、友里と萌果は目を合わせる。萌果は制服のブレザーのポケットに手を入れて、所在なさげにローファーの足先をくるくると回していた。

「え~~…どうしよう、その………”純愛”、なんですか?!」

 カササギはポカンと目を丸くする。黒のカラーコンタクトが入ってることが分かった。

(これって、萌果の悪い癖かもしれない)

 友里は、お腹の辺りで指を組んで、(ハハ)と優のように笑った。



 後楽とカササギは、幼馴染。

 後楽の姉の鈴鹿すずかと、カササギは同級生で、鈴鹿とカササギが遊ぶたびに後楽も仲間に入れてもらっていた。最初はタダの生意気なこどもと思っていたのに、逢う度に、後楽のまっすぐな考え方や、無茶なように見えて、結局は人のために生きてしまうところに、カササギはときめき続けているらしい。


「でも1個下だし、ダチの妹だし、同じ性別だし…!遠い未来に男と結婚した後楽の子どもと、たまに遊ばせてもらえたら、あたしはそれでいいって思っててぇ…」

 言いながら、グスと、鼻を鳴らすカササギは、ふたりに向き合って上目遣いで8の字眉毛になった。そしてもう一度合掌して、秘密を守ってくれるように懇願した。


「純愛じゃん…♡」

 

 萌果はくねくねと体をくねらせ、自分の指を絡めながら喜んでいた。


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