第31話 お休みの日
※生理描写があります。
友里は、人生で最高に悩んでいた。
優に告白をするべきか、しないか。それが問題だ。──いや、一世一代の告白をしたのだが、簡単にはぐらかされたので、脈はないのかもしれないことだ。
それから優の写真をもっとくださいとお願いするために、高岡に問い合わせたところ、【もしかして友里って、駒井優が推しなだけじゃないの?】と言われてしまって(やっぱりそれかー)と、そちらの面でも悩むところとなった。
漫画や小説を読んでみたが、幼馴染みを急に恋の相手と感じるには、特別なイベントがあったりいきなりえっちしてみたり、恋に落ちる理由があって、理由もなく健気にずっと好きな子達は「家族みたいで恋なんか出来ないよ」と主人公にフラれてしまうため、残り少ないHPが赤く点滅するのがわかった。
──好きはどこから、どう定義するのだろう、なにかをされたから?自分に合うし、好ましいと思うから?見た目が好きだから?優しい性格だから?自分だけに微笑んでほしいから?
みんなに愛されて、淑女と認められる優を夢見ていただけなのに、どれをとっても何を考えても、とっくに好きだったという要素しかなくて、友里は、(どういう好きか、決めなきゃいけないのかな!?)と頭をかかえた。
「あああ~~~~」
なにもない床をゴロゴロと転がって、せめてもこもこカーペットが欲しい気持ちがしてきた。もこもこに癒されたかった。円形の、白いモノを導入しよう、さっそくネットショッピングだ。
「ああああ~~店舗にはあるのかあああ…」
店舗に問い合わせると、送ってくれるけれど一度、店頭にいって先払いしなければならなかった。友里は気分転換も兼ねて、真夏の太陽の下、自転車に乗ってカーペットラグを買いに行くことにした。
友里は何の気なしに優の家のドアホンをピンポンしてた。
ハッとして、(そうだった、優ちゃんの件で悩んでたのに、優ちゃんとお出掛けしてどーする)
駒井家のドアホンは沈黙。誰も居ないようだ。
友里は、どちらでもないため息をついて、駒井家をあとにしようとした。
プツ、とドアホンが反応して、「はい」と誰かが返事をした。
「優ちゃん?」
友里はそう問いかける。ほとんどの人間は駒井家の人間と優の声を低く聞こえるドアホン越しに聞き分けることができない。親でも無理だった。しかし友里には発音の違いなのかすぐにわかってしまう。優は「うん」というしかなかった。
「あの、今そこまで来てて…ホームセンターに行くんだけど、あの…一緒に行きませんか?」
なぜか敬語になってしまう友里。
「すぐ出かけるのは無理かな、今起きたから。…あがる?」
カチリとドアの鍵が開いた。
友里は、ドキッとした。いつもの優なら「友里ちゃんだー」とドアのカギを開けてしまうのに、今日の優は、物憂げな様子だった。
「うん、入るね」
友里はいつもとは違う心持で意を決して駒井家のドアを開けた。
Tシャツと短パン姿の優が迎え入れてくれた。いつもの凛とした姿ではなくて、友里は驚いてしまう。足がキレイで見とれる。
「いらっしゃい…あ、冷房が私の部屋にしかついてないから、移動しよ」
優は薄く微笑んで、サラサラだが多少友里にだけはわかるぼさついた髪をかき上げた。友里はその気怠さに色気を感じてしまい、「うん」とだけしか言えなかった。今日も友里の優は世界一かわいい。そんな人に片思いしていて?推しかもしれなくて?友里は雑然と集まって混雑する気持ちをどうにか抑えた。
「ごめんね、ちょっと…──生理がきつくて」
優が言う。瞬時、そんな大変なときにも、優しく対応できるなんて、優ちゃんは心を鍛えてる如来さまか?と唸った。
「なんて頑張りやさんなの!わたしの事なんか気にせず、ねんねして!あー…大変だ、重いほうだっけ」
友里は、体調不良の時に押しかけてごめんねと添えながら労った。カバンから、(あると思うのよね)などと言いながらここぞと言うときに用意しているミニホッカイロをとりだし、バリバリと開ける。
「今回初めて重いんだよね、部活休んじゃった…」
「ホッカイロがいいよ」
いうやいなや、服に貼り付けられて優は驚くが、そう言えば友里も貼ってた気がして、用意周到さに友里の母親のような強引さを思った。
「夏なのに?試してみるね…?…最初つめたいね」
いつも通りのような、静かなような会話をして、優の体をいたわる。なにか買ってこようか?と提案すると、優はフルーツ以外食料品がないと言うので、友里は適当な野菜と手軽な冷凍食品を買いに行った。
「ホムセンはいいの?」
「うーん、なんか……やっぱいらないかもと思いはじめてきた」
「なにを?」
「ふわふわのラグを導入しようかと…」
