第53話 こくはく


 修学旅行最終日、自由行動の日。


 優と友里は待ち合わせをして、那覇空港近くに、オープンしたばかりのウミカジテラスで散策することにした。午後には帰るので、みんな考えることは一緒で、沖縄で付き合いだした子達はふたりだけの世界を繰り広げてはいるが、萌果と後楽も、優のクラスメイトも何人もいる。やはり想像通り、ふたりきりと仮定しても、それは幻想に終わりそうだった。

 そして、友里が、優に頼まれた通り、国見と関も誘った。

 友里が挨拶をすると、国見真知子が自分と同じヘアフレグランスを使っていることに気付いた。

「あれ、つかってるんだ?!」

「え、ああ…流行ったから…」

「いくら学校で禁止されても、内緒でつかっちゃうよねえ」

 国見真知子が、ぼんやりして答えてから、荒井友里だったことに気付いてムッと息を止めるような顔をした。けれど、あわあわと口だけで、なにかいいかけて、横を向いてしまう。

「?」

 友里はわからないながらも、ニッコリ笑顔で返した。

 国見には、今日も関の姿は、まったく見えていないようだった。関はニコニコして、真知子を見ている。


【真知子ちゃん喜んでる。駒井さんには感謝しかないです】

【駒井さんと荒井さんなら、わたしたちとは違って、誰に言っても祝福されそうですけどね?】

【これで、荒井さんには関わりません、ふたりのことは、内緒にします】

 メッセージが送られてきて、優は読み終えてから、ちらりと関を見た。関がぺこりと頭を下げる。直接話しかけはしないので、(そういう体で行くんだな)と視線だけで頷いた。


 国見の姿を見ている関を見て、優は心が痛んだ。脅しを本当に恐れているわけではなかった。関の過去を考えても、優と友里の関係をどうこうしようと、一切思っていないことは、わかっていた。

 関の想いに多少の共感と同情心が出来てしまっただけ──。

 この状況を、自分たち浅慮な素人が口を出しても、なにも変わらないことなど、とっくに理解しる。事情を聴いただけで、どうにかできる問題ではないだろう。


 ただ、関と国見真知子の心の闇が、つかの間でも暖かくなればいいと思っていた。


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「どうしてもフルーツかき氷がたべたい!」

「わたしたちは、お土産がみたいなあ」

 2時間しかないのに、意見が割れたので、別行動をすることになった。11時に合流して、タコライスをどこかで食べようと約束した。

【関たちもわたしたちの方へおいで】

 優はメッセージを送ると、国見に声をかけて4人で行動することにした。


「優ちゃん、どこにあるんだっけ?」

「あ、ここだよ」

 優は足の指にはめる指輪、トゥリングのお店に行くことにした。

「くすぐったくないかな?」

「そうおっしゃるお客様も多いですけど、指の関節にはめると意外とフィットして取れませんし…逢えないときも、こっそり、靴下の下で恋人とお揃いを感じることができて、素敵だとおもいますよ」

 ニコニコと店員さんが、サイズを教えてくれる。友里は緊張しながら、どこの指がかわいいかなと国見と関を呼んで、吟味していきたかったが、ふたりはお店の外で待っている。


「親指が、護身で、中指が知性、薬指は結婚指輪と一緒で、恋愛、小指は行動力UPなんですよ!」

 店員さんが細かい説明をしてくれる。

「わたしは中指かな…」

 友里が真剣に言うので、優は噴きだしてしまう。人差し指は奴隷、片方だけだと元奴隷という意味があるのであまり推奨されない。ハワイなど南国で流行っているらしい。インド起源のトゥリングだ。

「お客様は中指と薬指がほとんど一緒なので、どれを買っても大丈夫ですよ♡」

 優のことを、友里の恋人扱いしてくれる店員さんで、恋愛を進めてくるので友里はしきりに、ドキドキしてしまう。(優ちゃんと恋人に見えてるのかな…?)ちらりと思った。それと、大抵の大人のお姉さんは、優を”かわいいかわいい”と言ってくれるので、まあまあ気分が良かった。


 優は、自分が今出来うることを考えて、関と国見を呼んでいた。


「これは、ただの同情心だよ」


 優はそういうと、関の手のひらに、淡く模様の入った金色の指輪をふたつ置いた。

「…みえてなくても、さわれるんだから、もしも関がまだ国見のことを好きなら…つけてあげたら?手を握れない時の、お守りとして」

「え!」

 関は思いがけない優の提案に驚いて、トゥリングを見た。

「そんなの……真知子ちゃんが嫌がる……」

「でもね、関さん!ごめんねより、大好きだよ!のほうが伝えるならきっと良いって優ちゃんが言ってたよ」

 友里がそう言って、「真知子ちゃんを連れてくるね」と、お店の外でモジモジしている国見を呼びに行った。去って行く友里の背中を見ながら、優は独り言のように言った。

「好きなんて言葉は、相手や自分を縛り付ける呪いかもだけど、──国見だって、関を忘れなきゃ生きていけないくらい、関が好きってことでしょ。関が、いつも国見の手を握ってるのは、そばにいるよって言っているんでしょう?」


 優は自分が友里に対して、勇気が出ないのに(何を偉そうに)と頭の片隅で思う。

 けれどもしも、迷っている自分になんのわだかまりもなく、他人だから、言える言葉があるとするなら。


「お互いに、想いがあるなら、謝罪より、気持ちを伝えたっていいと思う」


「…!」


 関は息をのんだ。見えなくなった真知子と再会してから、ずっと真知子のそばにいたが、一度も想いを伝えたことが無かった。弥栄子に見つかると、引き離されることが多かったが、見えなくても、感じてほしかった。真知子に手を握り返してもらえると、暗闇に光がともるような気持ちだった。

 関は、国見真知子を愛している。


「これなら、……国見の家の人にも、見つかりづらいだろうとおもって…家の中で、国見の心の支えになるほどじゃ、無いかもだけど……。わたしにできるのは、このぐらい。降参」


 優は両手をハンズアップして、その場から離れ、店外にいる友里の後ろを追いかけた。

 関はリングをまじまじと見た。リングとはいえ、丸につながってはおらず、穴が開いていてアーチ状で、そこを開いて指にはめる形状になっている。リングが自分たちのようだと思った。もう二度とつながれないけど、ピカピカに美しい思い出がある。


「国見さん連れてきたよ!」

 国見は戸惑っている。なぜ自分が優たちと行動を共にして、ここにいるのか、いまいちわかっていない様子だが、憧れの駒井優と一緒にいる希望がかなって嬉しそうだった。優に椅子に促され、座って足を出した。その様子に、関は微笑んでしまう。


「真知子ちゃん、私が見える?」


 関が真知子の正面にしゃがんで、視線をあわせて問いかけるが、真知子はなにかの声が聞こえたようにキョロっと周りを見ただけで、関怜子の姿はみえていないようだった。こういう部分で「霊がみえるのよ」といってしまうのかもしれない。

 自分の足の指にリングをはめようと頑張っていたが、指輪を広げると足が広がらず、足を広げると指輪を持てず、苦戦している。関が、真知子の指にふれた。

「……昔から真知子ちゃんは、不器用だから、こういうの出来ないんだよね」

 そういって、少し迷った後、左足の薬指に指輪をつけてあげる。


「大好きだよ、ずっと……」


 関は、震える声で言った。国見には見えない誰かが、自分の指に指輪をはめているようにしか感じなかったようだった。


「──…いるの?……怜ちゃん…?」


 か細い声が、真知子から聞こえた。


 関は、思わず真知子を見上げたが、──見えていないことがわかると、鼻をすすって、「似合うね」と笑った。

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