第35話 旅行
友里と優を連れ出した茉莉花が一番に向かった場所は警察と合同庁舎だった。
運転免許証の更新だ。海外に居を構え、日本の住所がない茉莉花は日本で運転が出来ない。一時滞在先を住所地として、免許証の更新をしなければならないので、駒井家を利用した。色々と書類が必要なのだが、何年もDMや友人からの年賀状などの宛先を駒井家にしている抜け目のない茉莉花は滞りなく済ますことができた。
「ついでに友里ちゃんもパスポートとかつくる?!」
茉莉花は適当な事を言いながら、あっという間に書類を集めて、友里にシンプルな飾りリボンのついた半襟Aラインワンピースを着せた。優には、ドルマンスリーブの開襟シャツと下はベージュのサルエルパンツ。2人にサイズ違いのグラディエーターサンダルを履かせると、友里と優のパスポートを申請してしまった。
「こういうのってすごい面倒なイメージあるんだけど…」
友里は手触りのいい生地のワンピースを初めておしゃれに着こなしてそういう。バイタリティに圧倒されてしまう。
「さすがに即日はむりみたい!私帰国しちゃうから、2人でまたとりに来てね」
1週間後にまたデートに来ればいいわ、と茉莉花にウインクされて、友里はカアァと赤くなった。
「じゃあ、気を取り直して!ドライブいこ~~!!海?やっぱ海よね!?」
優と友里をのせて、エアコン付きで!とローバーを滞在期間中レンタルした茉莉花はドライブスルーでファストフードを優と友里に奢って、車を走らせながら「海まで遠いのよね、もう午後になってしまうし、日帰りできるかなあ、…明日帰ればいっか」と呟いた。
「家の留守番は?!」と優。
「一日くらいいいでしょ?戸締りはしたわよ」
「停電したらオートロック外れるよ。わたし、鍵を閉めるくらいしかしてないけど」
「大丈夫大丈夫、元栓も閉めたし、誰かがいるみたいに居間も細工しといた!姉さんがひとり娘のために警備補強してるだろ~し、日本だもん平気でしょ」
茉莉花のいい加減なような見えて、用意周到ぶりに、優は凹む。友里のお家にも連絡をしなければいけない。友里はあっけらかんと「優ちゃんと泊まってくる!」と母親に言っていて、優は自分の信頼されぶりに、眩暈がした。
「バイトは…?」
「宿題する予定だったから、ここ2日は開いてるって言ったでしょう、明日帰れれば大丈夫」
「わたし明後日、13時から塾で模試なんだけど…」
「じゃあ優のために、明日あさイチでもどろう~~!!」
優の反対など聞き入れてもらえず、茉莉花は真夏の日本の中、青い空の中、赤い車を爆走発進していく。
「高校2年生の夏休みに遊ばないでいつ遊ぶの!?」
茉莉花はいつも遊んでいる気がするが、発進してしまったものは仕方ないので、優は諦めて、助手席で窓に肘をかけて頬杖を突くと、夏の景色を満喫した。
「風を切っていくわよ!」
──と、は、順調にはいかず、県内で渋滞につかまり「まあこんなもんよね!」と笑ったりした。
3時間ほどで、炎天下の江の島に着いた。しばらく海ではしゃいだが、さすがにこの時間から水着を着るのは熱中症になりそうで叶いそうもない。新江ノ島水族館に入ることにした。
「クラゲかわいい」
友里がクラゲドームに夢中になって、じっと見つめているので、茉莉花が「私、サメのとこにいるわね」と気を利かせたのか、暗闇の中に消えていった。優は友里を見やる。
「友里ちゃん」
そうささやきながら、友里の手をそっと握った優は、デートらしいデートっぽくて、気分が高揚するのを感じた。茉莉花は鬱陶しいが、友里と遠出は素直に嬉しい。
「動物園に行こーって言ってたのに、水族館になっちゃったね」
しかし、身内の身勝手さになれている優と違って、ファーストコンタクトが最悪だったかなと心配しながら、優は友里の顔色を窺った。友里は優の手をキュッと握り返して、安心させるように優を見上げ、にっこりとほほ笑む。
「どこでも優ちゃんといられたら最高」
クラゲ達を照らす静かな青い光が、友里の柔らかな髪や頬を照らす。瞳がくるりと光って、優はみとれてしまう。微笑んでから、友里は照れて、つないだ手をぶんぶんと振った。優は友里の格好良さにときめいて、笑ってしまう。
「ふたりとも、大変!イルカショー15:30が最後の回よ!」
