第54話 秋の雨

「あー…降りだしてきちゃった!」

 ファミレスのアルバイトから帰宅する夜の9時。

 友里は原付バイクの免許はとったものの、原付バイクは購入できていないので、相変わらずマイ自転車で、田舎の雨の暗闇を走り抜ける。

 LEDの街灯の下だけが淡く青く輝く真っ暗な道なりに、白い人影がぼうっと佇んでいた。


(あっもしかして優ちゃんかな?)


 恋人になりたての、幼馴染みで、大好きで可愛い世界一の淑女と友里が豪語する駒井優は、素敵な白いジャージでランニングをする。今、友里が着ているものと、お揃いのメーカーだ。

 雨に気付いて迎えに来てくれたのかとおもって、(優ちゃん、怖がりのくせにそういうとこあるからな)にやにやしながら、友里は自転車のラチェット機構を使って下り坂を降りていく。ようはペダルをこがず、車輪の回る具合だけで坂道をゆっくり下り、人影に近付いた。

「ぎゃっ」

 人影は友里が近付く前に、自転車の音に驚いて声をあげた。優よりも友里よりもずっと小さく、金髪の前髪だけをポンパドールにしている。目鼻立ちがくっきりと明るくハデな、いわゆるギャルが、ものすごい形相で友里に振り向いて、叫んだ。

「びっっっくりしたあー」

「ごめんなさい、知り合いかとおもって!」

 友里があわてて謝ると、ギャルは気さくな様子で「逆に驚いてごめん」と笑った。田舎の道には人がいないので、いつもの時間にいつものメンバー以外が、歩いているだけで驚かれる。友里にとってはいつもの時間、いつもの道なので、ギャルが初参戦だ。

(引っ越してきた人かな?都会の人っぽい)

「え、つーか、あなた、びしょ濡れじゃん」

「バイト帰りにいきなり降られて!じゃあ、すみませんでした!」

 友里は人間違えの恥ずかしさで謝った後、あわてて去ろうしたが、ギャルが傘を差し出してくれた。

「えっ?!申し訳ないです」

「大丈夫!今から恋人を、はじめて迎えにいくんだけどさ」

 ギャルは少し恥ずかしそうに、サンダルの足元を見る。

「相合傘するか迷ってたの!だから、おねーさんに貸しちゃえばさ、イイやつアピのうえに、できんじゃん、相合傘!」

 にっこりと微笑むと、ギャルは友里の自転車の籠に傘をひっかけると、手を降って走っていってしまった。

「まって!いつ返せば良いの?」

「来週もこの時間にいるよー!」

 パシャパシャと雨音をさせながら、ギャルは走って夜の闇に消えた。残された友里は、自転車を降りて、片手で傘をさした。ビニール傘に、なにか絵が書かれていたが、暗闇で良くみえなかった。ずぶ濡れでも、雨に打たれないだけでかなり違うので大変助かってしまった。来週も同じ時間にバイトが終わるので、きちんと返せるようにしよう。友里は誓い、歩いて帰宅した。


「友里ちゃん」

 家の前まで来たところで、優に声をかけられた。バックで駐車しようとしている自家用車のライトが雨を照らした。友里は、優に駆け寄る。

「バイト?びしょ濡れだね、ごめん声をかけて……早くおうちにはいって」

 挨拶もそこそこに、優は駒井家から数軒先の、角を曲がったところにある、荒井家の玄関まで友里を送り届けようと、自転車をひいてくれた。友里は過保護な恋人に苦笑してしまう。

「優ちゃんは…予備校のかえりかな?車っておにいさんの?」

「そう、帰宅が被るとのせて貰えるんだ」

「えー、良いなあ!」

 友里が世間話を始めたので、優は急かすように自転車を荒井家の駐車場へ止めると、友里の肩を抱いて、荒井家のほうへ向かせる。だいぶ雨に濡れていて、優が贈ったジャージの上からでも肩の骨格がわかるくらいだ。

「あれっ」

 友里の帰宅にあわせて開いているはずのドアが施錠されていて、チャイムをならす。のんびりとした音はするが、返事はない。

 スマホを確認すると、母からのメッセージが来ていた。

【父、落下。手の骨折。命に別状ナシ。大阪いく。鍵は駒井さんに預けた】

 大阪に単身赴任している父が、怪我をしたという、母からの知らせだった。友里の母は日常は饒舌だが、メッセージのなかではカタコトだ。

「えっ」


 事情を聴いた優は、濡れそぼる友里の肩を抱いたまま、一瞬ブレーカーが落ちたようになったが、友里が気付く前に、駒井家に招いた。事態を察知するのが早すぎて、自分でも嫌になるが、対処が早く出来るので役立つ。優は深呼吸をして、もしも友里が、しばらく駒井家に住むことになっても大丈夫。と、自分に言い聞かせた。


「とりあえず、体を暖めないと」


 まだ事情の飲み込めてない友里が、優の言葉に頷いて、駒井家へ向かう。


 夜の9時半。駒井家は今日に限って全員集合していた。

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