第22話 計略
吹奏楽部の全国大会出場が決まり数日、浮かれていた者たちが青ざめて夏休み前の前期テストが危ないと泣きついてきた。55名定員があるので、数名でも赤点をとっていると後期テストの点が良くても、十月の追試とコンテストの時期が被って、出場できなくなってしまう。なんとか追試にはいかず、出てもらわなければならない。夏休み前に泣きついてくる者たちはまだイイ、本当に危険な彼らは、なぜか、一夜漬けを好むのだ。…なぜか…。
藤崎部長は、作戦を思いついた。
「”駒井優勉強会”なら、皆出席するのでは!?」
「あはは、そうかなあ?良いですよ、なにおしえますかー?」
「全教科全学年」
「ふざけんな、お前もやれ」
「……はい」
という、やり取りがあったとか無かったとか………。
優は、流暢な英語で、まずは全学年に基本的な勉強方法を教えていた。その後ろで本当にヤバイ男子たちがそれをプリントに起こして、優たち成績優秀者たちが再度直しをいれ、各人家庭での復習勉強用にするという三段重ね方式だ。
「なー、友里ちゃんが、駒井が淑女とか、なんかねぼけたこと言ってるじゃん?上に兄貴が3人もいて、結構荒っぽいの、俺らが知ってるぐらいなのに、駒井の幼馴染のくせに、なんであんなことになってんの?」
プリントをぱんぱんとシャーペンで叩きながら、
「所作が美しいからかな…?」と、トロンボーンの重義。
「あと顔か?この顔面だ、まじ女装きれいすぎたわ、待ち受けにしてるわ俺、友里ちゃんGJ」と、スマホを眺めながら、チューバの滝口。
「あー、じゃあ…友里ちゃんにとっては、見た目ってこと…??しらんけど」
「知らんなら言うな」ちなみに藤崎部長はチェロだ。
プリントを作成しながら、吹奏楽部の男子たちがわいわい話している。
「本人の前でやめてよ。真面目にやれ」
女の子たちに鈴なりになられながら、優は言って(友里ちゃんのことは友里ちゃんにしか理解できないんだから噂話するな、あと、友里ちゃんっていうな)とムッとしていた。しかしハッとして、スッと視線をドアの方へ移した。
勉強用に仕立て上げられている教室のドアを、そっと開けたのに、駒井優に見つかって、高岡朱織は、ゲエと苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「高岡ちゃん、来てくれたんだ」
「あんたが来いって言ったから」と言った瞬間に、周りの女子に睨まれた。高岡の吹奏楽部復帰は認められたが、きたりこなかったりで、あまり良い印象がない。しかも最近は、駒井が高岡を良く構っているので、その辺りでも亀裂が入っている。
「まって、高岡ちゃんはわたしのことをわかってくれるかわいい後輩なんだ…口さがないんだよ。新鮮でしょう?」
でも、だってと、ブスくれるみんなに「かわいい顔が台無しだよ」といつもより多めに愛想を振っている優。
「やだ、駒井くん…わたしたちそんなつもりじゃ…」
「そうよ、別に…!ね!高岡さん!はいって!」
「気持ちわる……」高岡は優の態度に毒をはく。
「高岡ちゃんは成績いいから、一年生はみんな、頼りにしてね」
駒井に微笑んで言われて、一年生は「はい♡」と言った。高岡を無視していた時期など、忘れてしまったかのようだった。
「なんなの?バレエスクールがあるんですけど、吹奏楽じゃなきゃ帰りたいわ」
「7時からでしょう、6時まで付き合ってあげてよ」
「駒井優、あんたね、時間把握されてんのキモいから、知ってても、まずは聞いて!「何時からですか!」って」
「はいはい、What time does the ballet school start?」
「7時からよ!!ネイティブ発音むかつく!!!」
和気あいあいと、吹奏楽部の臨時学習会は続いた。
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「どういうことなのかなあ」
コンビニバイトの後が決まらない友里は、木曜日、夜9時からの清掃バイトまでの時間を使って、友人二人とファミレスに来ていた。明日シフトが入っている友里のバイト先だった。
「ポテトうま」
「萌果、あたしコーラ持ってくるけど、何かいる?」
「オレンジのみたい、氷なしで」
「おっけ」
「なんか!女の子と!仲良しな優ちゃんって、記憶の中でも初めてなの!!」
「一目ぼれじゃん?」
ポテトとスマホを眺めながら、萌果に言われて、わー、と机に突っ伏してから「どういう意味?」と友里は起き上がった。
「だから、高岡ちゃんのこと、駒井くんが好きなんでしょ?」
「優ちゃんは女の子だよ!?」
萌果の発言に、友里ははてなを飛ばして思った。
「はあ?今更そんなこと言ってんの????この令和に…!ばかじゃん、友里、お前改名しろ」
後楽が、コーラとオレンジジュースと、紙ナプキンとスプーンとコンソメスープを持ってきながらそう言った。ストローはない。コップからじかのみだ。
「待って、だって!え、優ちゃんが高岡ちゃんのことを、すきって…こと!?だって、わたしだって、そう思って、聞いたら否定したもん!優ちゃん嘘つかない!!」
「そんなの誰だって否定するわ~、まだ片思いとかならさ。駒井優は結構嘘つくと思うよ!あんだけ美形だし、その位かしこくないと、生きてくのつらいっしょ」
