第51話 難しい問題


 土の上に寝かせておくわけにもいかないので、国見真知子を優がお姫様抱っこして、一番近い通用口に入った。一般客のホテルの方だった。ソファが受付のそばにあったので、受付の人に寝かせてもいいか問いかけると快くOKしてくれた。医務室へ案内されそうになったが、優が説明をして、断ってくれた。


「駒井さんは便利ですねエ」

 関が受付で説明をしている優の背中をみながら、失礼な事を言うので、友里はムッとした。優を遣ってやったような言い方が一番頭に来るが、気持ちを落ち着かせた。

「なにが…あったんですか?」

 土や葉っぱのついた国見を綺麗にしながら、そろそろ事情を聴いても良いと思い、友里は関に問いかけた。関は、言い淀んで、まだ眠る国見真知子の手をそっと握る。国見が反射のように、関の小さな手を握り返した。

「あの……」と言いかけて、関は沈黙。


「……じゃあ、わたしたちは、部屋に戻るね、お大事にね」

 優は受付から戻ってくると、座りもせず、ソファに座る友里の手をとった。エスコートするように友里をフワリと立ち上がらせると、歩きだしてしまう。友里は、戸惑い、優と関を交互に見る。

「聞かないの!?あんまりに冷たくない?!」

「本人が言いたくないのに、むりやり聞くほうが良くないと思うよ」


 優は優しくいう。心因性の病気なのも聞いて知っているし、病気が怖いのは分かっている。あのような暴力的なできごとなのに、誰かに助けを求めるのは否定するのは、協力を求めると、よりひどくなることがわかっているからだ。──暴力が、今はじまったことではないことが、容易にわかる。

 ふたりに責任を持てないのなら、これ以上先を聞くことは、よくない。危機管理能力だ。友里にはあまり携わっていない気がしたので、優は友里をなだめるように優しく言った。

「部屋に送るよ」

「でも……」


「きいて…どうにかできるんですか?」

 関は友里に、そう言った。声が震えている。友達関係のないほうが、今の不安な気持ちを吐露しやすいのではないか、友里は、友達に言えずにいるあれやこれやを、ほんの少しだけ考えて、言えば楽になるのではと安易に考えていた。

 優にはそういう気持ちがないので、冷たく見下ろしている。


「わたしたちは専門家ではないから、なにもできない…というより、関にとって無駄なことしかしないと思うから」

 優は冷えた声で言う。

「自分で考えて、友里ちゃんに迷惑になりそうだなと思ったら、遠慮してくれたら助かるかな」

 妖艶な笑みで、やんわりと、しかしはっきりと優が関に断りを入れた。

「ごめんなさい」

 道化でも、バッタでも張り子でもなく、ゆっくりと関が謝った。ことが重大なのに、道化のようになるのもおかしい。

 友里は「でも」とか「だって」とか言っていたので、優は友里の手を掴んで、もう一度、部屋に戻るよう促した。

「……話の続きをしようよ」

 耳元でいうと、友里は赤い顔をして、「うん」と頷いてくれた。

 ふたりが関と国見の元を去ろうとすると、後ろから関が言った。


「…二人は、キスしてたから、きっとわたしたちと同じ境遇だと思ったんですけど…」


 関に言われて、優はようやく関をみた。

「は?」

 もう一度はっきり言ってみたらどう?いえるものなら。という口調で聞き返すが、関はそれに負けない声で言い返した。

「だから、さっき…ふたりは、キスしてましたよね?」

「どういう意図…?」

「意図はないですよ、荒井さんを介せば、お願いをきいてもらえる機会、あるんだなあとおもって」

 優は先程の「ごめんなさい」の意味をはき違えていたことに気付いた。──これから迷惑をかけるから、”ごめんなさい”と言ったのだ。

(思っているより、狡猾な思考回路をしているな)

 優はしばらく黙った。友里を貶めてみせるとでも、言っているつもりなのだろう。優は、多少あった同情心が、薄れていく気分だった。


 友里は、首を傾げたあと、意味に気付いて叫んだ。

「してないよ!?ちょっと、抱っこはしてたけど、いまは!」

 友里が真っ赤になって否定するが、あまり否定になっていない気がした。

「友里ちゃん」

 優は一旦、物理的に手のひらで、友里の口をふさいだ。友里が中で、もごもごいうけれど、優はそのままにした。

「──もしかして、それで脅してるつもり?」

 優は友里にもわかる素直な言葉で、関をじっと見つめた。

「いえそんな……、でも自分だけではもうどうしたら良いかわからないって言うか…聞いてもらって楽になりたいけど、普通の人に聞かせるのも悪いなって話で」

 関は、先ほどまでの強気な態度から一変、自分の短く編んだ明るい髪の三つ編みを触った。落ち着くときの癖なのだろうか?

「わたしなら、いいと?」

 優は、関を見下ろす。関は見上げるのでなく、目だけで優をみた。

「駒井さんって、なんだか、普通の人っぽくないんで、良いかなって。……荒井さんは、どうかわからないですけど…」

「……」

 

 ふたりはにらみ合う。

「???」

 優と関の会話に、友里はなかなか入っていけなかった。




 点呼の時間になったので、4人は、学校の宿泊施設側へ戻ることにした。  

 国見は部屋へ戻し、関と優だけが、連絡先を交換した。友里は、最後まで自分もグループに入ると、ごねていたが、「大丈夫だよ」という優の渾身の笑顔に騙されてしまった。


【駒井さんって、マジで顔面で得してますよね】

 「よろしく」でも、「お願いします」でもなく、関からの最初のメッセージはそれで、優は多少、いやかなり、関わったことに後悔をした。

【荒井さんは、ちょっと明るすぎて、苦手だったので、断ってくれてホッとしました。お二人の逢瀬を、邪魔してすみません】


【国見真知子と明後日の自由時間を一緒に過ごしてもらうだけでいいんですよ】


 脅しの代償の願いは、関がずっと言っているモノだった。友里とふたりきりは、叶わないものになりそうだ。──しかし修学旅行なのでもうその企みはほとんど消滅してることなど気付いていた。どこへいこうと、学校の生徒がいる場所で、ふたりきりだと思い込めるのは、浮かれてる人達だけだろう。

 ──と、頭の奥では、浮かれたかった自分を慰めるように、言い聞かせる優。


 優は関たちの問題に踏み込みたくないし、自分の危険アラートは鳴っていることは重々承知だったが、


「どうしてそんなに、国見真知子に尽くすの?」


 聞いてしまった。

 優は、「解決は出来ないけど、読むよ」とだけ送った。堪えていたものがあふれ出すように、関怜子の懺悔のようなメッセージが、朝まで続いた。


 合間に入る友里からの優しいメッセージが無ければ、たぶん耐えられなかった。



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