第20話 どうしてこうなった

「どうしてこうなった」


 優は、脱衣所で思わずつぶやいた。

「うちお風呂だけは本当に広いから、大丈夫だよ!洗い場も2つあるし」

 友里はあっけらかんと、ぬれた洋服のままそういった。水色の下着が透けていて、うっと優は息をのむ。


 同性の、片思いの人たちはこういう状況の時、どうしているのだろう。

 優は逃げる一択だったが、お互いにかぶった麦茶の量が多く、頭から全身にかぶっていて、濡れた服のままエアコンの効いた部屋にいることもできず、促されるままに脱衣所に来てしまった。家が近いのだから、「濡れたまんまで家にかえります~」と言ってしまえばいいのに、ぬれた部屋も片づけたいし、アルバムが濡れてないか心配だし、淑女としての普段の振る舞いが、アダになる。


「そーだ、優ちゃん、これ良かったら使って!」

 友里は照れ臭そうに、新品のビニールに入ったシャツを渡してきた。制服のシャツのように見えた。

「あのね、わたしが作ったの!」

 満面の笑みで言う。

「え!すごい!!」

 優はぬれて服の透けている友里を見られなかったので、背中を向けていたが、思わずそちらに向いて賛辞の声を上げてしまった。

「えへへ。ずっと趣味だったんだけど!そろそろいいかな~~っとお披露目!」

 すごい照れ顔で微笑んでいる友里を、優は見てよかったと思った。かわいい。

「良かったら使ってみて。うちの制服のブラウス、スタンダードカラーで襟が尖ってるし、普通のシャツみたいに着れるよね…下は、わたしの一番長いワイドフレアスカートを用意してみました!この間好きっていってた芥子色の!ウエストはいいと思うんだけど、たぶん、ひざ下ぐらいには、なると思うのよ…」


 ここぞとばかりに、淑女計画を発動する友里に、優は笑ってしまう。

 スカートを着てても、(友里ちゃんにとってはなにも変わらないだろうに)と思う優。

「これからも優ちゃんはどんどん美しく磨かれて、わたしなんて近寄れなくなるかな…とか心配になっちゃうけど、くらいついて行くからね!!」


 友里がうそぶく。何を言っているんだろう??と優はキョトンとした。


「わたしが、ゆりちゃんにそばにいてほしいって思っているんだから、勝手に離れないでよ」


 すらすらとそんな事を言うと、友里は真っ赤になって「ソウデスカ??」と小さい鳥のような声で鳴いた。ピヨピヨしていて、優は噴き出してしまう。

「さて、早く入っちゃお!お母さん心配する!!」

 友里がザバっと上着を脱いだ。あわてて優は目をそらそうとしたが、その背中にくぎ付けになる。

 肩甲骨の間から、腰にかけて、大きな縫い痕があった。健康的な肌の色の中に、赤みを帯びた薔薇の蔓が伸びているようで、優は目を奪われた。


「ひゃ!」


 思わず優がなでると、友里はくすぐったがって飛び上がった。脱ぎかけた洋服で前を隠しながら、優に振り向いた。


「も~~、びっくりする!!!」


「傷、いたかった?」


 優がしょんぼりとして言うので、友里は(ああ、また罪悪感に苛まれてる)と気付き明るい声と身振りで「全然!!」と言った。自分で勝手にして、自分で川に落ちたことなのに、優が凹むのがわかってて背中を見せてしまって、失敗したと思った。さすがに優の前で、堂々と前を向いて服を脱ぐのは、友里も恥ずかしかった。


(おかあさんは小さくなった!って言うけどまだそんなにわかるほどあるのか…)

 優になぞられた範囲を、友里は思った。


「でも、優ちゃんが凹むことないのよ!責任をとってお嫁に貰ってくれなくても、大丈夫だからね」



 わざと滑稽な声や仕草で、友里が言うと優が顔をパっと上げた。

「こういうのって、お嫁に貰っても、いいの?」

「ええ?なんかよく聞くじゃない…?他の、人に、傷のせいで愛されないかもしれないから、お嫁に貰ってやる~みたいな…っ」

「え!!すごい勝手じゃない?そしたら、すごい好きな人の事を傷つけてしまえば、貰い放題じゃないか!傷なんかで!!愛してる人の傷なんて全然、関係ないのに!!!なんだそれ!!一生を責任もつってそういうことじゃない!!!」


