第17話 嫉妬ってやつですか?
「高岡ちゃんも打ち上げ来れば良かったのに!」
音楽室、吹奏楽部の部室、4時半前に1年生たちはスチールの譜面台を出したり、机を後ろに持っていって、音楽室から、吹奏楽部へ変貌させる。机を持ち運びながらも、先日の打ち上げの熱が冷めきらない女の子たちは、動画を見たり、落ち着かない様子でいた。「ちゃんと用意しなさいよ!」と高岡朱織が叫んでも、女子たちはにこにこしている。
「打ち上げなんか、よくいけるね、むしろ」
その様子にイライラを募らせながら、並べ終えた椅子にどっかりと座って、トランペットの音階を小さな電子ピアノで調べている。自主練に励む高岡朱織は、打ち上げのはなしを冷ややかに聞いていた。
「コンクール近くてピリピリしてるのに、ふざけるのほんとにやめてほしい」
ぶつくさと、独り言のように言う。それを見た同級生たちは、少しだけ耳打ちをしあって、一様に体をそむけた。
「みんなが楽しい気持ちでコンクールに向かってるのに、なに?」
「ピリピリしてるって、もう朱織だけでしょ」
「あ、ねえ、部長が今日は最初は屋上って言ってたじゃん、いこー」
トランペットパートで浮きはじめてる高岡は、プンと鼻をならして、前髪を上げているカチューシャの位置を直して、また調節に戻った。一人でも練習は出来る。
4時半に、駒井優が吹奏楽部室に入ってきた。誰か間違えて教室に残っていないか、確認に来たようだった。
「高岡さん、屋上練習、いかないの?」
ちらり、優を一瞥して高岡朱織は、「……ええ」と言った。
駒井優の目に、高岡朱織が自分への好意があるように見えたことは一度もなかった。
いや、荒井友里の前でだけ、わざとらしく、まるで自分に恋をしているような態度をとっているようにみえた、というのが正しいかもしれない。
「高岡さんが行かないと、リーダーであるわたしが怒られちゃうんだけど」
「……」
「みんなとの約束が、またすぐ守られないって言われてしまうんだけど」
「……」
高岡朱織は完全に世界から駒井優がいないかのような顔で、トランペットの音階を吹いている。しかし音は揺れていて、震えていることが分かった。これは恐怖?怒り?優は探るように高岡に近づいた。
優は沈黙で返す高岡に向き合うため、合奏用に用意された椅子の一つに腰かけた。
きっと無視されるだろうな、と思いながら、それならばと、優はずっと聞きたかった事を問いかけてみる。
「友里ちゃんに、なにがしてほしいの?」
端的にそう聞いてみる。
「友里ちゃんは、気づいているよ。高岡さんが、自分の昔の怪我にひどく傷ついてること。だから、何を言われても我慢してる…… ──仲良くしてあげてよ」
びく、と高岡朱織が肩を縮ませた。トランペットを下ろし、朱織はキっと吊り上がった瞳をさらにそちらに強くして、優を睨みつけた。猛獣が襲い掛かる寸前のような唸り声で体が震えて、腰までの長い髪がゆれる。何も言わずいようと思っていた朱織だが、トランペットをケースにしまいながら、感情が抑えきれず、ボロボロと泣き出してしまった。
「──あんたなんかに、なにがわかるのよ」
低い唸り声で、高岡は言った。優なんかに口をきいてしまって本当に悔しい、という顔をしている。悔し泣きをするタイプは、これ以上何を言っても聞いてもらえないだろうなと、優は悟り、無言で見つめた。
「昔とか言って、余裕な顔してんじゃないわよ……!友里にけがをさせたくせに、ちゃっかり隣におさまって!!ズルいのよ!やり方が姑息だわ!!!」
叫んで、朱織はハッとした。これ以上駒井優なんかと同じ場所にいたくない、と言うようにケースにしまったトランペットを脇に抱えると、「帰るから、どいてよ!」と優の肩に体当たりして、教室を出ていった。
「友里って……──呼び捨てかよ……」
優は当てられた肩を押さえ、去っていく朱織の足音を聞きながら、そこだけが気になってしかたなかった。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
日曜日、友里は優と、彗へのお礼を兼ねた贈り物を探しに、大型ショッピングセンターへ向かった。たくさんの品物を見よう!と思っていたのに、それを見に行くまでの道で、競歩大会の疲れが地味に出てくる。彗の特訓通り、ラストスパートさせなければ、こんなにはならなかったのに。