茉莉花が呼びに来てくれて、3人でイルカショーの水をかぶった。イルカがかわいらしすぎて、友里は大興奮だ。
「もしかして、友里ちゃんって大きくて賢いものが可愛く見えるんじゃない??」
茉莉花に言われて、優のことを揶揄ったと優にはすぐわかった。「そうかもしれません!」と友里は気付いてないのか笑顔で答える。優が、友里に見えないように”からかわないで!”、という顔をする。
「聡明だから、好きなことしてていいのに信頼している人のために協力を惜しまなくて、感動します!」
友里はイルカたちとトレーナーの信頼関係に惚れ惚れしてそう言ったあと、「うっ…いいこちゃんぽすぎたかもしれません!」と勝手に反省した友里に(友里ちゃんかわいい)という顔で見守っている優を見て、茉莉花は噴き出した。
「大きくて賢い動物ってかわいいんだもの、ほんと」
「かわいいです!!!」
茉莉花と友里は意味がすれ違いつつも、意気投合してそう言った。
お土産に、コツメカワウソのぬいぐるみをクジで引いたところ、2等を当ててしまい、この子も大きくて賢くてかわいい子だ!!と大興奮した友里は「優ちゃんって名付けよう」と意味が絡み合う感じにそう言って抱きしめた。
「あら、わかってて言ってたのかしら…」
「偶然だと思うよ」
友里より15センチ以上高い位置で、優と茉莉花が小さく聞き合う。
「抱っこされてるわよ、優」
「うらやましいな~」
棒状の発音で、優はそう言う。
「優ちゃんもだっこしてあげるよ!!」
友里が手を大きく広げて待っているので、優はいいよいいよと断ったが、友里がいっこうに誘うのをやめてくれないので、恥ずかしい気持ちを抑えて飛び込んだ。「わーお」と言いながら優を受け取った友里は「かわいいかわいい、よーしよーし一番かわいいグッドガール」と犬のように優を撫でた。
「なにしてんだ…わたしは」
友里の胸の中に顔をうずめておいて、優は冷静になってしまう、そういうところがダメだと思う。
「星の王子さまミュージアム行きたい!」
茉莉花の思い付きで、夕方から箱根の山へ赤い車は向かう。鎌倉の大仏さまにも閉館ギリギリで向かったので、ミュージアムについたころにはもう閉まっていた。深夜に近い山奥だ。多分、道に迷っている。友里はくたくただった。
「ふたりとも体力すごい…」
「えー私なんて15時間の手術してきたのよ!」
「えっ」
優とふたりで声をあげた。運転までしている茉莉花に、畏怖すら感じた。
「ねえきいて!」
茉莉花が、2人の注目をさらに集めて言った。やはり道に迷ってるのだろうか?緊張感が漂う。
「どうしようかしら、宿がないわ」
あっはっは!と茉莉花が豪快に笑う。優は「え!」という。
「そしたら帰りますか?…というか、帰れます?」
友里の怯えるような提案に、茉莉花が「チャンスを頂戴」と、車を止めて、どこかにどんどん電話連絡を入れた。ようやく見つけた、ガソリンスタンド付きのコンビニで車と自分たちに補給をして、休憩しながらすべて茉莉花に任せてしまっていることに友里はそわそわして、お菓子をたくさん買ってしまった。
「優ちゃん、でもこういうの、ちょっと楽しいね」
「いつもだったらね」
優は、大きなコンビニの袋を抱えて笑う友里の、ポジティブな心根にいつも心から感銘を覚える。確かに深夜に友里と一緒にいることは、とても楽しい。
「どうする?ラブホならいけるかな?」
茉莉花の提案に、優は思わず飲んでいた紅茶を噴きそうになった。
「えー、入れるんですか?!」と友里。
「未成年!!」と優。
基本的に18歳未満もしくは学生の間は、風営法でラブホテルと冠されるホテル施設に入ることができない。この場合、茉莉花が逮捕される。
「あ、そっか~、早く大人になって!!!」
くすくすとむしろハイテンションになってきた茉莉花に笑われて、優は悔しそうにふて腐れる。深夜なこともあって眠いのかもしれない。朝早く起きる子だからだ。
「優ちゃん、茉莉花さんの前だといつもと違ったかわいいさがあってこれはSSR」
浮かれた友里にそう言われて、片方の眉を大きく上げた。いつもよりうれしくなかった。けれど、ほほ笑んだ友里が可愛かったので優は気持ちを飲み込んだ。
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