第52話 おもい


 昼食はまた同じバイキングだ。友里は、優をみつけて走り寄った。手には、沖縄で食べるべき沖縄料理を乗せた、仕切りのついた軽量のランチプレートを持っている。

 深夜に【友里ちゃんに逢いたい】とだけ書かれたメッセージを思い出して、心でスキップして近づいた。(わたしもはやくあいたい!!わたしにできることがあったら相談してね)と送り返したが、返事はなかった。


(けだるげな優ちゃんもかわいい)と思ってから、ランチプレートが一枚しか置けない細いテーブルの対面に座る。

「大丈夫?」

「うん……午後のビーチ散策は、バスで寝てていいか聞いてみようと思ってる」

 優はうとうとしながらも姿勢は美しく、丁寧な所作で、サラダスティックをぱり……ぱり…とゆっくり食べていた。友里は(早寝早起きの妖精さんは寝不足だとこんなふうになるのね!動きがゆっくりで、じっと見れてかわいい!)とドキドキして見つめていた。友里は今日も絶好調だ。


「関さん、なんて言ってた?」

「……んー……まあ…それは…、ふたりの昔の写真だけでもみる?」

 友里はあまりに言いよどむ優も観たことが無くて、可愛くて震える。

 対面に座る優が、ひらりとスマホを開いて見せてくれた。写真をみて、(わ)と驚いた。中学生の頃の国見真知子は短パンに半袖のジャージを着て、すらりとした手足が健康そうに光っていた。言われなければ、本人とわからないかもしれない。国見弥栄子とそっくりだが、ずいぶん柔和にみえる。

 スレンダーでスポーツが得意そうな褐色の肌の元気な女の子。とても優しい笑顔をしている。体育祭の二人三脚で1位の旗を持って、真っ赤なリンゴほっぺをした、今とあまり変わらない関怜子と優しく手を繋いでいる。ふたりの関係性が現れていて、とても仲良しに見えて、ほほえましい。

「素敵ね!」

 優は、この笑顔を曇らせたくないから、友里をメッセージのグループに入れなくて本当に良かったと思った。



 関怜子の話は、あまりに重かった。──まとめると、こうだ。


 中学2年生の始めくらいから、関怜子と国見真知子は愛し合い、性的な関係を結んだ。ふたりは何度も国見の家で体を重ね、そのうちに、妹の弥栄子にバレた。

 三人は小学校からの幼馴染で仲も良く、先ほど友里に見せた写真も弥栄子が撮影した。弥栄子は応援してくれていたように思えたが、ある日、国見家の両親にふたりのことを話してしまう。

 国見家の両親は、中学生での性交渉そのものに激怒。行為をしている最中に、真知子の部屋に乗り込み、ふたりに殴る蹴るの暴行をした後、関怜子は裸同然の姿で国見家を追い出された。真知子はそれきり学校へこなくなった。

 ──次に逢えた時には、国見真知子は関怜子を見ることが出来なくなっていた。

 真知子は復学こそ出来たが、不登校の間、家族から虐待を受け、外見を変容させてしまった。関は家の中までは、守れないため、弥栄子に協力を仰ぐのだが、その度に、昨日見たようなヒドイ一方的な暴力を産んでしまうという。

 関は真知子の幸せや願いのためだけに、今後も、生きていきたいと思っている。

 あれだけ双子の容姿が変わっているのだから、行政や児童相談に相談できないのかと聞いてみたが、何度かけあっても、国見家が一丸となって反抗してしまうそうだ。その度に、国見真知子はおかしくなっていく。関には、なにもしないでそばにいるという選択肢しか、選べなくなっていった。

 このような内容が、関の懺悔と共に、朝まで送られた。関は、人に話すのは優が初めてだとしきりに言っていた。


 確かに誰かに身軽に相談できる内容ではない。


「はああ……」

(重すぎて、耐えられない)と優は思った。人と比べてはよくないし、痛みは人それぞれだが。

 相手の幸せを思うところは一緒の気持ちで、考えさせられた。

 心因性の病気を患うくらいだから、それはそうなのかもしれないけれど……でも、恋がそんな痛みを産んでしまうなんて。

 昨夜は薄れた関たちへの同情心が、やはり芽生えてしまう。なにか、関と国見真知子のために、出来ないかと思ってしまうのは悪いことだろうか…。



「あれ、駒井くん、これってさあ…」

 近くに座っていた萌果が、スマホを覗き込んだが、すぐに真っ黒になってしまうので、良く見えなかった。

「駒井くんガード硬すぎない?」

(普通だと思うけど)という顔でにっこり笑う。


「優ちゃんのスマホって、優ちゃんのお膝に座らないとちゃんとみえないよね」

 友里が爆弾を落とすので、優は一瞬で目の覚める思いだった。萌果が駒井優を憐憫の目で見るので、優は目をそらした。

「さっき一瞬だけ見えたんだけど、あれって国見ツインズの片割れじゃん?なんで知ってんの?うちの高校だったんだ」

「隣のクラスじゃん、鍾乳洞で逢ったぞ、友里に絡んでた」

「あれ?!まじか~、気付かなかった!」

 優のスマホでもう一度写真を見て、後楽は「そんなに変わって無くない?」と言い、萌果に「眼科にいきなよ」と叫ばれる。萌果は一人だけ中学が違うので、国見と同じ中学だったようだ。

「美少女で人気あったよ、どっちかが急に学校に来なくなってさ、大騒ぎ」

「いつくらいに?」と、優。

「中二かな」

 関が言っていた時期と被る。真知子が不登校になって、この高校へ入ることが出来たということは、”関怜子”の存在を消すことで、心の平静を保つことが出来た証だ。

「真知子が明るくて、弥栄子が暗いの」

「反対じゃなくて?」

「まひるのまちこと、闇のやえこって覚えてたよ、頭文字ね。」

「今ド反対だわ」

 後楽がいう。



【真知子ちゃんがあんなふうになったのは、私の責任】


【永遠に懺悔しないと、生きていけない】



 関が、優に送ったメッセージの一文を思い出す。周りにごめんなさいを言い続けている理由の一端を、見た気がした。

 優は、自分の心の中の、友里が悲しむから、しまっておきたい感情の蓋を開けられた気がして、(関とかかわるべきではなかったな)と、何度目かのため息をついた。


「ねえ、優ちゃん、わたしに何かできることある?」

 疲れた優をいたわるように、対面から友里がテーブルに置かれた優の手の甲に、手のひらをそっと重ねた。


「ふたりって、触れるんだよね」

「え」

 友里の言葉に優が顔をあげる。

「関さんのこと、みえてないけど、国見さんって、手を握り返してるんだよ。わたしも優ちゃんに見つけて貰えなくても、それだけでも、ちょっとはうれしいかもって思ったから、覚えてた」

 優は友里の言葉に、思い付いたことがあって、この後の行動を相談した。


「謝罪ばかりじゃなくて、国見に関の想いが届けばいいと、願いたい…」


「──優ちゃんの優しいとこ、大好き」


 友里はそう言うが、優は自分が優しいとは思わないので、苦笑した。


「友里ちゃん、お願い聞いてくれるかな?」


 優がそういうと、友里は優の想像通り、「なんでもしてあげる!」と大きな意味で言ってしまうので、そういう意味ではないとわかっているのに、優は、また心臓が跳ね上がってしまうのだった。


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