第62.5話 ふたりだけの夜と接触・友里視点

※63話の前の、友里視点です。背後注意。いちゃついてるだけです。




 優の母・芙美花のスマホが鳴った。番号を見ただけで、「やばい」と言ってジャケットを羽織ると、「あと30分でつく」と言って電話を切った。緊急事態用の電話番号が、決まっているらしい。

「大丈夫です、皆さんにご飯出せばいいだけですよね」

エプロン姿で友里がガッツポーズをした。

「うん。かわいい、最高。うちの子になろう、友里ちゃん」

 芙美花さんは茉莉花のようなキレはないが、おっとりとしたタヌキ顔から繰り出される甘い声で友里の頬をツンとすると、ハッとして大慌てで出て行った。

「お父さんは当直だから、専用のタッパに入れておいてね」

 玄関で叫ぶ芙美花の声と、オートロックが閉まる音がほぼ一緒だった。

 

友里は勝手知ったる駒井家の台所から、父専用のタッパーウェアを取り出した。本物の茶色いタッパーウェアを見たのは初めてだった。

「なにがちがうんだろう?」

 なにかが違うんだろうなと、納得して諸々のごはんを詰めていく。油分が多いものは、ホーローのタッパに移した。


 そうこうしていると、優が帰ってきた。

 玄関で迎えると、新婚さんみたいではしゃいでしまう友里。はじめて優の前でつけたシュシュに気付いてくれて、「かわいいね」とほめてくれる。料理をするのに、シンプルな黒ゴムが切れてしまい、作ったばかりの拙い緩いシュシュを使っているのが恥ずかしくて、「新作」とごまかした。


 お風呂を済ませてから、おしとやかで美しい所作でご飯を食べている優を、心のアルバムに秒ごと収めて、にやにやしていると、優に呼ばれて横に座った。すると、ぎゅっとだきしめられて、お風呂上がりのいい香りに包まれる。ピンクサンゴのような透き通る優の肌に見とれて蕩けてしまう。


 ──こんなに可愛い子と、おつきあいしちゃったんだなあ。

 感動で震える。首元に、優がこてんと寄りかかるので、サラサラの髪がくすぐったくて悶えた。悶えたことを知られたくなくて、熱くなった首を押さえると、ドキドキして息を息を吸い忘れた。


「充電」


 花が咲くように小首をかしげて、可愛く優に微笑まれて、友里は優からの過充電行為に、ふにゃ~とニコニコになってしまう。可愛すぎて、どうしたらいいかわからない。そんな友里をおいて、優はお夕飯を食べる仕事に戻ってしまう。

 友里は、優がお味噌汁を飲むのを心待ちにしていた。というのも、今日は荒井家のお出汁で作ったのだ。芙美花さんにも味見をしてもらって、大丈夫なのはわかっているのだけど、小さい頃、一度飲んだだけだと思うので、優が覚えているかわからないから、先に言ってしまう。思ったことはすぐ口に出てしまう。

「今日は荒井家のお味噌汁だよ!なつかしい?」

「うん、さといもが好き」

 子どもみたいにほほ笑むので、思わず小学生の時の優が、湯気の向こうに見えた。何年たっても美しいし、かわいいし、穏やかな笑みで、(大好き)とひとりで思う友里。それだけは今も膨らむばかりで変わらない。


 優はご飯を食べきると、自分で洗い物をして、紅茶を入れてくれた。洗っておいてあった、文化祭で購入した器を使ってくれて、友里はうっとり優を見つめてしまう。手際がいい。


「かわいい、まっしろでゆりちゃんみたい」

 器を見つめながら言われて、友里はおののく。かわいいのは優だし、世界のかわいいものと対等に戦えるのは優だけ!なのに、友里のことばかり褒める優を叱咤する。

「急に褒める!きょうはどうしちゃったの?」

「いつもおもってるよ」

 キョトンとして、優が言う。

「今日友里ちゃんがナンパされた時も、ちゃんと断ってくれて、…手をつないでくれたでしょう?あれも嬉しかった」

 ふにゃりとしたかわいい笑顔で言われて、ナンパされたっけ?と頭をひねった。(陶芸部の購入記念チンチクリン発言?)友里は、あれをナンパとするのは、優だけではないかと思った。


「友里ちゃんといるだけで、ドキドキするってことを、ちゃんと伝えておきたい」


 紅茶を飲みながら、優がいうので、(ちゃんと思いを伝えてくれる)とジ~ンとした。湯気の向こうの優にうっとりしながら、自分もなにか上手な言葉を探して、伝えたい気持ちをどんどん言わなければと思うが、いつも出ていた言葉がなかなか出なくなっていた。

 (今日はふにゃふにゃしてかわいすぎるから湯気の天使とか?上手くないな?)と、友里が迷っているうちに、限界をこえて持っていた器の熱気に驚いて、飛び上がると、優が軽快に笑ってくれて、ホッとする。

 肩を抱き寄せられて、友里も優に体を預けた。


 今日の出来事をつらつらとしていると、優の手が、いたずらするように、いろんなところに触ってきて、くすぐったさでどうしようもなかった。鎖骨はほぼ皮と骨で硬いので、なんでもないからいいけれど、耳の裏はビクンと体が跳ねてしまう。

 シュシュは軽く髪を止めていただけだったため、落ちたのか、優が拾って机に置いてくれた。また指が友里の鎖骨辺りで遊ぶので、(手持ちぶさたなのかな?話が面白くないのかも?)と友里は思う。

「優ちゃん、くすぐったいよ」

「くすぐったくしてるの」

 子どもみたいに言うので、友里は、かわいくて悶絶した。


(これはっっ、絶対甘えてる!!!)