「友里ちゃん、疲れてない?もう帰ろう、兄へはキャラメルとかあげるとすごい喜ぶよ、ああ見えて、
競歩大会中も今も、疲れなどみじんも感じさせない優が、実の兄にひどい事を言う。彗は優よりも5センチほど身長が高く、痩身で美形。少し明るい髪色にしていて、ツンツンと上に立てている。優よりも少したれ目で、お母さまによく似てるぽってりとした唇をしていて、幼い頃は、優よりずっと女の子に間違われた。9歳離れているので、25歳で医者の卵、初期研修中の身だ。
「でも優ちゃん、この間スマホも直してもらってたじゃない」
(だからちゃんとお礼を優ちゃんもすればいいのに)と、友里に言われて𠮟られた子犬のようになった優にくすりと笑って、「じゃあ、タオルとおいしいキャラメルを贈ろう」とすぐに品物が決まった。
友里は疲労感と、成功の高揚感でここ数日は、ふわふわしていた。大きなショッピングモールで買い物をしたら、贈り物用に包んでもらうためにはサービスセンターまで移動しなければならない。きれいな包み紙があったので、少しだけ課金して、番号札をもって休憩所のベンチで待機した。
友里に店内をみてまわる体力はなかった。うとうとしてしまう。しばらくしてから、目を開けると、優の肩に寄り掛かっていた。優しい微笑みで見つめてくれる。
「雨が落ち着くまで、ここにいる?」
いつの間にか降りだした雨が、2人の据わるベンチの前の天井まである大きなガラスに滴り落ちている。外には駐車場があるが湿気を多く含んだ雨でガラスは曇り、水墨画のようににじんでいた。『雨に歌えば』がBGMでながれている。店員さんが、雨具の支度をしている音をぼんやりと聞いた。
優の言葉が優しくて、友里はフルフルと首を横に振って目をこすった。
「ううん、帰ろう、優ちゃんも疲れているでしょう?ほんとにありがとうね、わがまま、たくさん聞いてもらった」
「それは、わたしの言葉なんだなあ…」
優は「ありがとう」と優の肩に乗っている友里の頭に小さな頭をコツンとのせて、
「友里ちゃんとこうして、過ごせるのがとても、嬉しいから、わがままだなんて言わないでよ」
そういった後友里がなにかごそごそと「でもだって」と言い出すと、優は唇を突き出して黙った。優の癖が出て、友里は優しい気持ちで笑ってしまう。
「なんでわらうの?」
優は不満げだ。
「それ以上言わないで、って思った時に、出るくせ、自分で気付いてないでしょう?」
「え、そんなのある?!」
優は思いがけない事を言われた顔で、さらにオロオロとした。唇を凝視されたくなくて、手のひらで隠してしまう。癖なんて、あると思っていなかった人の反応だ。本当は、その癖をやめてほしくないので、一生言わないでおこうと思っていた友里だったけれど、ポロリと言ってみたら、思いのほかかわいい反応が見れて、ホクホクしている。
「んん~~~かわいい!!””優ちゃん研究家””なので、わたし。新しい反応にわくわくしちゃう!!!かわいい!!!!元気出てきた!!!これは良い栄養素ですよ~~」
「うううう、恥ずかしすぎる……」
友里の番号札がよばれて、ラッピング袋にさらにビニールで包んで雨対策をした。彗に直接お礼をしたいと告げたが、優に丁寧に断られてしまったので優に託した。(そのうち、優の家であったときにちゃんとお礼するね)と伝えて貰うよう頼む友里。
彗が、友里を気に入ってしまったので、合わせたくない優の思惑など気付いてもいない友里だった。彗が9つも下の子どもを相手にするわけもなく、ただただ生まれたての優を愛しているのと同じようにかわいがっているだけなのに、恋は盲目というものだ。
朱織の件も、友里に近づけさせないで終わりにしたい。優は、強く思った。友里と朱織が、2人で解決すればきっと万事解決してしまうことは、わかっているけれど。
「わたし、ほんとになんてわがままだろう」
「優ちゃんはかわいいので、問題なしでしょ」
そういう友里に、とんでもなく悪いことをしている事に気付いて、頭が痛かった。
(これがばれたら、きっとかわいいって言われなくなってしまうな……)
ショッピングセンターをでてみたら、雨足は思っていたより強く、傘をもってしても2人を濡らした。バスの停留所までキャーキャー叫びながら向かった2人は、もう夏の気配を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます