第18話 好きってことですか

 優が水泳クラブをやめた。高校2年生の7月までと自分で決めていたらしくて、友里は、それならとすんなり納得していたが、周りは諸々大騒ぎにはなった。

 それから、吹奏楽部は全国に出場が決まり、高岡朱織は、そこまでで部活をやめた。クラシックバレエのほうへ注力するという名目だったが、優だけは理由を知っていた。


「呼び出してごめんね」


 優は、なるべく人通りのない場所へ高岡朱織を呼び出した。


「すごい迷惑なんですけど…私は友里みたいに強くないから、あんたのファンからのアタリが強いの我慢したくないです」

「……それはすみません」

「そんなの謝られたくないです」


 朱織の嫌味に、優は深々と謝った。朱織は、165cm、友里より少し背が高いけれど、優にとってほとんど変わらない目線。腰までの長いストレートヘアが風になびく。パッと手ではらうとサラサラ揺れた。

 朱織はバレエダンサーとして恵まれた体をしているから、キチンと成果を出せている。吹奏楽部は、音感を鍛えるために入っていただけで、もともとそこまで頑張るつもりはなかった、等、やめた言い訳を繰り広げた。


「とか言って、ほんとはわかってますよね、あんたが嫌いだから、やめたの」


 優を見上げて、朱織ははっきり言った。優は少しも驚くことなく、うんうん、と当たり前のように受け入れた。


「なんで吹奏楽部入ったの?」


「どうせわかってんでしょう、浅はかな私を笑うがいいわよ。友里を貶めたやつを、内側から瓦解させてやろうとしたけど……無理だったし、時間を他のことに使いたくなくなったのよ」


 朱織にとって、優は、友里のそばしか居場所がない人間にみえた。

 ほかの場所ではどこか浮いていて、なにも大事にしていない。だから、何を奪っても、傷をつけることができなかった。友里から、バレエを、朱織からバレエを愛する友里を奪った優から、傷つけようとしてなにかを奪うとしたら、体を傷つけるか、友里しかなかった。しかし、友里を傷付けるたびに、朱織は傷ついていた。計画は、最初から破綻していた。


「三角関係ってやつだ」


「は?私はあんたと違って、友里に変な目むけてないし!!!っていうか、あんたがいて、そんなの……できないじゃん」

「自分で、招いたことだと思うけど…」

「……あんたに言われたくない!」



「友里ちゃんに嫌味を言わないで、最初から”逢いたかった”、って声かけてたら、わたしなんて、敵わなかったのに」


「……うるさい!!!」


 朱織はまたボロボロと涙を流して、逃げた。


「うーん悪人だ、わたし……」


 優は首の後ろを押さえて、ため息を一つ落とした。




 ::::::::::::::::::::::::::::::::::


「優ちゃん、アルバムこれでいい?!」

 友里が、昔のアルバムをどっさり持ってきた。


「ありがとう、高岡さんの事、知りたくて、そのころのってある?」

「え!あ~~…うん??そ、そうなんだ!!おっけ、持って来る」


「今の、””え、あ~~…うん??””はなに??」

「ううん、なんでもない!」


 友里は、優の口から特定の人の名前が出てきて、内心穏やかではなかった。一年生を呼び出したという噂も気になっていたし、しかもあの、「高岡ちゃん」だし!!と思いつつ、優に言われるままアルバムを出した。ほとんど優と一緒に写っているが、ところどころにバレエの大会や、練習風景の写真がある。



「この子がそうだよ」

 かわいらしいピンクのレオタード姿のちいさい友里が、バーレッスンをしている様子だった。友里の後ろに、くせ毛の女の子がピンと背足を延ばして立っていた。


「髪型が違うから、高岡ちゃんって気付かなかったんだよね…」

 友里はしみじみと言った。くせ毛で、前髪がすっかり目を隠している。高岡の今の髪形は、カチューシャをして額を出したロングストレート。身長もすっかり伸び、ガリガリの子どもの頃と比べるとしなやかで、伸びのある体型になっている。

 こどものころの二人の関係がわかれば、高岡の心に入り込めることができるのではないかと、優は考えていた。今のままでは、優が高岡を怒らせるだけ怒らせたまま、高岡から友里に、優の悪い部分を伝えたりするかもしれない。高岡は友里に近づくと、悪い口を利いてしまうから、今のところは近づかないだろうけれど、安心はできない。


 もしも優を本当に瓦解させようとしたなら、友里に厳しくせず、優しくして、友里の視線を優から奪ってしまえばよかったのだ。優は、朱織にはそれができたと思っている。

 友里が、心底愛していたバレエの幼馴染なのだから。


「でも声とかでねー、気づいてあげれたら良かった!なんか、やり方はあったよね、嫌み言われても…」


「このころの二人って、どんな感じだったの?」

「え!あ~~~…そうねえ…」


「ねえ、友里ちゃん、さっきからすごく言い淀んでるけど、このころのこと思い出したくないとか、言いたくなかったらごめんね」


「ううんそういうことじゃないの!!えっと、そうそう、高岡ちゃんには、ずっと優ちゃんの話してたかな!!すごいかわいい子がいて、最高で、将来結婚するの!!!とか…」



 大きな声で元気よく言ってから、友里は余計なことまで言ったことに気付いて、持っていたアルバムで顔を隠した。

「そうか、わたしの話を」

「うん、そう……」


 友里はいつも褒めちぎる通り、優にとっておはようおやすみとおなじくらい、なんでもないことと受け取ったと思い、ホッと胸をなでおろした。自分でもなぜこんなに動揺しているのか、よくわかっていない。

 優は涼しい顔をしながら、先ほどからずっと、期待で胸がドキドキしていた。(もしかして、友里ちゃん嫉妬、してくれてるのかな)なんて──種類は色々あるだろうけれど、友里が優を独占したいと思ってくれているのなら、嬉しかった。


 ””皆に淑女だと思われてほしい””という言葉は、””みんなに、愛されてほしい””と聞こえてしまって、友里の感情が掴めずにいつも悲しい気持ちになっている。

 友里を自分だけのものにしたいし、独占されたい。優は友里が言う程淑女でもないし、かわいくもないのに、かわいいと言われたくて、思われたくて、いつも悩んでいる。

 高岡の件だって恋人同士になれるのなら、少しは不安もなくなるのではないかと思っていた。もしも付き合っていたとしても不安なのに、片思いなのだから、よけいに頭が痛かった。


「もしかして、高岡ちゃんの事、スキってことですか…?」


 友里の口から、思いもよらない疑問を投げかけられて、優は「はああ???」と大きな声を出しそうになって、パっと口をふさいだ。流れるような所作が美しい。

 息を深く吸って、友里を見つめる。友里は不安そうに瞳が揺れていた。

「ちがうよ、部活を突然やめちゃったから、なんとか戻ってこないかなと思って…色々考えてるの」

 そういうしかなかった。まさか、友里を好きになるかもしれない相手に、友人として見てもらうための画策をしているとは言えなかった。


「ちがった!?よかった!!!ホッとした!!!わたし!おちゃいれてくる!!」


 友里はダッシュで二階から逃げるように、真っ赤な顔をして消えた。




「なんで高岡ちゃんが好き?みたいな話になるの…わたしが好きなのは、友里ちゃんだけなのに……」


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