第50話 危機回避失敗


 1ヶ月前。誕生日の夜の優は、間接照明の中で、優のもともと虚弱な理性は倒され、友里を全部奪いそうになっていた。

 友里はただくすぐったがってただけだったが、あのあと、抱き締めて、押し倒して、掘り炬燵式ソファの上で、優はわりと際どいところまで、たどり着きそうになっていた。

(友里ちゃんが、友里ちゃんの一番を全部くれると言うのだから)理論武装して、当たり前に全部奪おうとする自分が恐ろしかった。

 友里から貰った折角の服を汚してしまう──そう気付いたおかげで、瀕死の理性が頑張ってくれた。名残惜しい気持ちのまま、友里の体から離れ、別荘を後にすることができたので、友里のハンドメイドの加護だったのかもしれない。


 スマホはいつでも友里を呼び出せてしまう気がしたので兄に預けた。友里もまた、どこへでもついてきて「なんでもしてあげる」と誘惑してくるので、極力ふたりきりにならないようにした。優の悪い誘いに乗ってきたら…──耐えられなかった。

 家族とだけ繋がっているスマホを一台持った。悪さの出来そうな場所への鍵は、父に返した。

 目の前の出来事に没頭して、全てを忘れるしかなかった。

 修学旅行の前の日に、兄から回収したスマホを開いて、たくさんの、友里からの愛のメッセージがきていて胸がいたんだ。このまま、友里が自分を忘れたら、悲しすぎた。


 相手からの愛は欲しくないが、自分は愛したい。


 自分の愛はわすれ、相手からの愛をただ享受する。


 ……──どちらかを選ぼうとしていた。


 ただ、愛し愛される道を選ぶには、難しいと思っていた。

 傷も全部愛しているけれど、友里はその傷を背に、足に、負っているからわすれられないが、”優はわすれることが出来る”と思い込んでいる…その傷が自分にあればとさえおもう。それは愛なのか?……傷がない頃に戻ることは、できないのに。


 ──と、自分でも大変、本当に、地の底から這うような声で”面倒くさい””はずかしい”と唸るような発作を、1ヶ月も患っていた。

 あんな、ぶつかっただけのくちづけで、1ヶ月も発作が起こるのだから、友里と本物のキスをしたり、もっと接触したら、優はどうなってしまうのだろうか?──なにも考えず、友里だけを大切にして生きて行けたら良いと思うまでが長すぎる。



「もしかして優ちゃんの誕生日の日の話?」


 友里がハッキリとそう聞いてきて、(さすが幼馴染……なんでもお見通しというやつなのだろうか……)優はじっと見つめることしかできなかった。

「…やっぱり、1ヶ月、避けてたの?」

 友里が悲しそうな、みたこともない笑顔で微笑むので、優は、ドキンと胸が跳ねあがったような気がして、締め付けられる痛みを覚えた。

 優は、なにも言わず、優しく友里の背中に両腕を回して友里の体を包んだ。危害を加えたいわけではない。ただ、愛し方がわからないだけだ。

 友里はふたりの間の空間がもどかしくて、そっと体を寄せた。友里の体の熱が伝わってきて、またも優は本能に支配されそうで、まったく冷静になっているわけではないことが分かった。むしろ、離れようとして想いが募ったようだった。


 ──好きだよ


 全部奪ってしまいたい。

 友里を愛せるのは自分しかいないと豪語して、他の誰もシャットアウトしてしまいたい。


 庭園は間接照明のように沖縄の木々がライトアップされていて、優の誕生日の夜の別荘の中のようだった。


「キス、やり直す?」


 友里の誘惑の声に、耳を疑った。何段階も駆け抜けて、その言葉を選んだ友里の考えがわからなくて、瞳の奥を探った。瞬きをして友里をみつめた。


「……友里ちゃん……」


「うん」

 思っているよりも数倍甘い声で、友里は頷く。恥ずかしかった。優が、抱きしめる力を強くすると、優の胸の前に置いてあった手を、友里は優の背中に回した。

 友里は、優の胸におさまったまま、視線を逸らすことなく言う。

「…さみしかった」

 言葉以上の意味がこめられている気がして、優はドキドキと心臓が鳴って、これはもう告白なのでは?と思った。



 ガサリとふたりのそばにあった木が揺れて、木の合間から女の子が倒れてきた。

 誰かに突き飛ばされたようで、わりと遠くから、ドンと大きな音がして、黒いデイパックが投げつけられ、女子の体に直撃する。

「あんたが悪いんだからね!!!」


 大声が、木の向こうから聞こえ、正体はわからないがものすごい怒っている。倒れている女の子は、意識がないようだった。ふたりで見ると、それは国見真知子で、長い髪が乱れ、ぽっちゃりしてはいるが、整った顔立ちがはっきりと見えた。


「医務室?」

「保健の先生!」

「やめて、病院は…嫌い・・・!」

 朦朧としているだろう国見は、医務室はどこだろうと言い合う優と友里に、ぎりぎりと歯ぎしりをして叫ぶ。関怜子が、ダッシュで国見に縋りついて、怪我の様子を見た。なにもなくてホッとしている。優と友里をみもせず、ハッとして「ごめんなさい!」というと、国見を抱きしめた。

 それでも、国見は関が見えていないようだった。「…だれ?」というと、意識を飛ばした。


「なにがあったの?」

 友里が問いかけるやいなや、木の裏から、はっきりとした顔立ちのショートカットの女性が出てきた。鼻が高く、くっきりとした二重の、天然のアイシャドーとラインが入ったような目元で、国見真知子をキッと睨みつけて、大きな厚めの赤い唇で唸って吠える。全体的にスタイルがよく、袖をタンクトップのように丸めた、褐色でスポーティな女子だった。関も呼応するように叫んだ。

弥栄子やえこちゃん!双子なのにどうして真知子ちゃんにつめたくするの?そんな子じゃあ、なかったよね?!」

「もうそんなやつ放っといてよ、怜ちゃん!!」

 弥栄子と呼ばれた女性は、国見真知子の双子だという。低音の声がそっくりだが、にわかに信じられなかった。陰と陽だ。

 関から真知子を引き離そうと、関の肩と真知子の肩をこじ開けるように引っ張るが、関がダンゴムシのように頑なに真知子に抱きついているので、むげにも出来ないらしく、地団太を踏むように地面を蹴ってふたりに土を浴びせる。

 優と友里を一瞥して、弥栄子はピンと背筋を伸ばして、何事もなかったように、ホテルの方へ戻っていった。


 暴力を間近でみたことがないので、あまりの怖さに、ふたりで固まる優と友里。

「…あ……ごめんなさい、手伝ってくれませんか?」

 関は、緊張感のない声で、張子の虎のように首を振りながら、ふたりにお願いした。

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