第23話 もつれあう放課後
あんなに頑張ってもぎ取った"放課後15分"だが、しばらく友里と優はギクシャクした時間を過ごしていた。
夏休みも近く、空き教室はエアコンをつけられるわけもなく、とても暑い。夕焼けにはほど遠い真っ青な空が、変化に富む夏雲を空に浮かべている。
しかし暑いねえ、と友里は胸元のボタンをみっつ開けてリボンをほどくと、下敷きで仰いだ。
優の目の高さからはしっかりと谷間が見えた。谷間よりも、鎖骨にどきりとしてしまう。友里は、だいぶ女性らしい体をしている。
優は何もかもぺったんこだ。
「ゆりちゃん、はしたないよ」
「えー、もう。優ちゃん、上着暑くないの?すごい。涼しげな顔してる…そういうとこも、ほんと淑女なんだから」
友里はニコニコと、優にボタンを留めてもらう。リボンを結んでもらって、友里は嬉しそうに優にハグをした。
「…友里ちゃんがわたしを淑女って呼ぶのって、もしかして、こういう部分?」
「こういう部分も含めて…??なんでいまさら?」
吹奏楽部の男子たちに、とてもじゃないけど、説明は出来ないなと思った。まさか、見てしまったら恥ずかしいところを隠していたから、淑女と呼ばれていたなんて。そして友里だけが言うわけだ。友里にしか、していないのだから。
「優ちゃんもういくの?」
「うん、勉強会もだけど練習もしなきゃだし」
「だってまだ時間あるよ」
きゅ、と友里は優の背中に抱きついた。暑い。
(優ちゃんもきっと暑いって言ってくれるかな?(は!細…、細すぎるかわいい!)そしたらちょっとふざけたりしてかわいい顔がみれるかも!)
友里のもくろみは、果たされず、優はお腹に回された友里の手の甲をポンポンと叩くとそっと握り、お腹からベルトをはずすように離されてしまった。くるりと優は回ると、うつくしい所作で友里に手を振る。貴族のダンスみたいだ。
「じゃあまたね」
涼しい顔をして優は、友里のもとから去っていった。「淑女め…」ぽつんとひとり、残された友里はつぶやいて、今日はバイトがないので、また家に帰って裁縫をしようかと思ったがすんなり帰るのもさみしかったので、1時間はなれてる駅前のユザ〇ヤに向かうことにした。
「ユザ〇ヤはいい!」
すっかりテンションの高さが戻った友里は、手芸用品店へ行くと、予約していた布が電話連絡の前にきていたので、そちらを受け取った。他の布も沢山購入して、ホクホクしてた。ユザ〇ヤは手芸用品店というより、麻薬。謎のキットなどは諦めることが多いけど、使うものは遠慮できない。優がスカートを気に入ってくれるので、これからはスカートの特訓をするからボタンはそこまで必要ないのに、優に似合いそうな素敵なボタンは高いのにあれもこれもと買ってしまった。あと、トランペットを持っているクマのキットを見つけてしまい我慢できず購入した。優にお裁縫の趣味を内緒にしていたのでなかなか渡せなかったが、これからは堂々と優へ手作りのプレゼントを渡せるのだ。
スカートは布代が多くかかるので、大変な出費だから早く次のバイト先を見つけたい。
「よしゃ、バイトでも探すか!」
時間があるとやることも多くなる。友里は駅前辺りを、通える場所や店内の雰囲気を見るためにうろうろして、ハタとした。心臓がどくんと跳ねあがった。
「羽田バレエスクール」
友里が小学生の頃に通っていた、バレエスクールの看板があった。ドアにベルのついた、お菓子屋さんみたいな引き戸の入り口、間違いない。
看板の下では、頭をお団子にして、ベンチウォーマーを羽織った女の子が辺りの掃除をしている。きっと中には、レオタードを着ていて、これからレッスンをするんだろう。普段ならすっぱりと諦めているので目にも止まらないのに、友里はどくんと鳴る自分の心臓に(なんで?)と問いかけていた。
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「あんたなんであたしに構うの?」
高岡朱織は、駒井優に、問いかけていた。
電車に揺られてバレエスクールに通う朱織は、「私も今日はそちらにいこうかな」と気分屋みたいに付き添ってきた駒井優に、そう問いかけてみた。
「今日だって、もう少し私を観察したくて付いてきたんでしょ?怖いのよ」
