第16話 カラオケ打ち上げ

 吹奏楽部員の二年生に、カラオケの打ち上げに誘われた。友里は、隣に佇んでいた優を問いかけるように見上げてみた。友里の視線に気づくと、優はふわりとほほ笑んだ。涙袋がふっくら持ち上がる。


「怖いなら、わたしもおともするよ」


 ざわ……。


 駒井優は今まで、皆との交流会に参加したことが無かった。吹奏楽部部員は、友里とだけ交流をはかるつもりで、何の気なしに誘ったのに、大きな魚が釣れた時のように大騒ぎになってしまい、後ろの方で言葉にならない声がいろいろ聞こえてきて、友里が戸惑っているのを敏感に悟っていた。友里の同級生たちは叫ぶ。

「ちがうちがう、荒井さん、落ち着いて聞いて。良いんだよ、荒井さんだけでも!」


 ……これは、断ったほうがいいかもしれない。昨日の敵は今日の友みたいな空気なので参加した方が心象は当然良い。しかし本心で、本当に申し訳ないが、打ち上げをするのなら優とふたりきりのほうが、安心するし、優の2番目の兄の彗へのお礼も兼ねて何かプレゼントを贈りたいからその準備もしたいな、と思っていた。

 それに、やはり疲労がどうなるかわからないので、打ち上げの日程が、明日の振り替え休日と聞いて、すぐに遊びに出かけるのはどうかとおもってしまう。

「えーと、やっぱり…」

 友里が断りの言葉をいいかけて、二年生は落胆する。まあそうなりますよね、良いですよ~という空気だ。


「怖いですか!?怖いですよね?駒井先輩に付き添って貰いたいですよね?──来ますよね!?」


 ぐわっと一年生に手のひらを握られて、友里はビクッとした。すごい圧だ。

 とにかく、圧に押されてしまって、友里はコクコクと肯定の頷きをするしかなかった。冷静な判断ができなかったことを友里は優に謝るが、優は「自分も軽率だったかもしれない」と2人で反省をして、すぐ許しあった。


 各々の家に帰ると、お風呂に入って、16時にはぐっすり眠ってしまった。




 そして、次の日。雨。


 10時待ち合わせに現れた優は、ライトグレーのTシャツと黒のテーパードパンツにベージュの薄い生地のトレンチコートをさらりと羽織って、友里に大きく手を振った。足元は、ハイカットのカーキ色のレインシューズを履いていた。雨の日に歩いているのに、つま先の白が、あまり汚れてない。颯爽と歩くからだろうか?

「…?優ちゃん…WEBからそのまま抜け出して来たの???まちかど美少女スナップじゃん!?!?可愛すぎるんですけど…もしかして、実在していないとかないよね???本当は、2次元の人なのかな?!?!可愛いのも納得する、宇宙から来たとか言われても、納得する、天然のライトもついてるもん!!!!」


 友里の朝の挨拶に、優は「おはよー」と返す。友里が落ち着いたところで、吹奏楽部員と落ち合う場所まで電車経由で歩き出す。「マーメードラインのスカートは辞めたの?」と友里が聞いてきた。

 以前、友里がプレゼントしたスカートをはいてくれると思っていた友里は、優にそう尋ねてみた。

「あれは、友里ちゃんと二人だけの時がいいなって思って」

(淑女計画としては、意味ないんだけどな~──。)と思ったが、優がすごくうれしそうだったので「ふんふん」と聞いていた。


「友里ちゃんの私服も、かわいい」


 唐突に優が、友里の私服を褒めた。優は白の7分袖のゆるい半袖に、くるぶしまでのからし色のシフォンスカートに黒の薄手のパーカーを着ていた。シューズもごつい感じの黒。蜂か?という感じだ。

(普段は、そんなにはっきりと言わないのに、こういう感じが好きなのかな??次の優ちゃんへのプレゼントの参考にしよう。)


「あんまりかわいいから、みんなに見せたくないなあ…」


 優は空に向かってそういう。15センチ差なので、友里に言葉が届かないのを知っている方式だ。ぼそぼそ言ってるのは伝わるため、友里がパっと上を見てくれるので、(姑息な手段だな)と自虐的に思う。


「今日楽しみだね」

「うん!」

 友里が笑顔で頷く。


 はたして、カラオケボックスに着いた。そこは、戦場だった。

 55名以上の吹奏楽部が、全員参加していたが、前日から予約しても20人までしか部屋をとることができなかった。時間区切りで、4時間、いれかわり式での打ち上げとなった。

