番外編④ 駒井家のこと

 妹の話をするとき、兄は必ず「大きな子です」という。立派で優秀で、みんなのアイドル。

 彗にとっては、優は生まれたてのあかちゃんの頃のイメージのままだ。家に初めて来た、あの日。9歳の自分の指を、小さな手が握ってくれた。あの日のイメージのまま。


 2番目の兄なので、すいは一番上の兄であるはるには負けてしまうと思って、遠慮がちになっていた。晴が東京の病院に転勤になって、家を出てからは、妹を守るのは自分だと思っていた。

 3番目は、せいという。駒井星は今、東京の大学で医者を目指している2年生だ。医大は、6年かかるので、あと4年、優も来年受かればこの家からしばらく子どもたちが消えてしまう。

 彗の目から見ても、兄弟全員顔がよく、長身だ。両親ともに純日本人なのだが、九州出身のせいかなぜか彫が深い。祖母も純日本人なのだが、青い目をしていた。どこか異国の風体なのは、そういう不思議な血脈のせいかもしれない。


「これ」


 優が、かわいいラッピングを突き出してきて、彗は可愛く小首をかしげた。

「なに?」

「友里ちゃんが、兄にって」

「えーなんだろう!かわいいね」

「かわいいだろ、競歩の特訓のお礼だって。あくまでそれだけだから、変なこと考えないでよ」


 冷たい声で優にいわれても、兄は優のことが大好きなので、思春期かわいい!と思うだけだった。

「俺の好きなキャラメルじゃん、やったー」

「あ、やっぱそこの店の、すきだったか、よかった」


 後は、競技用の汗を良く吸い取るタオルが入っていた。2人の気遣いに、感謝をする。物がもらいたくて教えたわけではなく、素直にマラソンが好きなだけなのにな、と。


「あと、この前、スマホありがと」

 優が素直にお礼を言うのなんて、優が5歳の頃に人参を食べてあげた時に「にーたん、ありあと!」って言って以来じゃないか?!彗はジーンとして、どういたしまして、といい笑顔で言った。


「彗にいみたいに、かわいい笑顔マスターしたいな…」


 優がぽそりと、彗がいるソファの背面に腰を掛けて、言った。

「えー、優も充分かわいいよ」

「兄にそう思ってもらえるのはうれしいけども」


 全体的に作りがぽてっと垂れてて、かわいらしい彗に比べて、優ははっきりしすぎている。

「タヌキとキツネってかんじ」

「おれがタヌキ?」

「そうそう、彗がタヌキ。わたし譲り」

 母親が参戦してきた。


「優はホント、お父さんそっくりでかっこいいわ」


 1,000,000回言われた言葉を聞いて、優は前髪を横に流して、「フ」と不敵に笑った。母親に教えられた、父親の真似ポーズだ。「きゃー!」と母親が言う。

 そんなふうに遊びつつも、友里から言われる「かわいい」は何万回聞いても飽きないのに、どうしてこんなにも違うのだろうと、思っていた。


「優はかわいいって言われた方が嬉しいんだろうから、母さんも気を付けてあげてよ」

「あら、それは失礼…!なんにせよ、全員可愛いですから、私から見たら」


 母は乾燥機にかかっている洗濯ものを片付けに、離脱した。


「彗にい、なんだよ、かわいいほうが嬉しいって」

「え、ちがった?」

「ち……違わないけど」


「かわいいな、優は。また遊びにおいでって、友里ちゃんにも行っておくんだよ」

「う…んまあ、そうだね、気が向いたら」


「なんだ、優は友里ちゃんを独り占めする気だな?」

「わるい!?これでも、必死なんだよ」


 優は彗には、わりと素直に感情を露わにしてしまう。それは彗の雰囲気が、どこか優しくて、すべてを包み込んでくれそうで、安心してしまうからだった。彗は否定しない。家族だから、それだけじゃなくて。

 友里のことも、彗に似ていると最初に思っていたほどだった。



 彗は未だに、赤ちゃんを眺めるように、かわいいな、大きくなるといいな、幸せでいてほしいなと、優をながめてしまうのだった。

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