優はキョトンとして、首をかしげた。
「なんでか当ててごらん?とか言うんでしょ、わかってるわよ、うざいからしゃべんなくていい」
駒井優はにっこり微笑む。
「友里のことをいじめたから、その仕返しに女たちの怒りを私にぶつけてるとかはホントにちがうの?大変だからキツイわ…、友里は本当に、心が強いってことを知らしめてるのね、わかるわ。友里は、ほんとにイイコ!わかったから!もう開放してよ」
「でもこういうやり方が出来るってわかってるの相当自分の顔に自信があるのね、ほんといけすかないわ」
朱織は、夏の暑さと車内のエアコン温度の異常な寒さに凍えるように、夏の制服から出ている腕を抱きしめた。ほとんどが駒井への嫌悪のトリハダだ。
「全然不正解だよ、高岡ちゃん」
駒井優は、また同じところでガタン、となる車内で朱織の肘に手を当てて、支えながら、ニコニコしてそういった。
「だいたい、私を構ってていいわけ?友里は?」
「……友里ちゃんとは、……この間お風呂に一緒に入ったから、しばらくは恥ずかしくて顔がみれなくてね……」
「っっなにそれ!詳しく聞かせなさいよ⁉️──じゃなくて!あんたサイテーね、なにしてんの?反省して!」
朱織はなにかが転がり出ながら叫んだ。優は朱織といて初めて、少しだけ楽しくなって微笑んだ。
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友里は駅へ戻ろうかどうしようかと悩んでるうちに、続々と小さなお団子姿の小学生たちがスクールに入っていくのをみて、微笑ましく思っていた。
(そうそう、先に髪型をおだんごにしてからここにくるんだよね、おしゃれしたみたいですごい楽しかった)
道路わきの手すりに腰かけて、平日もやってるんだな、とかアレからずいぶんたってるから、色々変わったのかな?とか思って眺めてるうちに、ずいぶん時間が過ぎてしまった。
「友里ちゃん」
低音の鈴が鳴るようなどこまでも通るかわいい声がして、友里は顔を上げた。ジャンパースカートの制服の優がそこにいて、いつもなら飛び込んでいくのに、友里は戸惑った。高岡朱織と、仲良さそうに歩いていたから。
「あー……えっと」友里は言い淀む。
「友里!もしかしてバレエに戻るの?」
先に高岡が、友里の両腕にしがみつくように駆け寄ってきて、友里は驚いて目を丸くした。(この間まで、すごい敵意むき出しだったじゃない?どんな心境の変化なのかな…?)
友里は優をチラリとみて、(どうして?)と言う目をした。優はまさか、ここで友里と遇うと思っていなくて、気まずそうにしている。
「ここではなんだから、入って、友里。見学していくでしょ?」
「え、いいよいいよ、私べつに」
「バイト講師も募集してるのよ、葛城先生みたいになりたいって二人で憧れたじゃない!」
朱織の勢いに、友里は押された。
「こんな、…こんな小学生の時みたいに、気さくに話しかけてくれたら、もっとずっと早いうちに仲良くできてたのに!」
思わず、そうまろび出てしまう。
「…それは、本当にごめんなさい。でも、でもね」
朱織は深々と頭を下げた。
「友里がバレエをすっかり忘れてたと思ったから…悔しかったの。──でも、今日この場所であえて、ホントに嬉しくて…そんなの忘れてほしい!!私ずっと待ってたんだよ」
それはきっと本心だろう。
朱織の年齢で本気でやっているなら、もう少し上のスクールに紹介をうけるはずだ。それでもこの、ゴールデンエイジ向けのスクールに通うのは、友里との接点がここしかなかったから。友里を待っていたとしか思えない。
「高岡ちゃん…でも、わたし、今日は帰るね……」
友里は朱織の気持ちを、心の底から嬉しく思った。けれど、バレエスクールに足を踏み入れる気持ちには、まだなれなかった。そういうと、駆け足で駅の方向へ向かった。優が追いかける。
「高岡ちゃんは、スクールでしょう、わたしがいく」
朱織はその場で足踏みをするようにわたわたとしたが、優のその言葉にハタと気付かされ、追いかけることができず、優の背中にふざけるなと思いながら「たのんだわよ」と投げ掛けるしかなかった。
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