番外編③ 推し活

 どんなちゃらんぽらんに見える人でも、教師として職を得て、教鞭をとっている人は、2時間ほど時間を与えて心をほぐしてしまえば、真面目に教育論を語りだしてしまう。基本的に教育者は、いつでもどんな時でも、若者たちを応援している。

 そんな教師たちの、宴会が始まった。


「競歩大会、おつかれさまでした!!」


 まずは生ビール派が8割、送迎車も出るので、いつもはお酒を控える科学の吉田先生も本来のザルぶりを発揮してしまうらしい。最初から日本酒を熱燗で注文していた。

 林先生と、松原先生は、モスコミュールとドライジンを注文している。ビールは、もうそんなに好んで飲まない。

「お疲れさまでした、林先生」

「松原先生も、お疲れ様です。みかん!美味しかったです」


 カンパイ、とグラスを持ち上げる。松原先生に合わせて、林先生はグラスを当てなかった。同期なら、カツンと当てているところだ。林先生は、三十路で松原先生の、4つ上。


 林先生は両親に地元のみかんを大量に送ってもらって、親にみかん分以上の金額を仕送りとして戻した話とか、競歩大会の差し入れのチョイスけっこう悩みますよね!とか、今年の演劇部のコスプレがすごかった話とか、話題は尽きないが、


「荒井友里!頑張りましたね」

 校長先生に声をかけられて、松原先生は恐縮した。自分のクラスから1位の子が出ると、金一封が出ることになっている。リアルマネーなら、クラスの子たちにお疲れ様!と言ってジュースでもふるまいたいところだが、だいたい、図書券などなので、クラスの学級文庫に一冊、本を寄贈して終わるのだ。マッチポンプというやつだ。


「おめでとうございます!」

 林先生に皆からの賛辞が落ち着いたところで、言われて、松原先生は(私が頑張って指導したわけではないので、申し訳ないな)と思いながらお礼を言って、唐揚げとドライジンを飲み込んだ。


「いつもならこの役は、駒井優なので、林先生がもらっているものですよね。今回は完全に荒井友里のサポートにまわってましたね、すごい仲良しで……」


「ああ、駒井優……あの子は、なんか不思議な魅力がある子ですよねえ~~」


「あ~わかります、実際、どんな大人になるのかよくわからないですよね、可能性がありすぎて」


「荒井友里は逆に、意外と堅実な道を歩みそうですよね」

「確かに、お賃金のよい会社に、勤めそうです。ああ見えてクールな所があるので、どこに行っても冷静にその場その場を生き抜きそうですよねえ」



「……」

「……」



 2人は、なんとなく言いたいことを言えないような雰囲気で黙り込んだ。先日の個別相談の件で、飲み会に誘いたい、と思ったきり先に、学校主催の飲み会になってしまった所だった。

 ここで、話をして、個別相談の話を教師同士で共有しているという体にはなるが、しかしもっと踏み込んだ話を、林先生も松原先生も、したくてたまらなかった。だから言葉を選んで、慎重に、相手を見やる。


「「あの2人、そういうことなんですかね?」」


 かぶった。


 完全にシンクロした。


「きゃー---」と高校生のように二人は手を合わせた。周りの先生が、(なんだなんだ)という顔でのぞき込んできたので、手を放して、座りなおした。


「二次会の後、はなししませんか?」

「あ、良いですね、っていうか、二次会はいかずに、私の部屋なんかどうですか?」

「え、松原先生のお部屋いいんですか?」

「もちろんです、だって居酒屋で、色々漏れてしまったらよくないじゃないですか」

「たしかに!!!」



「幸せになるといいですね、あの2人…いや、もうなんか、うちの生徒全員!!」


「ほんっとにそうですよ!!!!幸せな子たちにはいくらでも課金してしまう…時間も、お金も…わたしたちのことは気づかないで、壁でも天井でも思ってもらって、みんなの懐にそっと幸せを入れたい…って感じですよ!!」


「わかります、だから時間外労働とか、しちゃうんですよ!!つらい!!」

「つらい~~~!!!幸せになれ~~~!」



 基本的に教育者は、いつでもどんな時でも、若者たちを応援している。日々が推し活だ。

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