第33話 来訪者
夏休みはまだ続く。雲一つない真っ青な空だ。
夏休みの宿題を優の家で仕上げる事は、友里と優の慣例だった。
最初は他の友達も来ていたが、中学生ぐらいからふたりきりになっていった。
英語のワークをやって、数学を片付けて……──
「おわっっったあーーー」
友里が万歳ポーズのまま、フローリングの床に用意された折り畳みの勉強机とベッドの隙間で、後ろに倒れて、優のベッドに頭をのせた。
「お疲れさま」
自分の机で塾の課題をしていた優は、椅子をひいて体を友里にきちんと向けて言った。7月中に宿題は終わっている。姿勢正しく、清く、美しい優。
「はあわわ、神様からの栄養素や~~~」
優と友里の高低差がかなりあるせいか、高い位置からなにかを浴びるように、友里はふわふわと両腕で空中のナニカをかき集めている。
「…優ちゃんすごいきゃわいい…!目が洗われるみたい!マイナスイオンでてるまじで。スッゴい助かったよー、最高の勉強環境だよ、雑念ごとすべて清浄されるなにかがわたしをやる気にさせる…!!!」
「いやそんな効果ないけどね…終わった解放感わかるよ──」
友里は優のおかげで商業科では、わりと頭がイイ方だった。実力以上のモノが出てしまう時もあるが、適度にやりつつ、15位辺りにうろうろといる。けれどあまり偏差値も良くない商業科なので、大学受験を目指すほどではない。
まだ夏休みもたっぷりある。宿題が終わってるのは大きい。優は塾や吹奏楽部の練習、友里はバイトに明け暮れているので、宿題と言う枷が外れた解放感はようやく夏休みが始まったような気持ちだった。
時間はまだ朝の9時。早朝から、3時間みっちりとかかった。
「優ちゃんが旅行にいっちゃわなくて良かった!毎年どこに行ってるの?」
「アメリカ。両親は欧州かな。友里ちゃんが許してくれるなら、一緒にいきたいな」
幼馴染みなので、何度か旅行は行ったことがあったが、全部小学生の時だった。
大きくなってからは、一度も行ったことがない。
「海外かあ…!海外は無理だけど、今日はでかける?優ちゃん!」
「留守番しなきゃなんだよね、今回は、家族いないし」
「…日帰りとかでもだめ?海は遠いけどいきたい!」
「そうだなあ…」
ブーブーブ ブブブ!ブブブ!
スマホのバイブ音がダースベーダーのテーマ(帝国のマーチ)のような音でなり響いた。優はバッとスマホを取り出すと、画面を見て、あっという間に電源を落とした。
「いいの?」
友里は優の怯えるような臨戦態勢を見たのは初めてだったので、驚いた。
「いいの…これは…」
すぐ家の電話に掛かってきたが無視をした。そして数秒もしないうちに駒井家のドアが開く音がした。
「ははは!お前の母親から鍵は預かってンのよ!」
(最悪だ──)
優の母の妹、
茉莉花は、白のタイトワンピースで、長い真っ黒なワンレングスの髪をかき上げて、優の部屋に入ってくると、優を見て吟味するように顎を撫でた。
「また美しく成長したわね、今いくつ?身長よ」
「…178。口紅つくから、やめてね…」
「あら、あと5センチ伸びたら一緒ね♡」
「やだよ、鴨居に頭をぶつけちゃう」
茉莉花は、ご機嫌な笑顔でバ!っと見えないマントをはぐかのようにバンザイをして、優に両手を広げた。
「バグして!ただいま!」
「ここは茉莉花の家じゃないでしょ」
「優に帰ってきたの、”お帰り♡”ってして」
「…おかえり」
バグしてと言うが、ほとんど茉莉花のパワーで圧しきられてしまうバグを、優は甘んじてうけた。結局キスされて頬に真っ赤な口紅がついた。
とにかく気分屋で、たぶん両親の旅行を聞き付けて、優の世話をする体裁で日本に戻ってきたようだけれど、何を考えてるかはつかみきれない。183cm、体重71㎏、体脂肪11%のマッスルスレンダーボディの茉莉花は、猫のようにしなやかな外見の美人だった。カラーコンタクトは、金色に光っている。ワンレングスの髪をつやつやとなびかせ、アメリカで外科医をしている。浅黒い肌、健康そのもの。自由に生きているので健康とは筋肉よりノーストレスでは…?と優を悩ませる存在だ。
「まずは日本の美容院いかなきゃ!予約して、優」
「アプリいれてあげるから、スマホを貸して。なにする気なの…」
ははは!と茉莉花は高らかに笑う。
「バカンスでかわいい姪っ子に会いに来ただけなんですけど!」
茉莉花はお土産のカラフルなお菓子チョコレートとおおきめTシャツを優に次々にのっけながら、からからと笑った。
「いとしの友里ちゃんにも逢いたいし!」
ここまで、友里を一瞥もしなかった茉莉花は、「あら」と友里を見た。もしかして?というように指を指す。
優が頷きたくないという顔で、コクリと肯定的に頷いた。
「かわいいじゃない!」
友里の手をとると、茉莉花はぐいぐいと手を縦に降った。もう片方の手を重ねる。
「はじめまして、荒井友里です」
「はじめまして、
茉莉花はニコッと白い歯を見せて笑った。優の優良な歯並びと似てて、友里は確かに血を感じた。
2歳から一緒にいて、初めて親戚の人と逢ったが、良く考えなくても荒井家だって、優に親戚を紹介したことはなかった。
「すてきなお姉さんだね!」
友里が嬉しそうに優に言う。友里はマッチョが好きっぽいので、優は気が気でなかった。
「えーー、いいこ!嬉しい!」
茉莉花は友里の頬にキスをした。アメリカじゃ普通よ、なんてうそぶく。
「嘘だろ?アメリカでもそういうのは親しい仲じゃないとほとんどしないって言ってた!」
「優ったらはしたないわね、叫んでー、もう、だって優からいろいろ聞いてるし、初めましてって感じしないもの」
「あー──」
友里はあまりのことに真っ赤でうずくまってしまう。刺激が強すぎた。他人から、頬にキスをされたのは、クラシックバレエを習っていた時以来だ。
「あらとっくに優としてて慣れてると思ったのに……ごめんね…?」
「茉莉花……それ以上言ったら、もう、でてって」
優の低音の唸りがきこえて、茉莉花は口の前で指先ばってんをつくった。
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