 突然激昂した優に、友里は半裸であわあわおろおろした。

「優ちゃん、おちついて~」


 くしゅん、友里がくしゃみをした。

「ごめん、優ちゃん、先にお風呂つかってくるね」


 ずび、と鼻をすすりながら、友里があっという間に全裸になって、浴槽に入っていった。

 ドアの奥から「浴槽も3人ぐらいは入れるからね~~、早くおいで」と友里の声がして、優は意を決して全裸になって、タオルを巻いた。


 小学校の旅行は、友里が入院していたから一緒に入っていない。中学校の旅行では、クラスが違ったので、湯上りの友里と通りすぎただけだった。


 今、初めて一緒に、お風呂に、入る。


「やっぱ、後にしようか…」

 すぐに決意がしぼんだが、”くしゅん”、優もくしゃみをした。

 掛け湯をして、あつあつの湯船に入るしかなかった。


「やっぱお風呂だよね~~、夕方のお風呂、贅沢~」

「……そうだね」


 優は湯気の中にある、空中のチリを見つめている。無駄に良い目をしているので、くっきりと色々見えてしまうことに怯えている。

 友里は「優ちゃんはやっぱおしとやかだよねえ」などと感心しているが、友里が優を淑女と誤解するのはこういう面のせいかもしれない。


「……傷、さ~、ちゃんと見たの、初めてよね?──汚くなかった…?」

 友里が、言いづらそうに言うので、優はすぐに答えた。

「全然、薔薇のツルみたいに美しかったよ」

「なにそれ、嘘っぽい」


 友里が、くすくすと笑う。本心からなので、優は心外だな~と言いながら、目をつぶったまま笑顔を合わせた。友里の頬が上気してて可愛いだろうと想像するが、ここでは我慢だ。お母様のご厚意で、濁り湯になっていたので、無駄に見たくないものが見えなくてよかった。ふと目を開けると、友里の鎖骨のくぼみに入ったお湯を凝視しそうになって、あわてて空中のチリを見る仕事に戻る優。


 2人は浴槽で横に並んで、ほこほことしている。

「友里ちゃんのことをお嫁に貰いたい人は、星の数ほどいると思う」

「優ちゃんったら、その話、蒸し返す??んもう、そうね、ありがとう!」

 友里はぷんぷんしながら、お礼を言った。


「わたしも、友里ちゃんの星のひとつになりたい」


「……うん?」


 ぽかんとする。どういう意味でいってるのか、ちょっと聞いてみたいけれど話の腰を折るのはよくないと思い、相槌だけにした。


「なりたいけど、傷を負わせた責任で、ってのは、違うと思う…。友里ちゃんが見つけたお星さまと、幸せになれるように、サポートする気持ちは、絶対だから」


「……──うん」


 ぽちゃん、と友里はお湯の中から手をだして、雫で遊ぶ。


「……なんか、つまり、優ちゃんはお嫁に貰ってくれないの?」

「え!!!違うよ、違う…!!!もしも他にいたら、ちゃんとするって話」


「わたしが見つけたお星さまは、優ちゃんのことだってすぐ思ったんだけど…」

「友里ちゃん……」


 友里が見つめると、優も見つめ返した。


(つまり、友里ちゃんはわたしを好きなんだろうか…そういう意味で?今、いま告白しても、良い…ということ…?)

(待って、お風呂で……??)


 長い沈黙、優がごくりと喉を鳴らす。


「あ~~もうだめ!!ほんと、濡れそぼった優ちゃん!!!!めっちゃかわいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!だめだめだめ!ほんと、発禁!!!これは18禁!!水滴がまんまるなの!肌が美しいから!!!ポロポロ!!って真珠が零れ落ちてるみたい!!!!全部が輝いてる!

 水も滴る、って言うけど、ガチで!したたったらすごい!宝石で飾ったヴェールを羽織ってるみたい!!!宇宙だね、これは…!ハッブル宇宙望遠鏡でみた!!!

 え?!水泳の時とか、あったっけ!わ~~わたしが、水泳に参加しないから!!!!もうバカ!!!でもこんなキラキラしたものが学校のプールに!うちのお風呂にいるなんて…!!やばい!大泥棒がいたら盗まれちゃう!!はあ~~~かわいいかわいいかわいいかわいい、さいこう。この、ぬれた毛先があつまってるとことか、さいこうにかわいい。水滴ヤバイ!!!!優ちゃんは、わたしだけのお星さま!!!!!!」



「うん、のぼせないうちに出ようか」



 バスタオルを巻いて、優は浴槽から先に上がった。

 このまま放っておくと、全裸で抱き着かれてしまう恐怖もあった。さすがに、そこまでされたら理性が無くなってしまう。


「傷、本当に綺麗だったよ」


 優がそう言うと友里は、少し悩んだ後、「へへ」と笑った。


 アルバムも無事だった。日頃から、部屋に何もないのはいい!と友里が胸を張る。

 また告白の機会をふいにしたことに気付いて、優はため息を一つ落とした。

 写真の中で、友里と唯一無二の戦友のように、高岡朱織がふふんと笑った気がした。

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