第28話 のぼせる


 

「優ちゃんごめんね、家に帰したほうがいいんだろうけど」

「いえ、今日は…ホントにバイトやすませればよかったです、ごめんなさい…心配なので行きたいです」

 車の中で、友里の母親と二人きりなのは、友里が怪我した時以来だ。毎日お見舞いに行く優を、一緒に乗せてくれた。良くのせてくれたな、と今でも思う。

 優はそれきり、黙って車に揺られる。



 優は、友里と離れたいのか、友里と一緒にいたいのかいつもよくわからなくなるが、友里になにかあったときは一番にそばにいたい。勝手なものだ。


 病院にたどり着くと、非常灯の緑色の明かりの下で、待合の皮張りのベンチにもたれかかるようにして青い顔をした友里が待っていた。優にとって夜の病院は無条件に恐ろしいが、友里の母が部長と労災用のお会計をしているのを見やってから、優が友里のそばに行くと、優を見たとたん、友里は優に抱き着いてすやすや眠ってしまった。

「これ、友里さんの荷物です」と友里のリュックを清掃の会社の方から、手渡されて、優はリュックを背中に背負い、友里をお姫様抱っこした。

 優が贈ったジャージとTシャツ姿になっている友里だが、浴槽のなかで湯あたりで倒れたらしく、頭にこぶが出来てたので、CTは撮ったが、また明日、通院するよう言われて返された。


「わたし、付き添います」

 友里の母が仕事だとわかっていた優は、ぐったりねむっている友里を、後部座席に一回寝かせ、自分も友里の頭側から座席に座り、友里を胸に抱きしめながらそう言った。友里と自分を一緒にシートベルトの中におさめる。

「いや、悪いじゃん、わたし会社やすむし大丈夫よ。心配なら付き添ってくれてもいいけども…」

 器用だな、と思いながら友里の母は笑った。

「…じゃあ、つきそってもいいですか?」

 友里もその方が安心するだろうし、と友里の母がOKしてくれてホッとした。友里はすやすやと優の肩に寄り掛かって深い眠りについている。

「あ、優ちゃんこれカバンにいれといて」

 ポン、と運転席から透明なビニールに入った柔らかいものを投げられて、友里のお腹あたりに置かれた。

「会社の人が鞄に入れ忘れたみたいで」

「そ、そうですか、びっくりした」

「綺麗なやつだから、大丈夫よ!」

「そういう問題では、無いと思うんですけど」

「ごめんごめん」


「友里下着付けてないから、気を付けてあげて」

「はーい…………、はい?」

(なにを??)優は疑問でいっぱいだったが、先ほど投げられた透明なビニールの中身が下着で、ぎょっとした。

 薄手のTシャツ1枚で、下着ナシなんてあられもない恰好だとは気づかないが、意識して触るとふにゃッとしているような、支えのないような、そんな気がしてきてしまった。優は出来るだけ見ないよう、上からそっと体を触らないよう、包むように抱きしめた。


 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 友里は心地よい眠りから覚め、朝日の中で大きく伸びをした。

 自室の布団。ベッドの上で、しばしぼんやりして、ふと横を見ると、床に、ものすごい美しい造形をした駒井優が、微動だにせず、胸に手を組んで、まっすぐ眠っていた。

 びくッとする。


 朝日に空気中のチリがキラキラしている。優の肌は海の中のピンクサンゴのように透け、長いまつ毛は光を遮って輝いていた。鼻はスッと通り、唇は薄く開き、赤からピンクのグラデーションを誇っている。顎と首筋の角度が美しすぎてあまりの姿勢の良さに、一瞬死んでるかと思った。胸が薄く上下していて、眠っていることが分かった。


 そっとベッドから降り立つと、優の隣にころりと転がった。この間から気付いていたのだけど、横になれば身長差なんて全然関係なくなる。

 優は顔が小さいから、顔の位置を合わせるとまるで同じ身長みたいで、どぎまぎしてしまう。顔が赤くなるのが分かった。(優ちゃんに、恋してたんだわたし)と部長との話で強く気付いてしまった友里は、そっと、優の頬をツンとする。少しだけ瞼がピクリとして、かわいくてかわいくて友里はニマニマしてしまった。


 きゅ、ッとだきつく。


「うわ!!」

「え!!!」

 優が大きな声を出したので、友里は慌てて飛び起きた。

「お、おはよう…?」

「おはよう……」


 瞳だけ開いて、優が友里をカッと見つめた。そして、スッと目をそらした。

「優ちゃんらしからぬ、大きな声でしたけど……なんか、夢見た?」

「あ~~…途中から起きてて……いや、…」


 なんだろう???友里が戸惑っているが、優は真っ赤な顔をしてしばらく顔を手で覆うだけで、こちらを見てくれない。

「昨日、優ちゃん泊まったの?」

「うん、……友里ちゃん大丈夫?きょうも病院だよ」

「え!なんかあったっけ?」

「湯あたりで、転んで。あたまうったんでしょう」


「あー…」

 友里は頭をさすってみる。確かにたんこぶがあった。

「夏休みなのに、ついてないや…!」

「無事で何よりだよ…まだわかんないけど」

「ありがと優ちゃん、付き添ってくれたんだね」

「今日も付き添うよ」


「え、いいの!!!」

 友里は優の腕に抱き着く。普通にきょうも一緒にいられることが嬉しくて抱き着いたが、優が赤い顔をして硬直したので、「?」と思った。こんな無防備な優を見たのは、初めてだった。起き抜けは、やはりかわいい。大発見だ。

「どしたの?」

「なんでも、無いんだけど……」


 優は勿体つけるように、口の中でもぐもぐ言った後、

「あのね、友里ちゃん、下着をつけて」


 友里が抱き着いているところから、優はスッとなにも触らないようにしながら腕を引き抜いた。


 昨夜から、下着を全部つけていないという説明を受けて、友里はTシャツの中を首口から覗いた。(ほんとだ)

「ジャージ着てるのに…優ちゃんは恥ずかしがり屋だなあ」


 友里はあっけらかんとそう言って立ち上がると、さっと着替えようとしたので、優にとがめられて、朝風呂に入るよう言われた。

「優ちゃんは淑女だから、こういう大雑把な所が耐えられないのかも…感心しちゃうなあ…」


 友里はしみじみと、幼馴染の淑女ぶりを再確認した。


 優は、お風呂に入ったわけでもないのに、昨夜からずっとのぼせているような気持ちだった。

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