第38話 ホームワーク

 楽しかった江の島・箱根旅行は、それからはあっという間に終わりを告げた。最後は高速道路を駆使して、ほうほうのていで優の予備校の模試に間に合った。

 優を送り出して、「あの子、模試大丈夫かしら」なんて今更な心配をして、「さて」と茉莉花は友里を見やった。

「どうする?オバチャンは美容院の予約入ってるくらいで、2時間は暇よ」

「良かったら、優かわいい同盟をもう少し続行しませんか!?」


 友里はカラオケに茉莉花を招待した。

 茉莉花が美声で歌ってくれるので、やはりどこか優に似ている茉莉花に感動して動画に撮ったり、優がいかに可愛いかを語っているうちに、2時間などあっという間だった。

「あ~~~のどがカラカラ!!」

 茉莉花はドリンクバーで持ってきた、コーラを一気飲みして(薄いわね)と日本の味を楽しんだ。


「だの゛じす゛ぎま゛ず~~」

 友里は泣いてる。生まれてこの方、優の実の親ですら優はカッコイイと決めつけるので、友里が「ユウチャンカワイイ!!!」と鳴き続けても、ないがしろにされない状況が初めてすぎて、感極まってしまった。初めて同じエモを共有できる人間に逢えた喜びだった。

「お~~よしよし、優はかわいいわよ、それだけは、ほんとよ」

 友里の頭を抱えるようにして、茉莉花は言った。


「でもね、優は友里ちゃんの想いを”かわいい”以外は受け取らないようにしてる」

「……」

 2人は、カラオケボックスを出て、コインパーキングまで歩いている道すがら、とりとめなく話をする。


「優は一本の線から絶対に出ないわ。友里ちゃんには見えていない、細い一本の線」

「……わたしに見えない……」

 友里は優が好きだ。けれど、自分自身がどうしたらいいのか、どうなりたいのか、全く答えの出ないまま。優のことなんてなにもわからないのに、声を出してしまって、きゅッと唇を閉じた。

「たぶん誰しもあるのよね、その線って。譲れない想いというか」


 友里は。

「優をかわいいと思う気持ちを「かっこいい」にされるのは許せない、みたいなものですか!?」

 大真面目な顔で、茉莉花にそう言った。

「ちょっと違うわね!」茉莉花は笑う。

「でもそれが大切なもので、相手の為でもあるのなら、友里ちゃんにとってはそれが線なのかもね。優のことを思ってくれて、ありがとう」

 優の為なのか自分の為なのかわからないので、友里はきょとんとする。

「友里ちゃんの心の中にある、友里ちゃんにしかわからない、友里ちゃんにしか大事に出来ない譲れない部分を、恋は、譲らなきゃいけない時があるから、難しいのよ」


 コインパーキングの12番に置かれたレンタカーのための金額を支払って、モーター音と共に車輪止めが下がり切るまで、友里と茉莉花は思わず見てしまう。車に乗り込んで、友里を最寄りの駅まで送るわ、と言った。


「でもあの子、たまに本能に負けてて面白いわね~」

「えっそんな風に見えないです」

「ほんとに?友里ちゃんと優はなんやかんや言って色々してるんでしょ!?」

「ホントになにもないですからね?」

 茉莉花は真っ赤になって否定する友里をバックミラー越しにみて笑った。(初恋同士なのに、こんな風にもつれてて大変ね)と口に出さず思ってから、(でも初恋じゃなくても恋ってもつれるものかしら)と、甘酸っぱい気持ちになった。


「優は、へたれにもほどがあるわ!」

「へたれって!可愛い要素ですけど!!」

 シートベルトに固定された体のまま、優が本能に負けているタイミングがいまいちつかめていないくせに、思わず友里は叫んだ。


「そうね──」

 茉莉花は両手をハンドルに固定したまま、笑いながら指先だけでハンズアップして、友里をなだめた。

「私──、今のパートナーを手に入れるまですごく大変だったの。アジア人というハンデもあるし、相手はセレブだし。でも、──手に入れたわ。相手が望んでくれたからよ。わたしだけの恋心なら、あきらめるほうが楽だったけど、2人なら、なんとかできるって信じられた出来事があってね…。

