第32話 夏の夜
※続・生理描写があります。
──友里の鎖骨を唇で撫でると、友里はぴくんと震えた。
「優ちゃん…」
ベッドの上、布ずれの音をさせながら、夏の布団にくるまって、優と友里は昨夜から抱き合い、ほんのりと上気した疲労で横たわっていた。甘い吐息で呼ばれて、優は瞳を開ける。友里がにっこりとほほ笑みながら瞳を薄く開け、「おはよ」という。
夢から覚めて、一番に大好きな人の微笑みがうつる。幸せで目が眩んだ。
優が友里の頬を撫でると、甘い声が友里の喉の奥で吐息交じりにくぐもる。しかえしとばかりに唇が、友里から優へ寄せられる…。
「優ちゃんと一緒にいられてうれしい」
「わたしもだよ、友里ちゃん」
キャミソール一枚だけ羽織った友里の素肌に汗がじわり。優の首に腕を絡め、友里は優しいキスを耳元におとした。
「大好き」
友里がそういう。
「わたしも」
優が応えると、友里は優の顔をじっと見つめた。
「ちゃんと言って?」
意地悪をするように、じっと見つめる。友里の黒い瞳が、光に透けて、光彩まで見える距離に理性が音を上げそうだった。くるりと光が瞳の中で回った。優は友里の柔らかい髪をかき上げて、首筋に両腕を回して、だきしめ、キャミソール一枚だけの背中に手を回すと、友里の傷を優しく慰めるようにまさぐって、唇にキスをする。
「大好きだよ、友里……」
「優ちゃん……」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「優ちゃん」
ハ…!
優は黒目がちの瞳を一番大きく開けて、瞼の二重が三重になる。
「優ちゃん、うなされてたよ」
友里が眼前に飛び込んできた。ニコニコつやつやした肌で微笑んでいる。
自室は夕方。真夏の夕焼けが窓の向こうに見えていた。ひぐらしが聞こえ、おあつらえ向きに、カラスがカァ!と鳴いた。優はキョロキョロと辺りを見回し、血液の流動の音がひどい胸をおさえて、多少の貧血を感じながら、呼吸を整えた。
優の苦手なホラー映画を見た時のような慌てぶりに、友里は優の額の汗を、ハンドタオルで拭いた。
「怖い夢でも見たの…?」
優は羞恥で友里の顔を直視できなかった。
「…わたし、ねごといってなかった?」優はまずそこを聞きたかった
「ううん、いつも通り上向いて、手を組んでる時間が長かったかな?完璧な彫刻みたい。ミケランジェロが作ったかもしれない。見飽きないねえ、ほんと美しいわ…可愛い。寝言も言ったらすっごい可愛いのに、”うーん”くらいしか言ってくれなかったかな!」
友里は所々ジェスチャーを交えながら、あっけらかんと答えた。友里の態度に変わったことはないので、本当だと信じることにした。
──具合が悪かったりホルモンが乱れていると、性的な夢を見るのはなぜなんだろう
(なにも本人がいるときに見なくてもいいじゃないか)
優は夢も現実もままならないな、と思いながら額をおさえた。
「この部屋とても快適なんだけど、そろそろ帰るね。バイトに行かなきゃ」
夏休みの間だけ、ファミレスのシフトに多めに入れてもらったという話を友里から聞いた優は「無理しないでね」と保護者のように言った。
そういえば、と、友里は優に帰り支度をしながら、問いかけた。
「5日後とかって、もちろん元気なら!なんだけど、お暇なら宿題を仕上げに来ちゃっていい??確認みたいな?明日は空いてる時間にカレーとかつくりにくる~~」
「明日からちょっとずつやろうよ」
「それが!ファミレスの8月は繁忙期ってやつで、宿題まで体力が余る気がしないの!!なので、それが終わったら、2日も休みがあるんだよ!」
ピースをするように友里が笑顔で言う。(友里ちゃんって一度勤めるとブラックバイトになってくるのなんでなんだろ…)と優は思いながらカレンダーを見た。
「いいよ、その2日後が予備校の模試だから、わたしは別の勉強してるけど」
友里が「え!優ちゃん塾なんてはいってたの?」と大袈裟に驚いた。
「受験用のね、予備校。そのくらいはしないと…」
「──優ちゃんって東京にいくんだよね?」
「うん、6年したら戻ってくるよ」
「そっかそっか、って6年!?」
「うん?──うんそう」
知らなかった!という顔をした友里に、知らなかったの?という顔をした優で暫く固まった。
「そしたらわたしもやっぱり東京の専門か就職にしよーかな」
友里は言う。学力が低いので当然、一緒の大学だなんて言えるわけがない。
「進路の問題はちゃんと考えたほうがいいよ」
優は真面目にそう言った。一緒に同じ土地で過ごすことが出来たらうれしいけれど、友里にとっての人生をきちんと考えてほしいと思った。
「もちろんもちろん!!先生ともすごい相談してる!えらくない??」
「偉い」
優と友里はフフと笑い合った。
「ふたりでどこかに住んだり、できたらいいね」
ニコニコと笑って、友里はもういかなきゃと立ち上がった。駒井家はオートロックなので、お見送りは不要だよっと敬礼して友里は駆けていった。
あまりに当たり前に、ふたりの未来がどこまでも一緒だとでもいうような話をされて、優は微熱くらいは出てるような気がして、ベッドのなかで足をバタつかせると、痛みに悶えて、ふうと息を空中に逃がす。
「…──はあ…かわいい……」
──恋はどこから?
友里の質問に、優は答えられる気がしなかった。いつでも今日初めておちたみたいな顔で、やってくる。
友里がいた時はずっとまどろんでいるような心持で、体調も落ち着いていたのに痛みが急にやってきて、またおかゆを食べて鎮痛剤を飲んだ後、また横になった。ホッカイロはポカポカと、友里の存在を残していた。上から手で押さえるとホッとした。
やはり友里にはなんらかの、優専用の鎮痛作用があるのかもしれない。
──夢の続きがみれる気がして、優は瞳をとじた。
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