第54話 秋に帰る
瀬長ビーチでお互いに、トゥリングを渡しあう優と友里は、青い空と青い海に包まれて、笑い合った。
「絶対すると思った」
「優ちゃんも!」
友里は優に、ターコイズブルーの小さい石がついているものを、優は友里に、友里の肌の色に近い、ピンクゴールドのリングをプレゼントした。
「…どこにつける?」
優が友里に聞くと、友里はしばらく悩んで、何度も何度もいいかけて、顔を真っ赤にしてため息をつくと、優の半袖の先を掴んで、呟くように答えた。
「なくすと困るから、帰ってからつけるね」
「そう、じゃあ、わたしもそうしようかな」
優は裸足の友里の足を持って、薬指に、関のように躊躇しつつもつけてあげたかったが、仕方ないなと思った。裸足で砂浜を歩くと、波がキラキラ輝いてとても美しかった。海に入ることは出来ないので、足だけ入ると、気温はまだまだ夏なのに、意外と冷たくて驚いてしまう。
「ふたりは仲良しなのね…」
そばを歩いていた国見が言うと、関は聞こえてないのはわかっているが「やめて真知子ちゃん」と、真知子の手をきゅっと握った。また失礼で余計なことを言って、駒井優を怒らせそうで、慌てた。しかし優は関に頷いて見せる。
「そう、仲良しなんだ」
優が、海風にサラサラと黒髪をなびかせながら、にっこり微笑む。波の音が響いて、飛行機が空を駆けていく。国見は、関が握ってない方の手で前髪を横に流して、きれいな瞳を見せた。
「ごめんなさい、荒井さん」
ずっと言いたかったのに、なかなか言い出せなくてごめんなさい。国見は頭を下げた。ひどいことをしたのに、笑顔で自由行動に誘ってくれた荒井友里に対して、申し訳なく思ったらしい。
今日言いたそうにしていた言葉は、それだった。たぶん本当の国見真知子はとても穏やかな人で、虚言を吐くことで自分を守っているのかもしれない。優はそれ以上、この闇には踏み込めないけれど、高校を卒業して、自分たちの足で歩けるようになれば、関が国見の闇を取り払えるのではないかと思っていた。今は、環境がそれを許さないけれど、少しなら協力してもいいなと思っていた。
「おばけがついてるなんて、嘘なの」
「そうなんだ…一緒に生きていこうと思ってたのに…」
友里が国見真知子の言葉に軽口を叩く。
「やめて」
優は間髪をいれず否定した。
ふたりの掛け合いに、国見真知子は微笑んだ。関も穏やかに笑う。
その──、国見真知子の笑顔は、優に送られてきた二人三脚で一等賞をとったふたりと同じ構図で、気付いた友里と優は、胸が熱くなった。
後楽や萌果たちと合流して、残り少ない沖縄での時間を満喫した6人は、大所帯のまま空港へ向かうバスに乗り込んだ。
優がこっそりと手をつないできたので、友里はまた(衆人環視の中で)と、覚えたての言語を頭の中でぐるぐるとさせた。
ほとんど告白をして、想いを伝え合ったと思っていたので、その恥ずかしい気持ちはいわゆる”付き合いたてのラブラブ”状態と、思ってもいいだろうと友里は思っていた。
「あ~~~…でも、恥ずかしい!」
思ったことを、すぐ口に出してしまう友里だった。
「そういえば、優ちゃん、お化けを効果的に追い払う方法、ネットで見つけたよ」
座っているためほとんど目線が変わらない隣の優に、友里は照れ隠しのつもりで、ネット情報を雑談のように話す。
「なに?ファブリーズ撒くとか…?」
「ううん、エッチな話するんだって!」
「………!」
友里の口から、「えっち」という言葉が飛び出て、優は固まってしまう。
「あ!淑女に、なんてことを。…ごめんなさい」
友里は口をおさえて、真っ赤になっている。優は、次の課題は、自分が淑女なんかではないという誤解を解く事だろうか、と思った。根が深そうな問題だった…。
::::::::::::::::::::::::
地元に降り立つと、あまりの寒さに、あわてて出発時に着ていたジャケットをカバンの中から引っ張り出して、震える体を守った。地元はすっかり秋だ。
「沖縄に帰りたい!!!」
友里が全ての学校での後始末が済んだ後、帰宅するために優と合流して一番に叫ぶ。優はくすくすと笑った。友里はどうやら夏が好きなようだ。
皆と別れ、ふたりで大荷物を抱えて、家に帰る電車に乗った。夕暮れだが、帰宅のピークではないので、ゆったりと座席に座ることができる。
二泊三日はあっという間の出来事だった。
旅行の間、ほとんど眠っていない優は、ウトウトして、気を抜くと隣にすわる友里の頭の上に落ちそうになっていた。
「優ちゃん、お疲れ様」
「ほんとに疲れちゃった…友里ちゃん、寝過ごさないよう、なにか、お話しよ」
「おはなし!言い方がかわいい!!…でもダメ。寝ちゃっていいよ。わたしが起きてるから!おまかせ!!」
「友里ちゃんの寝つきの良さは折り紙付きなのに……?」
ひと悶着して、ふたりで笑い合う。
沖縄で、つないだ手より、冷たい指先をお互いにそっと重ねる。
「……また今度、ふたりで行きたいね、沖縄。卒業旅行とか?」
友里が言うと、優はこくりと頷いた。
「色んな島もめぐりたいなあ…」
「そうだねえ、最高…」
友里はふたりで冒険したり、かりゆしムームーを着て、まったりと過ごす旅行を夢見る。かりゆしムームーとは、沖縄のしっかりした生地から浴衣生地まで様々な柄や原色のものまである、南国調のワンピースのことだ。
(優ちゃんのムームーは絶対自分で作ろう、そうしよう…)心に誓った。
「……優ちゃん、わたしたち、おつきあい、するのかな……?」
話のついでのように、友里が小さな声で呟いた。
電車の線路を走る音が鳴り響く。ほとんどだれもいない車両の中は夕日が差し込んで、窓枠の影を作り、眩く彩っている。
優はまどろんだ夢の中で「うん」と言った。
「かわいい…!」
友里は優の肩に自分の頭をのせて、幸せな気持ちで電車に揺られていた。
「あ!!!」
「どうしたの、突然大きな声出して…」
まどろんでいた優は、完全に起きた。しかし目ははっきりと開けられず、まばたきをする。
「サーターアンダギー食べ忘れた…!!!!」
友里が、余りに深刻な表情で言うので、優は噴きだしてしまう。
サーターアンダギーは沖縄県の揚げ菓子。首里方言で「砂糖を使用した生地を油で揚げたもの」という意味の丸い揚げドーナツのことだ。
「…カルディで、粉を買おうか、確かあるよね…?」
「そういうのじゃ!だめなの!!!!いますぐ沖縄に帰ろう!!」
「ダメだよ、もうお家に帰るんだよ」
「あああ…!サーターアンダギー!!!!」
友里の絶叫が、秋の夕暮れにこだました。
修学旅行編・完
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