そんなことない、優は清廉潔白で、と友里は言いかけたが、確かにそれも一理あると思って、処世術としてのウソはあり得る、と気持ちを切り替えた。
「じゃあ…あの…競歩大会で高岡ちゃんに優ちゃんが「わたしのペースが乱れるから、離れて」っていってたのって」
「『おまえといると、俺、冷静じゃいられないんだよ…!』みたいな!?」
低音で優のように喋りながら、しなを作って、後楽が言った。
「『心臓が、高鳴って、とても走っていられない…!』的な!?」
萌果も楽しそうだったので、駒井優劇場に歯が痛い系男子っぽく参加した。
「やだやだ!!そんな…!優ちゃんは、そんなふうにしなを作らないよ、こう…背筋ピッとして、肩はさげて、足も開かないの…シャツも、全部上まで止めて、…!人のボタンが開いてても照れて目を伏せるのよ!!!こう!だから!!」
ひとしきり駒井優の所作を練習させられる萌果と後楽。
「友里ちゃん、パンケーキ食べたいな♡」内容はともかく、駒井優の完コピをした岸部後楽は言った。
「そうそう、それそれ~~~!!♡♡」
友里は笑顔で、呼びボタンをピンポンと押して、パンケーキをおごった。
「ひとりの女の子を好きになるなら、もっと意味のある幸せなものでいてほしいよ!!!」
友里はパンケーキを食べきったあたりで、ハッとして思わず叫んだ。
「本人は幸せかもでしょう」
「そこは、友里ちゃんが口を出すとこじゃないんじゃないかな」
2人は面白がって、駒井優の所作を真似しながらそう言って、友里の不安を煽るが、机に突っ伏してすっかり撃沈してしまった友里を見て、顔を見合せた。(遊び過ぎたかも??)
薄く笑い合うと、への字眉になって、「なーんて」と言った。
「全部暑さのせいだよ~」
「へ?」
「まじさいきん、暑すぎるから!友里も余計な事かんがえちゃうんじゃない??」
「駒井くん、友里のこと大好きだって言ってたし?あの子が友里に嫌みいったの知ってるじゃん」
「だってあの人、友里と同じ味のチュッパチャップス受け取った時めっちゃかわいい顔してたよ」
「なにそれ…ソースは…写真撮ってある?…超見たかった…」
机に突っ伏したまま、友里はまた知らない駒井優の話が出てきて、しょんぼりした。
「ソースは、あたしたちの頭ん中にしかないけど~」
「まあそういうとこも、結構考えて行動してるのかもねえ、駒井くん」
「策略家っていうか?」
だから、高岡の件も何か企んでいるのかもね、と乾萌果が言って、後楽は友里と一緒にキョトンという顔をした。(そっち側か、後楽)と萌果は思った。
後楽はいう。
「まあ駒井は頭いいし、あたしもからかったけど、気に入ってる友達なんか何人いたっていいのに、駒井優に限って理由があるとかちょっと不憫じゃね?」
「まーそねー」と萌果。
「ただ気に入ったーって友達同士の出来事があったかもじゃん、あたしらがこうして会話してて、回りから恋愛だなんだって言われてたら、やだろ」
「後楽、あんたほんといいやつ…」
萌果は後楽の肩にすり寄った。そして話題を変えるために、2人で予約した新作ネイルを取り出して、色を確認する。ファミレスで塗ると迷惑なので、あくまで眺めるだけだが、コスメ仲間としても二人はすごく仲がいい。
「優ちゃんも、わたしの友人に嫉妬とかしたら、確かに変なのって思うかも」
「そうそう、友達って全然ちがうもんね」
友里と後楽はニコニコと会話を続けている。
萌果は、それを聞きながら、すでに駒井と友里が付き合っているものとして話を進めていたが、もしかして、この二人ただの幼馴染から、何の進展もしてないのでは?と今更思った。(幼馴染の距離感やっぱバグってる……。)
「あの、さあ、」
萌果は言いかけたが、もしも駒井優と友里が微妙な状況で、それについて駒井優が画策している最中だとして、こちら側から友里に「恋人」を意識させて、友里が駒井優から逃げ回るような状況になったら。──最悪きわまりない状況を想像して、口をつぐんだ。「かわいい」って言わないほうがいいって話をしたときも、駒井優は、萌果たちが、友里の心境を変化させたことなどすぐわかっていたから、友里が川に落ちた話を聞かせてきたのだろう。駒井優と荒井友里の関係を気付かせて、高校からの友人たちに牽制をかけてきたのだとしたら…。
駒井優が、あっさりと友里への恋心を萌果にだけ喋っていたのをおもって、(これか)と思った。この三人のうちでは、萌果だけが色恋の機微に長けていると、駒井優は気付いていたのだ。
(…こわ…近寄らんとこ…)
「…一旦、優ちゃんの事かんがえるのやめる!」
友里がそういうと
「えー!できんの?」とか「やれんのか!」とか驚いて言ったけれど、
「好きな人のこと考えちゃうのは仕方ないけどさ!いまはあたしらと、あそぼー」と萌果はほほ笑んだ。色恋の話も好きだけど友人として、わいわいやる関係として、気が合いすぎているから一緒にいる。友人関係は、それでいいと思う。
友里も新しいファンデの試供品を分けてもらいながら、仲良く木曜日の夜を過ごした。
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