 友里ちゃんも、もしも優のことが気に入ってるなら、優を諦めないで」


 茉莉花は言うと、友里に名刺を渡した。

「気に入っちゃったから、味方になってあげるわね、でも1番の味方は優なんだけど!」と告げる。

 駅までと言ったのに、結局友里のバイト先まで送ってくれた。

 友里はバイトの更衣室で、制服に着替えながら茉莉花の言葉の意味を考えた。恋も線引きのことも、ほとんどわからなかった。しかし咀嚼していつかわかるようになりたいと思った。まずは、自分は優とどうなりたいんだろうと自問自答して、答えをみつけないと。

 もしも、優が抱きしめてくれた時に、向き合って、例えば──キスをしたら、自分から”線”の内側へ、踏み込めていたのだろうか。

 そんなふうに考えて首を振った。


 (優ちゃんと話し合って、それで、ちゃんと関係を深めなきゃダメ)



「でも優ちゃんが、わたしを好きとか無いかもじゃん…」


 ファミレスで、萌果と後楽は言葉を失う。ウエイトレス姿の友里がそう言って、2人のドリアとグラタンを置いてくれた。


「脈あるに決まってんじゃん!?」

 後楽が言うが、萌果は沈黙している。(いつの間に、友里が恋心にきづいてたんだろう~?)と冷や汗をかいた。(こっちは散々駒井くんに気を遣ってたのに…あのひとなにしてんの???)


「友里が好きなら、駒井優だっておけするって!」

「だから、幼馴染だから一緒にいるの」と友里。

「あたしらだって、幼馴染いるけど、いっしょにはいないが?!」

 後楽がそういうが、友里は他の客卓に呼ばれて、そちらへ行ってしまう。ファミレスバイトが終わるまで、あと2時間。


「なんやかんや進展してんだねえ、あの2人。さすが夏休み」

 後楽と萌果は、目の前の宿題を写しあいながら、友里の背中を眺めてため息交じりに言った。

「あ、熱いうちにグラタンたべよ」

 後楽はあっさり宿題から手を離して、タバスコと粉チーズをたっぷりつけて食べ始めた。萌果は、猫舌なので、しばらく放置することになっている。

 ずっと黙っていた萌果が口を開く

「んでもさ、2人が付き合ったら、さあ」

「あ~~、遊ぶの減るかなあ?」

 後楽が話の途中でそういうので、萌果は(友里が駒井くん避けたりすると思ってたけど…この分じゃ大丈夫かな)言いたいことうまくまとめられず、忘れたことにしてしまった。

「ま、いっか。なんでもない。…駒井くん、束縛強そうだよねえ」

「あはは!初めて思った!ありそう!!!クールな顔して!!」

 言われ放題の優だ。


 宿題をあらかた済ませたあたりで冷房で冷え切ったドリアを、萌果はおいしそうに食べ始めた。

 友里があと少しなので待ってて~と忙しそうにお客様が帰られた後のテーブルから、お皿やコップ、シルバーなどを下げている。店内が混雑し始めて、9時頃になると、あっという間に落ち着いてしまう。

「おまたせ~」

 着替えた友里が2人の客卓に戻ってくると、座る前に、知り合いらしきウエイトレスに、ドリンクバーとポテトを頼んだ。


「まだ少し平気?」友里が座席に座るふたりに問いかけると、

「うんうん、22時くらいまで遊ぼ!つか、あと2枚だから、やっちゃう」と萌果。後楽はまだ一冊英語が残っているようだ。

「エイゴ …ニコンゴ モ ムズカシ」片言になっている。


「友里はいいなあ、駒井くんは一家に一台だよ!!」

「ほんとにそうだよね、全員が優ちゃんの美しさ可愛さ空気清浄ぶりに気付けばそれも夢じゃなくなるかも!大気汚染もなくなる!」

「あははっは!」


「”優ちゃん”を、ひとり占めしたいとかないわけえ?」


 後楽の言葉に、友里はポポポポポと顔を真っ赤にした。

「あら」

 萌果が、その変化に気付いて、ちょっと拍手する。これは、ちゃんと気付いている人の反応では?と思った。

「いや、わたしが、ひとり占めしたら、申し訳ないというか…」

 ごににゅごにょ、なにか言っているが、友里にはなにかが芽生え始めているので、そっとしておこうと思った。


「なになに、どういうことなの??」

 後楽がそういうが、萌果は「宿題!」というだけで詳しく説明してあげなかった。

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