「駒井先輩、今日は遅くまで大丈夫ですか?」スナック菓子を回しながら、一年生が言う。

「う~ん、昨日の疲れもあるし、筋肉痛もあるし、友里ちゃんが帰る時に一緒に帰ります」という言葉があったので、最初の1時間は熾烈なあみだくじをしたとか、しないとか……。


「優ちゃん、うたお~」

 友里が、優しいラブソングを入れた。

 …友里にタッチパネル式のカラオケリモコンが渡された時から、吹奏楽部員はその言葉を待っていた。優だけだと歌ってくれないことはわかっていたからだ。友里に言われたら、断らないはず……駒井優のトリセツが、だんだんわかってきた人の考え方だ。


 友里は歌うことにそこまで苦手意識はなかった。いつもは一発盛り上げますか!という気持ちで明るくて歌詞が面白くて、聞いてて気持ちのいいフレーズがある曲を入れる。うまくも下手でもない、普通な感じだ。明るい。

 しかしこの打ち上げでは、吹奏楽部のみなさんへ、優の淑女計画を実行しようと思っていた。こっそりと、大胆に、あきらめていたわけではなかった。

(この歌、昔のバラードだけど、優ちゃんがめっちゃくちゃ可愛いんだよね……!!優ちゃんの可愛さを、みなに知らしめる時じゃ)

 マイクを握る手も、汗ばんで興奮してきた。

「あ、スマホでの録画は禁止ですからね!!!」

 マイクを通して、友里が冗談交じりに注意した瞬間にハウリングがおこり、数人がピピ!!と音を立ててスマホを落とした。吹奏楽部の子達が録画するとは思わなかったが、友里自身が初めて優とカラオケに行った時に録画したのでそういってみただけだったが思ったより威力があってポカンとした。

 やはり、考えは一緒なのだ。

 結論として王子さまか、淑女か、と言うだけで。

「淑女だと、思っていただきたい!」友里は優にマイクをわたし、ニコニコとうたいだした。


 ───友里の計画は半分成功して、半分失敗した。


「わたし、下手なのかな…?」

「はあ?優ちゃんの唄はめっちゃ上手だからね!?多くのカワイイを越えてるからね!?!?一生聞いていたいのに!!!!!わたしのせいかも!!」

 友里もよくわからなかった。

(こんなに可愛いのに、どうして、何の感想もなく席を外すの…??)一部の女子部員は、固唾をのんで見守って小さく拍手をしてくれた。心なしか泣いている。しかし、数人の女子部員は優が歌い終えると、具合悪そうに外に出てしまっていた。藤崎部長が爆笑してるので、友里はまた呪った。


 優は歌がうまい。しかし、あまりにも甘い声なのだ。王子様から繰り出される、甘い女子の低音ボイスは腰に来るらしい。藤崎部長は、そんなみんなの様に爆笑していた。


「あんなの……!!!!耳が犯される…!!!」

「こわい!!!腰がざわざわする!!なんか!!すっごい恥ずかしい!」

「駒井先輩、ちょっと完璧すぎてこわくないですか!?」

「荒井先輩、よくあんなの真横で耐えられますね!?!?!みつめあってませんでした?」


 普通にトイレにきた友里に、部員たちが泣きついてきた。友里に、すがるように言われて、友里はようやく皆が退室した意味を理解した。


「え、かわいいでしょう、優ちゃん。もううっとりしちゃうよねえ、かわいいの塊…!!!いつもみたいにちゃんと誉めてあげてくださいよ。歌が下手かも、って落ちこんじゃったから…!」


 友里があっけらかんと、しかし熱のこもった声でそういうと、吹奏楽部の皆さんは悲鳴を上げた。

「かわいいって…?!あの声が……!?かわいいの意味、違いません!??!」

「荒井先輩、あなた一体、なんなんですか!??!」


 叫ばれた。このあとのセリフは、なんだかわからない悲鳴だった。


 打ち上げは、ランチまでで解散になった。

 友里がなんだかぐったりしてトイレから帰ってきたのを見た、駒井優ストップだった。

 後半の部の皆さんは悲しんでいたが、友里に黙ってこっそり録画していた部員の動画を見れたので、今度は生で聞けるといいね~、などと口々に言うのだ。生歌で聞いてた人たちは熱を帯びた声で「難しいわよ……」と言うだけだった。



 友里と吹奏楽部の皆さまは、少しだけ仲良くなった。

 というか、今まで張り合っていた子達はどこか友里を下に見ていたのだが、「荒井友里は、どこかおかしいのではないか」と慄いていた。言い知れぬ化け物を肩にのせて飼っているのに、ニコニコしているモノを見たような気持ちになっていた。

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