第26話 遊園地
外のベンチに優を待たせて、友里はウォークスルーのお化け屋敷に朱織と入っていった。
友里は本当に怖いものが好きだし、その技術などにも興味があるから、優と一緒じゃなくてもお化け屋敷が一番楽しかった!というタイプだ。
日本でも有数の恐ろしさを誇るここのお化け屋敷は、迷路になっていて、なかなか出ることができない。だいたい20分~60分はかかってしまうし、遊園地のアトラクションとしては1日の占める割合がおおきいが人気がある。友里は何度も遊びに来たことがあるが、道を覚えないので、いつでも新鮮な気持ちで迷路に入ることができる。ちなみにリタイアすれば、お化けの扮装をした人がお化けの性格のまま非常口から出してくれる。
「高岡ちゃん、優ちゃんがわがまま言って、きてくれたの?」
友里は、高岡朱織に暗闇の中でそう問いかけてみた。優がいたらできない会話は、ここでしようと思っていた。
「う~~ん、さそったのは!こっちよ!黙って連れてくるってきめたのは、あっち!ギャア!脅かさないでよ!あんた顔が近いのよ!!!あああ!こわい!なにこれ!?こんなだっけ?やだあ暗すぎてこわいだけで!あんたにこわがってるわけじゃないんだから!かんちがいしないでよねええ!!」
しかし、会話が弾むわけもなく、友里はくすくす笑ってしまう。
「…あのね、べつに怖いわけじゃないけど、びっくりしやすいのよ、もう!急に出てこないで!!!……大丈夫、話すわ」
「そうだったね、高岡ちゃんって!!!!思い出した。「怖いんじゃなくて、びっくりしやすいのよ!」って昔っからすごい驚くよね!」
なつかしい!!と友里は言った。そしてお化け屋敷に誘うまでそれを忘れていたことを謝った。朱織も友里が昔のままの口調に戻っているようで、まんざらでもなかったので、そんなのは当然の忘却だと意に介さなかった。
「私、友里とまたお友達になりたいの。突然、友里が──この話いやだったらごめんなさいね、──怪我で、いなくなっちゃったから、わだかまりが残ったままなの」
朱織は素直にそういった。
「あなたを虐めたりしたこと、ほんとに申し訳ないと思ってるわ。あれは、ほんとに、駒井優の腰ぎんちゃくになってると思ってて、あなたみたいに才能にあふれた人がなにやってるの!?って悔しくて…でも違ったのね、駒井優があなたから離れないだけだわ」
お化けもなにも来ない、暗闇に入り込んでしまって、たぶんこれは道を間違えたな、と二人は来た道を戻った。
「優ちゃんが、わたしから、はなれないだけ…?」
「なんか逆みたいに思ってるかもだけど、考えてみてよ、あの人、いつでも自分から友里のとこに来るのよ」
「……」
ぎゃあ、とゾンビのようなお化けに襲われて朱織が大声を出す。友里はけらけらと笑った。
「でもたぶん、なんか企んでるのよね、私をさんざ吟味してる感じ」
朱織はそういうと、駒井優のこと、そんなに好きじゃないけど、と続けた。
「たぶん、あいつ、友里が失ったものを取り戻そうとしてるんだと思う」
「失ったモノ…?」
友里は、きちんと脅かしてくれるお化けアクターさんに驚きもせず、それらについて考えていた。
「私も駒井優が自分のためにやってる、と思っていたときは全くわからなかったけど、友里のためだと思うとなんとなくピースが揃う気がするの。そうおもうだけなんだけど」
もしもそうだとしたら、高岡を友里に近づけることも、バレエスクールを見に来たことも、意味がある気がした。
「あいつにはまだ、そう私が思っていることは言ってないわ、なんだか怖いじゃない」
友里は朱織の言葉に頷くわけでもなく、言葉を濁した。確かにあってる気がするが、自分のために、優が動いてくれてると想像しても、なぜ?としかおもえなかったのでまだ半信半疑だ。
「私は、あんな女反対だけど、もしも友里が、駒井優を好きなら……、駒井優のたくらみを逆に利用して、どうにかしちゃいましょうよ、いけ好かないけど、友里へのやさしさは本当だと思うから」
と言った。友里は、言葉の意味をどう受け取ったらいいか、思案しているようだった。高岡は、たぶんこれも駒井優の思索通りかもしれないわね、と思いながら自分の考えはそうだけど、友里に任せるわと、友里の肩をポン、と叩いた。
朱織は、「……駒井優と、どうなりたいの?」と真剣な顔で友里を見つめた。
「わからない…どうなりたいんだろう…」
お化け屋敷から出ると、一面夏の空だ。二人とも、目がちかちかした。
ベンチで待っていた優が、遠くで手を振る。さっきまでかけてなかったサングラスをかけているので、お忍び芸能人みたいになっていた。
「あんたそれ似あいすぎてて怖いわ」朱織が近づきながら、毒づく。
「ここにいたら、暑いでしょう?って歩いてたお姉さんがくれた」
