第37話 宿泊②
次に目を覚ました時は、15時だった。
「時間感覚が、狂う!!」
優は叫んだが、茉莉花は「やっと時差ボケが治ってきたかも♡」とお肌をつやつやさせて優の言葉を遮った。
友里と茉莉花は、優より微妙に先に起きていたので、話の途中のようだった。
「なんの話してたの?」と優。
「とりとめない話。主題は優ちゃんがいかに可愛いか!!!!こんなに気の合う人初めて!わたしはこういう話をしたかったの…!!!みんな結論が王子とか、かっこいい、って話になっちゃうから、かわいいって最高の言葉だわ!!!!」
友里の興奮に、当の本人は引き気味になる。
「友里ちゃんって本当にイイコね、優、大事にしなさいよ~」
「言われなくても、してる」
「そうかなあ」
茉莉花に首を傾げられて、優は唇を突き出した。友里は「充分やさしくされてます」と茉莉花に言ってくれるが、踏み出せない一線があることを茉莉花に見透かされている優はそれを言われていると悟っていた。
恋人になりたい、思いを伝えたい、──でも。
「ごはんくるわよ~~~!」
18時ピッタリになり、急な宿泊だったのに、豪華な海の幸懐石がお部屋に運ばれてきた。美しさにしばし撮影会になった。夏のお魚しゃぶしゃぶや、海ぶどうが好きな優は、友里から譲ってもらったりしているうちに山菜とホタテのご飯が来る前にギブアップしてしまい、茉莉花と友里がたのしくおにぎりにしてくれた。
「はあ~~たのしい!!!」
お夕飯の後、もう一度個室風呂に入った友里は、薄い浴衣1枚で布団に転がった。胸も足もはだけていて、優には目の毒だった。見えている太ももに、傷は見えない。
──(もっと奥にあるのだろうか?)優は思ってから、咳ばらいをして、雑念を耳から取り出したかった。
茉莉花は大浴場に行って、1時間ほど帰ってこない。
「優ちゃんも寝ころびなよ~~」
ポッカポカの友里に誘われて、広縁でのんびりとしていると思われている優は意を決して立ち上がった。”平常心” この漢字を頭に思い浮かべながら、一晩頑張りたいと決意表明をした。
部屋で友里がお風呂に入っている様子が見えてしまうので、茉莉花とお風呂へ行きたかったが、ごはんにも友里の入浴シーンにも負けて広縁に逃げていたのに、からかわれでもしたらKOされてしまう。
お風呂上がりの友里が、ほっぺたをつるつるに光らせて優を楽しそうに見つめてくる。先程は疲れていてわからなかったが、お風呂の石鹸が大浴場と個室風呂では違う。アンバーとピオニーの上品な香りが柔らかな友里の体を包んでいる。
(……誘惑がスゴイ)
友里にそんなつもりもないし、優も考えないようにしたいのだけど、どうしてもままならない。なぜ旅館の浴衣は着る時はパリッとしているのにあっという間に薄くなって体の線を出してしまうのか…。好きな人といつもとは違う夏休み、旅先の解放感で、気持ちが高揚するなという方が、間違っていると思った。
「友里ちゃん、浴衣はだけてるよ」
優が言うと、友里は「ぴゃ!」と立ち上がって、パラリと前を簡単に開けるので、優は慌てて横を向いた。「あ!…恥ずかし…」友里はその気遣う視線に気付いて、背中を向けた。傷は見えなかった。恥ずかしいとか友里から初めて聞いた気がして、優は吐息をもらす。
「友里ちゃん、突然わけわからない状態に巻き込んで、ごめんなさい」
優はもう何度謝ったかわからないが、もう一度丁寧に謝罪した。
「ううん!ぜんぜん!!最高に楽しいよ。こんな温泉宿に泊まれるなんて2度となさそう!!」
「また来ようよ、──さすがに自分で稼げるようになったらだけど」
優は未来のことを友里に約束するのは、多少の怖さが伴うと感じた。今の本心なのだけど、いつか、友里を道をたがえて、思い出してしまうのだろうか…(そんな約束もしたな)と、ひとり思い出す自分。早く大人になりたいような、今のままでいたいような気持ちだ。
「うん、一緒に来れるくらい!わたしも稼ぐ!!」
友里は腕をまくって力こぶを作る。優の心配など、どこ吹く風の友里は、簡単に未来の約束をしてしまう。嬉しかったのか、そのまま優の胸に飛び込んできてぐるりと背中を預け、優を椅子がわりにする。
