第29話 自覚①

 ※二本UPの一本目です。


 病院の再検査で、友里は健康体のお墨付きをもらった。


 友里の母親に連れられ、ハンバーグランチをお店で頂き、「せっかく平日休みとったし、元気なら、ラウンドワンにでも寄ってく!?」という頭を打って病院へ行った娘を持つ母親の言動とは思えない発言を優がやんわり制止したりしたこと以外は、優が付き添う心配もなかった。

 一度も帰宅していない優は、友里に心配されて、一応家に連絡を入れた。お小言を頂いたが友里の為だというと一転、「友里ちゃんがいいって言うまでいなさい」と言われてしまう。駒井家は基本的に友里に甘い。

 友里と優は、友里の部屋にもう一度戻ってきた。


 部屋に入ると、友里は小さな裁縫用机を優のために出す。

「安静にしててよ」

 優はそういうが、お詫びも兼ねて、駄菓子や優の好きなアルフォートなどのお菓子を並べて、精一杯もてなした友里。優は紅茶が好きなので、母に頼んでみたところ、見たこともない高級そうな金ラベルの黒い缶が出てきて、あまりのいい香りに友里は身の丈に合わない気がして断ろうとした。

「優ちゃんのために買って、今週家に来たの!飲んでる様子がきっと美しいから!」

 優を王子様扱いする母親とは全く気が合わないと常々思っている友里だったが、その誘惑には勝てず紅茶を出してみたところ、優にはすぐにマリアージュフレールのダージリンと気付かれた。

「すごいいい香り」と超絶美しい笑顔で喜んでもらえたので、お母さん作戦は大成功だった。


 友里が机に置いた手に、優が手を重ねてきたので、また上に手を重ねた。すると優もその上にもう一つの手を重ねてきたので、友里は笑ってしまう。

「友里ちゃんのまけ」

 優はニコっとほほ笑んだ。可愛さで目が眩みそうになる友里。

「ねえ友里ちゃん、起きていてくれると楽しいけど、今日だけでいいから、もう布団に横になろ?」


 友里の体を心配してくれるのはこの世に優だけなのではないか?と思う程、友里は優のやさしさにジーンとした。

 すっかり元気で、ねむけなども一切ないが、言われた通り、パジャマに着替えてベッドに横になった。優が微笑んで、見守ってくれている。

「優ちゃん、帰る?」

 心細くなって聞くと、ふるふると横に首を振り、笑顔で友里の手のひらをそっと握ってくれた。

 友里は寝たふりをして、色々考えてみる。

 優は時おり、深く深くどこかへ沈んでいくような表情をする。友里を通してなにか遠くのモノを見ているような。高岡の問題も、友里が川に落ちた問題も、友里は優と話し合えていない気がしてた。けれど、ただの幼馴染みで、話し合ったところで考えていること全てをわかるなんて言うのは、幻想だ。落としどころを見つけて、ナアナアで終わっても、ものすごい喧嘩をして、二度と逢わない!みたいになっても嫌なので、慎重にしたいところだ。


 倒れる前に、部長に言われたことを思い出した。

「告白してみたら?」

 幼馴染みから、恋人たちになれば、心も変化がみられて、不安もなくなってくれるかもしれない。

 朱織に言われた、「どうなりたいの?」の言葉を思い出した。

 どうなりたいのだろう、今みたいに、一緒にいる以外、なにか変わるのかなあ…。

 変わったふたりの関係を、見てみたいと思った。

 なにより、友里は一番大事なことをちゃんと伝えてみたかった。


 ──優ちゃんがかわいくてかわいくて仕方ないのはたぶん恋をしているからだよ。

(きゃー…)

 じたばたしたい気持ちをおさえて、唇をきゅっととじた。


 いや──友里はその言葉は誤りだな、と眉根を寄せた。

(遠巻きに見ても、犬猫に対抗できる数少ないかわいい人類だと思うので、恋ばかりではないな?)とすぐに冷静になった。


 やはり友里に告白は早いのではないか?


 しかし物は試しだ、善は急げ!寝てるばあいじゃあねえ!と友里は布団からガバリと起き上がって、「友里ちゃん、おきたの?」問いかける優の隣に座った。

 部長に言われた通り、正座から足を崩して、片方の太ももに重心をのせてしなを作る。鎖骨が見えるようにパジャマのボタンをはずして襟を広げて、髪を結っていたゴムをほどいた。

 床にそのまま座っている優に、コテンと寄りかかった。


「優ちゃん、好き、私と付き合って…」


 沈黙が、10秒。20秒。相手がなにか言うまで待って、なにも言わない場合は上目遣いで見つめることがポイントらしい。これが、部長伝授の”上目遣い+沈黙10秒”技法だ。

 笑ってはいけない。笑ってしまうと、冗談だととらえられてしまう。ここが一番肝心。好きだけではなく、何をしたいか伝えることが大事だ、と部長は言った。

 がんばれ、友里。

 優はうなずく。と、同時に吹き出した。

「なに、してんのゆりちゃん…!寄り目になってるよ。急に変顔やめてよ…!」

 ──優の爆笑が見れたことはとても有意義なことだったが、友里は恥ずかしさでいたたまれなかった。開けた襟をとじてうずくまる。

 意図した上目遣いを友里は出来なかった。唇をつき出して、寄り目になっているさまはひょっとこだった。

 ひとしきり震えながら笑う優に、友里は気持ちが落ち着く時間をもらったと思って耐えた。あまりに優が爆笑するので、つられて笑ってしまった。


「…付き合うってなにするの?あ、今度は動物園とか行こうか?少し遠いけど」

 言葉の意味を、どこに行くかと受け取っていたのか、優が、そう聞いてきた。

(そうだ、付き合うってなにするんだろ?おでかけして、仲良くして、いつもしてるなぁ……)


 優の言葉にこたえようとして、友里は”付き合う”の定義を考えてみたが、学校の友人たちを思い出してみても、3ヶ月目の記念にキスしたとかその先に行ってみたとか、思いを伝え合い、そのあとに続くのは、体の接触しか思いつかなかった。

 友里は、恥ずかしさで消え入りそうになった。だいたいのことは優としていることで、それ以上を求めると言うことは、つまり、優とそういうことがしたいとお願いしたような状況じゃないか……!!恋人とは……!


「……ごめんなさい」

 友里は顔から火が出そうだった。

「嫌だった?動物園」

「ちっちがうの、恥ずかしくて!」


 優はクスリと笑う。その笑みは美麗で世界一余裕がある歴戦の女帝のように友里には見えて、友里は余計顔を赤くした。

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