 先程からの態度が、あまりにかわいいので、友里はそう思った。

「な、なぁに、それ」

 平静を保つように、そう言っておでこを掻く。


 かわいい!!!

 かわいすぎる!!!!!!!!!!!!


 友里は、頭の中で太文字で思って、優の好きなようにさせてしまう。時々、きわどい所を触られて、優は気付いていないようだけれど、胸の先端が腕に擦れて友里は(あわわ)と慌てた。しかし、優の指が直接触ったわけでもないのに、反応するのもおかしいので、なにも言えずにいる。


 親指で唇を撫でられた。

 優を見つめると真剣な顔をしていた。

(これは…キス…??)

 思って、(自分からしたいな~)と、優に手を伸ばす。が、先に頬を撫でられて手の行き場を失った。恋は戦争だ。陣取りゲームだ。合戦の狼煙が上がって、ほら貝を吹く。

 しかし、優の親指が口の中に入ってきて、友里は思わず声を上げてしまう。あっという間に負け戦の様相だ。ゾワリとして、息を飲む。あたたかい指が入ってきて、舌と歯を触られた。歯を磨いたばかりだけど、優を噛んでしまう気がして、戦争は終結した。とてもじゃないけど傷をつけられない。反射で声を上げると、優の指がすぐに出て行って、指で友里の唇を濡らした。

(えええええ、な、なに…?!)

 これはなんの時間なのか、友里は、優に試されているのか…?

 優は完全に、椅子ごと友里を抱きしめている。椅子に自分の片膝を置いて、覆いかぶさるように友里に向き合っている。右手で肩を抱き、左手で友里の体を撫でている様子だ。唇に優の指先の熱が伝わって、ジンジンしている。

(キスを、してもいいのかな?)

「優ちゃん?」

 想いをこめて、名前を呼び掛ける。

「友里ちゃん」

 呼び返されて、ドキンと心臓が跳ねた。優の綺麗な小さな顔が、そっと近づいてきた。友里は、今度こそキスをされるのではないかと、かわいくて美しいキス顔を見るチャンスなのに、みすみす目をつぶってしまう。体の前でぎゅうとコブシを握るが、その指先や、目元、耳、首筋に唇をそっと当てられて、拍子抜けした。

 ほどけた友里の明るい髪に自分の指を絡ませて、優はご機嫌。

 肩のくぼみに顔を乗せるのが好きなようだ。肌が吸い付くようにぴたりとつくので、パズルのピースのようだし、甘えられているみたいで友里は好きだが、肝心な場所へたどり着かなくてじれったい。


「あっ」

 突然鎖骨を、冷たい舌で舐められて声が出た。強いはずの鎖骨に、そんな弱点があると思わなかった。脇に、優の手が入ってきて、両胸を揉まれたようでビックリしてしまうがすぐに背中に腕が回されたので、そのまま腕を上げて、優の首に抱き着いた。

(もしかして、わたしの胸には興味ないのかな?)ぼんやり思う。



 さすがにもう、耐えきれなくて友里は震えた。優しい強さで、優の背中を叩くが、なにもやめてくれなかった。このまま、弱い…──今、優が抱えている、背中などをくすぐられたら、笑って、のけ反ってしまうかもしれない。

(優ちゃん、早くキスしないのかな?いや、この流れは、していいのかな?わたしが)


 頭の中で友達の萌果が、「優を待て」というけれど、(待っていたら永遠にできなそうだよ)くすぐったさの限界の中で、友里は、奥のほうに、”恥ずかしい”という言葉が見え隠れして、強くなってきた。弱いところを探されているように思えて、息を荒げてしまう。

「かわいい」

 しかし、優に言われて、(は?かわいいのは優ちゃんですけど?)と一瞬で冷静になった。

 

 優を見ると、とろけるような笑顔で、微笑んでいて、心臓が跳ね上がった。そんな表情は見たことが無かった。はちみつやキャラメルなんて目じゃないぐらい甘い、匂い立つ、咲いたばかりの透き通る花弁のようなピンク色の頬。黒い瞳は潤んで虹色。実際薔薇のようないい香りがしていて、友里は酔いそうなくらいだった。

(ひゃ~~~~…!!こんな、こんな淑女ほかにいますか?!)

 思っているうちに、優が友里の顎を指先で、子犬を可愛がるようになでなでするので、またくすぐったくて肩をすくめた。


「んふ…!優ちゃん、もう!」


 友里は、頭の中が優でいっぱいで、メロメロになっている。笑うのを我慢しすぎて、涙が出そうだった。洋服から肩が出て、頼りない気がする。(肩から落ちたブラ紐を直したいな)とこっそり頭の端で思う。




「た、ただいまぁ……」


 かわいらしい小さな声がして、友里はまず、優を見上げた。固まっている。


 振り向くと、2番目の兄、彗が、申し訳なさそうに玄関ポーチから居間へ入るドアで、固まっている。

「おかえりなさい」


 言ってから、一部始終を見られていたことに気付いて、友里は慌てて優にしがみ付いた。

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