第27話 コイバナ

 

 友里は、楽しかった遊園地を思い出しながら、温泉施設の清掃バイトをいつもの十倍は張り切って行った。タイルも、鏡も、ぴっかぴかだ!

 部長に張りきってくれたご褒美にとイチゴ牛乳を貰うぐらい、今日の友里は完璧だった。


「なんかあったの?」

 部長は、しかし普通に心配してくれているだけだった。

 普段は男性用になってる大きな露天風呂に清掃員特権でつかりながら、友里はナイスバディな部長にそう聞かれて、戸惑った。どういえばいいか、わからなかった。

「いやー、楽しかったんですけどちょっと気になることがあって…」

 友里は自分の中のモヤモヤに向き合うことにした。

「わたしの背中、大きいけがが、あるじゃないですか」話はじめに、そう言ってみる。

「あー、あるね!登り竜」

「そんなふうにみえるんですか?…これ、大きいけど別に後遺症もないし、元気に20km競歩だって走れるんですよ!たまに、ひきつるとか、そういうことすらなくて、みえないから、あることも忘れちゃうくらいなんです」


「触るとどうなの」

「あ~、ちょっと皮が薄いかな、くらいの」

 部長は友里の背中を触ろうとしてくるので、友里は、くすぐったくてキャッキャとふざけてしまう。

「それで、この怪我ってちょっと面倒くさくて、友達が、子どもを助けた時に、最後に足を踏み外して、それで、わたしは、その友達を助けたくて、手を伸ばして、自分が川に落ちるって言う間抜けをしまして」

「友達は無事だったの?」

「わたしと入れ替えに、陸にもどりました。空中ブランコのキャッチ&リリースみたいに!」

「えーよかったね、ファインプレイじゃん」

 部長は、ガッツポーズをして友里を褒めたたえた。そうだ、この話はとてもいい話なのだ。優は表彰されたし、誰も命を落としていない。

「そうなんですよ!わたし、ファインプレイなんですけど、友達が、それは自分のせいだって結構落ち込んじゃって、……、結構わたし、良い感じにクラシックバレエが出来てて、──今は全然なんですけど──、そういうのを全部、この怪我の時にやめてて、でもそれは、自分で決めたことじゃないですか、なのに、それを気にして、すっごく良くしてくれるんです。それで!えーと、もともと好きなのもあって、すごい好きになってしまって」


「ちょっとまって!」

 部長は、タオルをぎゅ!!と絞って頭にパアンと乗せた。


「コイバナだ!!!!!!!!!」


 びしぃっとそういった。

「コイバナ!?あ、え!?そうなりますか!?」

 友里は顔が真っ赤になる。そんなつもりは、無かった。知らない人に説明するために、かいつまんで言った言葉で「そうだよ!!!」と押し切られて、目の辺りまでポッポしてくるのが分かった。


「恋なんですか、これ!!」


 友里は、お湯の中で部長とじたばたじたばたして、きゃーと叫ぶと頬を押さえて、自覚してしまった。

「でも、その人、いつも、すんでのところで、逃げてしまうので、たぶん、脈はないんですよ」

 友里は冷静になって、鑑みる。一緒に寝転がっても、わりときわどく一緒にお風呂に入っても、優から何かをされたことは一度もなかった。

「そんなに色々してんの?それもう付き合ってるんじゃない???確認してみな?」

 部長は、恋多き女を自称してるので、聞けば聞くほど付き合ってるとしかおもえず首をかしげてそういった。Gカップの乳がお湯に浮いている。腰はくびれているので、友里はナイスバディの秘訣も聞きたかったが、まずは自分の話を聞いてもらった。


「ほら、怪我を、してるから?気を使ってて?」

「怪我かああ、…、そうね、責任を取ろうとしてってのはあるかも??」


「それで、今日、わたしを、怪我する前に戻したいと考えてるんじゃないか、みたいな…?話を別の人から、されて」

「あ、それは責任感じちゃってますわ、それで今日めちゃくちゃ怒ってたの?」

「え、わたし怒ってたんですかね。もやもやはしてて、怪我する前になんて、もどれないじゃないですか!2人の全部を否定された気持ちになってしまって」


 部長は、友里の話を黙って聞いてくれた。友里は、肩まで真っ赤になって続ける。


「……お嫁には貰ってくれないんです、そういう責任の取り方は逆に無責任だって!」

「…誰かに任せる気満々だね、その話してくれた子にかなあ?」

 部長さんの言葉に、友里はそれはないと思うと思いながら、頷いた。どちらかと言えばそちらに気持ちが傾いてるのかもとすら思っていた。

「告白みたいなことはいつもしてるんです、好きとか、ちゃんと。でも、意味が伝わってない感じで……」


「もう一回、ちゃんと告れば?」

「……なんていえば、良いですか…。」


 友里は、消え入りそうな声で、真っ赤になりながら、そういった。

「よっしゃ!オバチャンが、おしえたるわ!」

 部長はザバっとお湯をかき分けて、ガッツボーズをした。






 0時になった。


 優は少し早めに公園を通過しながら、友里との待ち合わせ場所にたどり着いた。前回、優は友里を怖がらせて自転車から転ばせてしまったから、慎重に待つことにした。

 メッセージの返信はないが、今日は無理をさせた気がして。


 5分過ぎても、友里は来なかった。がさ、と風で木が揺れて、少し怖い。想像力が養われるので、怪奇物は見ないようにしているが、たまに友里が優を可愛がりたくて色々仕込んでくる。「優研究家」ゆえの仕事だという。友里のことは大好きだが、それは少し迷惑だと思っていた。

 友里の仕事は、0時ピッタリにまでかかることはそんなにない。23時半ごろ仕事は終わって、そのあと入浴するだけなので、少し早めに帰れる日もあるのだ。

 スマホを眺める。友里からの連絡はない。

 駅まで行ってみようか、駅の自転車置き場で待ってるほうが建設的かもしれなかった。

 メッセージを送ってから、自転車置き場に向かうと、友里からメッセージが返ってきた。


【湯あたりでのぼせて、今病院にいます】


「は?」

【すみません、社の者です、ご家族にご連絡お願いします】


 優はそれを見て、すぐ友里の母親に連絡すると、友里の母親にピックアップされて病院へ向かった。

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