「ちょ、シャネルよこれ!!!……エピソードが濃くてえぐいわ…」
優と朱織の掛け合いに、友里は苦笑した。優が一人でいたらなにか起こるのはいつものことで、そこまで気にしたことはなかったので、エグいと言い切る朱織が、好きになっていた。
「優ちゃん、どこでもナンパされるの」
「わきが甘いんじゃない???」
「でも絶対年上の女の人なのよね、なんでだろう?こんなに可愛いのに」
「友里も大概ね…お似合いだわ…」
朱織が唸る。そういえば、小さい頃も、こうやって友里から優の話を聞いていたのを思い出した。だいたいすごい話ばかりで、いまよりずっと斜に構えていた朱織は、架空の友達、イマジナリーフレンドの話だと思っていた。感受性の強い子供にはよくある事なので、"バレエダンサーとして私が一目置いてるだけあって、友里は、いつも面白いことをするな"と、そこまで気にせず聞いていた。
「本物の友達だったのね!」
そう言って朱織は長年の疑問も含めて、大笑いした。
友里はなんで?ずっとそうだよ、という顔をした。
「ところで駒井優は、絶叫系はいけるの?」
「友里ちゃんはだいすきだよね」
「あの浮遊感と、Gがたまんない~~♡」
朱織は、優にバトンタッチして、絶叫系からは降りた。
優と一緒に並んで、ジェットコースターに乗るのは、久しぶりだった。いつでも一緒にきたわけでもない他の女の子に、席を取られていた。なぜか優が今日は手を優しく握っていてくれたので、割り込みをされることなくコースターに乗れることができた。
優は、安全ベルトの降りた車内でも、友里の手を握っていた。
友里はにっこり微笑んで握り返し、「手を離したら負けね」と優にとって最高にかわいい顔で微笑んだ。
──勝敗は優の負けだった。
「絶叫系も駄目なんて、だらしないわね!!!」
「不戦敗のくせに…」
「…ふたりきりにしてあげたのよ」
朱織に言われて優はわかっているから手を握っていたんだ、と、唸るようにベンチに寄り掛かった。
「ソフトクリーム買ってきたよ~」
友里が手際よく、スプーン付きのカップのソフトクリームをふたりに渡した。淑女の優はスプーンで食べるんですよ、という友里に、朱織はなんとなく、(えっちな方向で駒井優がいやがったのかしら)と思ってジト、と駒井優を見たが(えっちな方向を考えるほうが、えっちなんですよ)という顔で見返されたので、長い髪を揺らして「ふん!」と顔を背けた。優は長い髪をサッと避ける。
「なんかふたり、ほんと、仲良しだねえ」
友里に言われて、2人は「ハハ」と薄く笑った。
夕暮れ、朱織に大きなクジラのぬいぐるみを渡して、優は「今日はありがと」と言った。また悪態をつかれるかと思ってたが、「こっちこそ、友里を連れ出してくれて嬉しかったわ」と喜んでクジラのぬいぐるみを受け取ってくれる朱織。
友里は、お手洗いから戻ってきて、遠くで手を振っている。2人でその無邪気なさまを見つめた。
「かわいいわね…─かわらない。……友里のこと、好きなら変な画策しないで、ちゃんと上手に自分のものにしなさいよ。あんたなら出来るでしょ」
と朱織が、友里に手を振りながら駒井優を見ずに言った。
「いいの?こんな人面獣人と友里を」
サングラスで表情のわからない優が言う。
「……友里が望むんだもの、仕方ないじゃない。美女と野獣みたことないの?邪魔したやつは死ぬのよ」
友里が2人の所まで、息せき切ってかけてきて、「なんの話?」と言った。
「駒井優っていけ好かないわね、って話をしてたのよ」
「友里ちゃんはかわいいのにね、って」
「なんで?優ちゃんが世界で一番かわいいんですけど!?それはホントに、ほんとにきちんと覚えて帰ってくださいね!!!!」
「はいはい。…楽しかったわ、良かったらまた遊んでね」
1学年下の高岡朱織だが、2人の保護者のような顔をして一日が終わった。電車で5分だと本人がいったのに、遊園地の入り口まで迎えにきた家族の車に乗って手を振り、帰宅していった。
友里への個人メッセージに、【さっきの話、決まったら教えてね】と、お礼と共に書かれていた。友里は、優待券へのお礼や、まだ悩んでいることなどを朱織に送った。
「友里ちゃんいつのまに高岡ちゃんと連絡交換したの?」
「…高岡ちゃんが来るの内緒にしてたのは、バイト先に送ってくれるので許してあげる」
そういって、友里は優の言葉を遮って、優の手を握った。もともと送る予定だったので、謝罪にならないと思うのだけど、と優は思った。
「楽しかった!」
微笑む友里をちゃんとみたくて、もらったサングラスを鞄にしまった。
優と友里のふたりは、友里のバイト先に送って、優は後で迎えに来るねと言って別れた。
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