「また~、椅子みたいに座らないで」
「だって、この角度からの優ちゃん最高にかわいいんだもん」
くすくすと笑い合って、幼馴染に戻る。大好きだけど、恋人としての大好きとやはりその辺りは差がある。
湯上りの友里を一段と近くで感じる。しっとりといい香りがして、スイッチが入ったように欲に負けてしまうのは、もうすぐな気もするのだが、優はその暖かな関係も大事にしたかった。
「ねえ、来月優ちゃん誕生日だね、一緒の年になるね」
「やっと友里ちゃんに追いつくよ」
「あー…それでね…」
友里は言いかけて、なんでもないと言葉を濁した。
優は年下のこの期間、友里にからかわれないことが救いだった。かわいいかわいいあかちゃん扱いはするが、茉莉花のようにからかいはしない。
「わたし、夏休みはあとは原付の免許取りたいなあ、一日でとれるんだって!8050円!パスポート申請したけど、免許証は身分証明書になるし、いいよね」
話をそらすように、突然友里は今後の夏休みの予定を話し出した。
「けっこうするな、怪我しそうだからやめるっていってたよね?本当に気を付けてね」
「本当は車の免許までまとうと思ってたんだよね、転んだら怖いし。でも車の免許の時に講習が免除されるらしいの」
「友里ちゃんって意外と効率をもとめるよねえ」
他愛のない話を、友里を包みながら優は幸せな気持ちで聞いてた。快適なエアコンの効いた風光明媚な旅館で、お互いに浴衣姿で抱擁している状況や、友里のいつもと違う髪の香りに気付くと、心がサワっと動くが、友里は幼馴染モードなのだから、幸せなだけで立ち留まっておけばいいのだ。
「わたし茉莉花さんのまえでイイこぶってたかなあ」
「え?いつもの友里ちゃんだよ」
友里は「良く見られたくて」とかいいわけを始めたが、そんな姿もかわいくて優は肯定してあげたいし、よくあの茉莉花の言葉の攻撃…口撃に耐えたなと、称賛したいほどだ。
「優ちゃん…あのね、……最近時々、ちょっと優ちゃんが好きすぎて恥ずかしいよね?」
友里の小さな声に、優は耳を疑った。(友里ちゃんが、恥ずかしいって…きょうなんどめだっけ)急速に思考能力が落ちるのを感じた。
「そ、そうかな?」
「そうなの!普通にやってから、やっぱこれって恥ずかしいよね?って思っちゃうと、ダメだね…!うふふ、暑い!」
手のひらで顔をパタパタして、友里は優から離れた。
優は友里の気持ちが変化している今の機会を逃がしたくなくて、友里を背中から抱きしめた。友里の感情が自分に向くことは間違いだと思うのに、愛されたい…。
スイッチがカチリと入った音がしたようだった。
──「理性がサヨナラしてキスしちゃったわ!」 茉莉花の声が、響いた気がした。
「いいよ、まだ椅子でいさせて」
抱きすくめながら優が首元でささやくと、友里はその甘さにモジモジと優の胸の中、すぐ優に背中を預ける癖に、背中が弱点だったことに気付いた。しかし頑張って声に出さずに、ゆっくりと背中を逃がすように優に振り向いた。薄い浴衣が布ずれではだけて鎖骨辺りが見えてしまう。顔と顔が寄り添って、見つめ合う。
これは、”上目遣い+沈黙10秒”技法ではないかとか、そんな思いはあとで気付いた。その時は、お互いのことしか考えられなかった。
「ゆ…」
どちらともなく、名前を呼ぼうとして、吐く息が唇に触れて、ゾクリとした。
「おばけがでるわよ」
後ろから茉莉花の声がして、優はびくっとした。友里から聞いた旅館で起こった怪奇話すべてが走馬灯のようにバババババっと浮かんだ。かなり冷静になり、スイッチは簡単にOFFになってくれた。友里は、はだけた胸元を直した。
「イチャつくのなら後にしなさいな。私寝ちゃったら起きないから!」
ぽっかぽかになって帰ってきた茉莉花はそういって、冷蔵庫からビールを出しひとくちのんで広縁に腰かけた。
「しませんよ!?」
友里が先に答えた。本当に仲が良くなったものだな、と思う優だった。
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