第53話 通話
『えええ、おめでとう~』
スマホの小さな画面の向こうで、優の叔母の茉莉花が、驚きと興奮で友里に歌うように叫んだ。NYはお昼の12時。こちらは深夜の1時だ。
『おかえりなさいのスカイプになると思ったのに、お祝いじゃない!やだ~!今日はこっちでケーキ食べるわ!』
修学旅行から帰宅して、土曜日の深夜。茉莉花とビデオ通話を楽しんでいた。もう眠る支度をしていたので、ビデオ通話は恥ずかしいと言ったが、茉莉花に押し切られた友里は、長い髪をひとつにまとめてフリースのパーカーを着ている姿をさらした。茉莉花は医療用の青いアンダーシャツを着て、ワンレングスの髪を後ろに束ねている。
向こうとしても高校生を深夜まで起こしておくのは忍びないので、折衷案での5分通話だ。
『優ったら、なにもいってくれないんだから!』
「あんまりからかうと優ちゃんが怒っちゃいますよ」
『怒る顔も可愛いじゃない!』
「そうなんで す よ ねえええええ!!」
”優かわいい同盟”のふたりは、あうんの呼吸で優の可愛さについて語ってしまう。
『どう?アルバムは、捗る?』
「あ~~~ほんとありがとうございます。伝説の秘宝ですよ、かわいいで世界平和に貢献します。わたしが死んだあとはダンジョンに収納されるかもしれません。自分の家にも、優ちゃんの子どもの頃の写真は、あるんですけど、表情の一つ一つを見たことないものばっかりで、開くたびに空気が洗われるっていうか、目に焼き付くほど毎日1枚ずつ見てます、それ以上摂取すると、死んじゃうのでゆっくりですけど!!」
『そ、そう、よかったわ』
茉莉花は友里の、優への熱量は少し引いてしまうけれど、面白いので聞いてはいたいから、試すようにいろんなものを送り付けてしまう。
優のアメリカでの写真は、3冊全て送った。もちろんマスターは手元にある。
『友里ちゃんが、傷ついていた時のものだから…友里ちゃんが見てないのは当然なのよ』
早口の英語で言ってしまって、友里は聞き取れず、「??」という顔をしている。『なんでもないわ』と茉莉花はごまかした。
「茉莉花さんとお友達になれて、本当に良かったです」
『わたしもよ、友里ちゃん!でもわたしの協力なしに、優を落としてしまうなんて、さすがね』
「へへ…でもこうして、いろいろ励ましていただいたから、出来た気がします!」
『あらかわいいわねえ、ところでキスはしたの?』
「え!」
『まだかしら…ん……??優の誕生日…過ぎたわね??誕生日にしたのかしら…??このスピード展開は、何らかの肉体的接触がないと、無理だと思うのよねえ…』
「ええと!まだ!です!!!」
友里は、嘘をついた。しかし事故キスなので、あれをカウントしていいものかどうかは、審議を求めたいところだった。
『そっか、そっか、それはじゃあ、今からのお楽しみね!また報告楽しみにしてるわ~!!心から、おめでとう!!!』
茉莉花が手を振って、おやすみの合図をしてくれる。
さすがのスピーディさだ。
スカイプを切って、友里はふうとため息をついた。
スマホを確認すると、優からほんの数秒前にメッセージが届いていた。茉莉花と通話することは言ってあったので、茉莉花への伝言かもしれないと思い慌てて開いた。
【あいたい】
それだけ書いてあって、友里は頬を染めた。
「あっつ…」
優の愛情がストレートすぎる気がして、真っ赤に染まる頬を触った。全部夢だったらどうしようと思うくらい、幸せだった。
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優は、茉莉花からの電話は、いつも取らない。しかしこの日は、予感がして、受験勉強用の動画を流しているPCのスカイプチャットを開いた。
茉莉花から動画が着いていて、開くと「Congratulations!」と拍手がわ~~~~~~と流れる。
「…なに?」
スカイプの着信を音声のみで受け取ると、茉莉花が早口の英語で優と友里のお付き合いを祝うセリフを並べ立ていて、優の悪い予感は当たった。
『早くビデオをONしなさいよ!!』
茉莉花が英語で言うので優は(聞き取れると思っているのか…)うんざりとした顔で、カメラをオンにして、英語で「なに?」と言った。英語で話すことで、やっと会話が進む。
『友里ちゃんとお付き合いしたんでしょう?よかったわね、おめでとう』
「…あ、りがとう……?」
優はシャーペンをノートの上に転がして、椅子の座り具合を直す。
『なぁに!!?歯切れが悪い!!!もっと堂々として!』
「ねぼけてて、なし崩しだったので……」
『嫌なの!?嬉しくないの?!?!?』
「嬉しいけど」
『けどなに?!』
優は頭をおさえて、ため息をついた。
「もっとちゃんと告白らしいものにしたかった…」
『バカね!そうやって何年も失敗してたのよ、今は成功をお祝いするときでしょう?!』
それから茉莉花は、あらゆる幸せな出来事が2人に起こるように神に祈ったり、ふたりでこれからたくさんの出来事があると思うけど、試練もまた運命のふたりには必ずあるから、など、など……優は聞きながら、勉強を進めていた。
『ねえ、まずは何がしたいの』
優に優しい叔母の声で、問いかけた。
「どう、対応したらいいかわからない」
優は、ポツリという。
『は?』
「ずっと片思いしていたから…付き合うって、なにを変えたらいいの?変わるの…?」
『うん??』
「対応を…???呼び捨てにするとか…?既読数秒とか…???」
『うん…あなたがおりこうさんのバカってこと忘れてたわ……』
茉莉花に言われて、優はせっかくの心の吐露を言わなければよかったと、唸る。
『初恋なんだし、自分たちで相談し合いながらやっていけばいいじゃない!』
「…茉莉花」
年長者の助言に、優は心のドアを開きかけた。
『ちゃんと潤滑油付きのフィンガーグローブをつかいなさいよ』
プツ。
優は閉じた心のドアと一緒に、回線を切った。
はあ……と、体の熱を追い出すために、ため息をこぼした。
没頭して邪念を追い出そうとするが、勉強の手が止まってしまう。友里のふわふわと長い髪を束ねた後ろ姿を思い出したり、見つめると見上げてくれる瞳の濃い蜂蜜色を思い出したりしているだけで、あっという間に時間が経ってしまった。
受験に恋が禁物なのも、分かる気がした。
先程、逢いたいと送ったメッセージには【大好き!!!】とかわいいスタンプまみれで返事が来ていた。本当にすぐ会いに行ける距離なのに、離れているのがおかしいくらいだった。
(ここに友里ちゃんを呼んで、そばにいてもらうことだってできてしまうのに)
そんなことをしたら、悪い自分が出てきて、ペロッと友里を食べてしまうのが目に見えていた。
大好きな人と、付き合えてしまったのだから、もう悩むこともないのに。
深夜2時、優は、予定のワークよりも3枚も多く頭にインプットしてから、ベッドに入った。
明日も5時に起きる。
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