第25話 夏休みのおでかけ

 夏休みに入った。

 優はさっそく来週中に遊園地に一緒に行こうというメッセージを友里に送ってみた。すぐに、ひよこを頭に乗せた筋肉だるまのオジサンが俯瞰で滝行をしながらサムズアップをして”デート最高”と言ってるスタンプが送られてきて、噴いてしまう。もろもろの打ち合わせメッセージがポンポン送られてきた。

(わたしをかわいいかわいいというだけあって、独特の感性だなあ)──優は自虐的に思った。



 遊園地当日。待ち合わせ時間は10時。いつも通り起きてしまったため、夏休みの課題と受験のワークを1時間ほどやって、家の近所をランニングして、シャワーを浴びてから6時に和朝食を食べた。家族が起きてきて、家族の分も作る。リビングでソファに座って考え事をしているうちに、家族は全員仕事へ行った。


 先日、友里に「なにか、隠してる?」と問われた優だったが、あの時はさも、平然と何もないと言ったが、当然のように、優は隠し事をしている。

 友里を大好きな事と、友里から離れようとしている事と…友里のことばかりだ。

 なにかスゴイラッキーが降りて、もしも恋人になれたら、今よりももっと毎日甘く口説いて、友里が気軽に隙を見せられないくらい、自分が友里を好きだということを思い知らせてみたい。

 そんな日はこないかもしれないのだけど、夢くらいみてもいい──。


「せいぜい、友里ちゃんの結婚式に、相手の男へ餞の言葉を送ることくらいしか、できない」


 幸せな夢を見た後は必ず、最悪な想像もしておく。友里はきっと優よりもずっときちんとした人と結婚してしまうだろうと思っていた。スピーチを読んで、ブーケを貰って「大親友」と紹介されるくらいはするかもしれない。それまでに嫌われているだろうか。友里の結婚の悲喜こもごもの話を聞いて、友里のサポーターになれれば御の字だが、年に一度逢えるかどうかの関係になっていくのかもしれない。そういう最悪な想像をしておいた方が、今後起こった時にショックが最小限で済む。

 暗いな、と優は思った。悲劇におぼれてる感じがして、好きじゃない。


 けれど、あの怪我の前に戻りたくて仕方がなかった。友里の怪我も全部愛しているし、怪我がなくてもバレエダンサーは諦めたかもしれないけど、なんの憂いもない2人で、愛し愛されたかった。


 高岡の件をそろそろ、きちんと軌道に乗っているか確認しないとな、と思った。夏休み中は受験の諸々も始める予定だし、部活が10月までは忙しくなってしまう。

 友里のために、ひいては自分のために始めたことだけれど、少しおっくうになって腰が重かった。遊園地には高岡もくる。2人が仲良くなれば御の字だ。

 漫然とした考えはそこまでにして、優は遊園地へ行く支度をはじめた。

 ピンポン、とチャイムがなり優が対応すると、友里がドアホンに「優ちゃん!」と言う。

 ドアホンは声が低くこもるので、家族すら三兄弟と両親とも間違えるのに(今は一人しか兄がいないが)友里は「はい」の一言でいつも優を当てる。他の人だと「すみません、優さんをお願いします」と言うらしい。特殊技能だと思った。


「お迎えに行こうとしたのに、早いね」

「うん!徹夜したの!!!」


 友里は、あまり褒められたことじゃない出来事を、にっこにこの輝く笑顔で言った。優は大丈夫かどうか問いかけ、「本当に大変だったらすぐ遊園地やめようね」と言った。


「これをね、渡したくて」


 かわいいホロリボンが付いた透明袋に、トランペットを持った凛々しいクマのぬいぐるみが入ってた。8センチくらいの小さなクマは、背中に”吹道”と書いてあった。

「全国のお守り…!早いかなって思ったけどもしも夏休み中逢えなかったら?とかいろいろ考えちゃって早めに作ってみた、良かったら貰って!」

 笑顔でそれを渡すと、優はそれを受け取り、友里以上の満面の笑みで袋のまま後ろを見たり前を見たり忙しく喜んだ。

「うわあ、大切にするね。すごいよくできてる、かわいい、ありがとう」


「優ちゃんが好きな感じだと思った!」


「どこにつけよう、カバンにつけていい?でも遊園地で無くしたらいやだから、今日は一応部屋にしまっておくね」

 優の部屋はモノトーンのシンプルなものだが備え付けのクローゼットを開けると、友里からの贈り物で、かなりファンシーなことになっている。手作りは初めてなので、一生大事にする予定だ。