「ヘエ、珍しい」
友里になにもない部屋にラグが導入されるなんてすごいことだなと優は唸った。なにか心境の変化があったのだろうか。
この暑いなか、沢山の買い物をしてくれた友里を労って、優が冷えた居間で冷たい紅茶をいれてくれた。ハリオの透明グラスにフルーツが沢山入ってて、甘い香りのする紅茶だが砂糖が入ってなくて、友里はガムシロを申し訳なく思いながら入れされてもらった。
「大丈夫、友里ちゃんのために用意してるものだから」
駒井家には必要のないガムシロップが友里のためにある状況に、ふたりはあまり疑問を抱かないが、他人からは(なぜ)と思われてしまうことだろう。
「優ちゃん大丈夫?横になって目を閉じるだけでも違うんじゃない?」
優が青い顔をして同じ透明グラスでホットの紅茶を飲んでいたので、ゆりは気が気でなかった。耐熱ガラスだとわかってはいるが、優の体調と合間ってパリンと行きそうでソワソワした。
「うーん…そうだね、少し寝ようかな…明日には元気だよきっと」
優は部屋に戻る。友里は帰ろうとしたが、優が「もし暇ならそばにいて欲しい」と言うのでお言葉に甘えた。
額に珠の汗を浮かべて、青い顔で優は痛みに耐えてる。友里が購入してきたレトルトのお粥を少し食べて、薬を飲む姿も絵になって、友里は申し訳ないが、UR姿に感動していた。
「弱ってる優ちゃんもイイ!」
「ひどいな、友里ちゃんは…いてて」
笑った優だったがすぐに腹痛で横になった。
シンプルなモノトーンで飾られた優の部屋で、友里はちょこんと床に座った。低反発の座布団とラグがふかふかつるつるしていて、(こーいうのがほしいなあ)と撫でたりした。夏用のラグなのだろうか、ふかふかしているが、暑くはなかった。春夏秋冬で入れ替えているとしたら相当大変そうだな、ひとり思う。
なにもない床だと汗で張り付いたり滑って転んだりするから、やはり少しずつモノを導入するか──友里は、眠りにつく優を見つめながら考えていた。
(寝相いいなあ…あ、目を少し開けた…眠りと痛みと戦ってる優ちゃんかわいい。睫なが……あ…落ちてく……寝…──起きた…ふふ、かわいい)
「ねえ、そんなに見つめられたら眠れないよ」
クスクス笑って、優は布ずれの音をさせながら羽毛布団を抱き締めて友里の方へ向いた。
「ごめん!」
友里は慌てて目をそらす。
「ううん、わたしがいて、っていったんだもん…友里ちゃんがいると痛みがおさまる気がする」
「優ちゃんじゃあるまいし、わたしにそんな効能はないよ!」
優にとっては充分すぎるほどの効能なのだが、自分の価値をわかってない友里に(もっと自信をつけてほしいなあ)と、ぼんやりする頭で優は思った。
「友里ちゃん…すき、いてくれてありがとう」
するりと口から出ていた。優はまどろんでいた体の動きが、硬直してドキンと心臓が跳ねるのを感じた。
「わたしも!優ちゃんの存在が大好き!!」
あっさり応えられて、優は拍子抜けしたように笑った。
友里は「好き」の種類に悩んでいたのに、あっさり応えてしまって自分でも驚いた。優への気持ちは一択なのだが、心はいつも複雑で、困る。
──優ちゃんの「好き」の種類はなにかな
考えるたびに、胸がキュウっと圧されるような締め付けられるような気持ちになった。
「ねえ、ご家族はいつ帰って来るの?」
「二週間くらい…旅行でいないんだ…」
「えー-…それは、寂しいねえ…」
「友里ちゃんがいるから、さみしくないよ」
甘い声で呟くが、友里がときめいているうちに優は目をとじてしまった。横向きで丸まって眠る優はとても珍しい。まだ眠ってはいなそうだが、ほとんど声も聞こえないような眠る準備の状態のようだ。友里は少しずつ優の傍らによって、静かに座ると、ベッドに頭をそっとのせた。
「ねえ、優ちゃん、好きって気持ちは、どこからくるんだろう?」
「……」
優は静かな寝息を立てている。サラリと前髪が落ちたのを見て、友里は胸が高鳴った。(こんなことでも、特別!すごい!かわいい!っておもっちゃうなあ)と自分におかしくなってくる。
「特別ななにかをしてもらって、恋を覚える漫画とかいっぱいあるけど、毎日が特別だなって思ってしまうのだったら、それは……」
友里は一人で答えのわかりきってる質問を呟いて、そっと目を閉じ、優を確認するように瞳を開いた。
優の肩あたりをなでて、「良く眠れますように」と願いをかけた。
(告白とかどうでも良くなってきたかも)
友里は優の前髪を指先で遊ばせながら思った。
(こうして一緒にいられるだけで、幸せだし……)
穏やかな、夏の午後だった。
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