「ところで、夏休みもいっぱい逢ってよ」

 優は友里の心配事を聞き逃さなかった。唇を付き出して拗ねた。

「んもう、優ちゃんったらかわいい…!!国宝の輝き…!!!今日の衣装も可愛い…!黒のキャップとっても似合ってる!!!黒のカーゴパンツも素敵だし、黒の麻シャツに白のシャツ…うーんめちゃくちゃ涼し気!黒って太陽を吸収しちゃうけど優ちゃんは太陽の天使だから大丈夫!モノトーンで新鮮!!!なのになぜか虹色に輝いてるわ。可愛い子は何しても可愛いって言うけどかわいいからなにをしても可愛いってことをここに宣言する。いっぱい遊んでね!」


 いつもの友里のようで、テンションがさらに高い気がするが頭が回っていない。徹夜は恐ろしい。

 友里はつばが小ぶりな麦わら帽子をかぶって、柔らかくサイドを編んで髪をまとめている。胸元だけ白いワッシャー加工の綿シャツに切り替わっているスクエアネックの水色パフスリーブトップスに、白のパンツとサンダルを合わせている。可愛い恰好なのに、バイトに行くときの大きなリュックを背負っていた。

「今日はね、夜9時からバイト入ってるから、8時には帰ってそのままいかないと!帰りのジャージも入ってるよ!!」


「え、バイトなの?確かに木曜日だ…送らせて…ううん、お迎えに行ってもいい?」

「いいよ、大丈夫!!」


 言ってから友里は、「あ~~~…」とつぶやいて

「そだね、来てもらおうかな!!!0時になっちゃうけど、夏休みだから、いい?」

 可愛く優を見上げて頼むので、優は初めてのことに「うん」と頷いた。

 夏休みはしないと思っていたが、木曜日なので、普通に21時~23時半までのお風呂の清掃バイトだ。友里が日程を決めたのだから仕方ない。0時の逢瀬が叶うのは2回目で、優はご機嫌だった。

 でも、徹夜で遊園地で遊んで、バイト…?フラグが立ってるとしか思えない。優は今日はあまり無理をさせないようにしようと思った。


「あ、でもお化け大丈夫?お化け屋敷はいったら、ついてくるかもよ…」


 友里に言われて、忘れてたことを思い出した。

「…大丈夫、お化け屋敷に入らないし!」

「やだ~!入ろうよ、かわいいとこ見せてよ!!!」


「やめて…ほんとに…」

 優は目を隠すように、顔の前で握りこぶしをつくって震えた。おばけがきても見えないポーズだ。


 友里は「ユウチャンカワイイ!!!」と小鳥のように鳴いてスキップした。情けないほどお化けが苦手な優は、そこだけはクリアできないのは本当に難儀だなと思った。友里にとって、なにが可愛いのかな…と首をかしげた。



 :::::::::::::::::::::::::


「そうだ、高岡ちゃんもいるんだ」

 遊園地の入り口で、高岡朱織が待っていて友里は驚いた。朱織の家のほうが遊園地に近いので、現地集合になったのだと説明をうける。

 カチューシャで前髪を上げた、ロングストレートですらりとした体型の高岡朱織は、紺色のサマーニットのアンサンブルに、白のワイドパンツを合わせていた。腰のあたりに、白いポシェットを下げている。


「あの…友里、この前はごめんなさい。急すぎたわ。」


 朱織は友里に深々と頭を下げて、謝った。

「駒井優が、友里との仲を取り持ってくれるって言うから、来たの。でも迷惑なら、帰るわ、2人の友達の間に内緒で急に参加するのって感じ悪いわよね、わたしはそう思うわ」

 朱織はそういって、友里の答えを待った。

「そんな、そんなの、申し訳ないよ!!」

 友里は手を振って否定する。正直高岡に対するわだかまりは、何一つ解消されていないので、今日一日、どうなるか全く予想がつかないけれど、謝罪をうけると許さねばならない気がしてくる。

「べつに、電車で5分の距離だし、気にしなくていいのよ。歩いて帰ったってすぐ着くわ。ここの遊園地、優待券を持っているの、ふたりに差し上げるわ」

 高岡朱織が、白いポシェットからとりだして、優と友里にチケットを手渡してくれた。電車・バス・観光施設共通優待券、と書かれている綴りだ。

 友里は優を見つめた。てっきり二人きりだと思っていたから、驚いていた。

「高岡ちゃんと、ほんとに仲良しになったんだね」

「仲良くはないわ、ほんとに、まじでやめて。わたしは、友里とまた仲良くなりたいだけ」


 先に高岡朱織に言われて、優は「ハハ」と笑った。

「じゃあ、良かったら、お化け屋敷一緒に入ってくれる?優ちゃんは苦手なの」

 友里は、優待券を受け取りながら、優の苦手を朱織にあっさりとばらした。「女の子らしくて、かわいいでしょ?」というと「意外だわ本人がお化けみたいなのに」と言われて可笑しくて笑った。朱織も友里に認められたようで、うれしそうにはにかんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る