第11話 梅雨入り前の討ち入り
友里の誕生日から少し経って季節は6月。すっかり暑くなり、衣替えの季節がきた。梅雨に入るとまた涼しくはなるが、半袖が待ち遠しかった友里は白いTシャツに、優がプレゼントしてくれたジャージのズボンをはいて、一応上着も羽織るが暑くなるかも、ジップは開けたままにして袖をまくった。ダボついた様子が格好よくて、少し華奢に見える。長袖だが、清涼感のある着心地、サラサラしている。学校の指定体操服より質が明らかによくて、友里はさすが優ちゃんチョイス、と、唸った。
優のとなりにいると小さく見えるが、友里も身長が163cmあるのでそこまで小さいわけではない。そして帽子のサイズは優より大きいのでシュンとすることもあるが、優のサイズの帽子を見るだけで「かわいいっ」と思えるので人生はハッピーで溢れている。
「友里ちゃん」
着替えが終わった頃、優がドアをノックした。友里の今日は第三日曜日ではないが、バイトはないので、朝から優とおでかけが出来る。キャップをかぶって、いざ。友里からドアを開けた。
「競歩大会の練習!よろしくお願いします!」
友里は深々と頭を下げた。
「わー。ジャージかわいい、似合ってる。夏になるから通気性のいいものにしたんだ〜、ポニーテールにしてもいい?」
優はキャッキャとうかれた声で友里への誕生日のチョイスが大当たりしたことを喜びながら、友里の真摯な決意を受け止めて、友里を抱き締める。かわいすぎる幼馴染みのためにも頑張りたいので、髪型は好きにしてください…と苦虫を潰したような顔で友里はまたも唸った。
ことの発端は、友里の誕生日。
放課後の15分間、二人で逢ってたことが吹奏楽部の皆さんにばれた。
だからなんだと言った優だか、それだけで済む問題ではなかったことを友里はしっていた。
もともとの吹奏楽部はわりとユルく、朝練はしてても全国を目指すようなガッチリとした部ではなかった。年末の定期発表会が主な活動で、それに入学予定の中学生達が招待されるのだが、そこで優が一年ながらトランペットソロを披露したことから部活へ入部する一年が殺到し、いままで部活には入らず、学校外で吹奏楽を楽しんでいた新2,3年の生徒達までが入部する事態になり、全日本吹奏楽コンクールの参加資格である部員55人以上をゆうに越え、部の意欲が向上、急激に部内の演奏能力が高まり、「どうせなら予選突破」から、音楽大学を目指すもの達も参加するようになり「やるなら全国制覇」という空気になってしまった。
「まずは7月の予選突破」そんな一致団結式に、友里との会瀬がばれた優は、それでも「誕生日のお祝いをしたかった」と食い下がり、同級生には「私たちもそう言うことはよくある」と同意を得られたが、一年生達に「最近の駒井先輩はよく遅刻するし、絶対に荒井先輩と逢うことが妨げになっている気がします」と責められてしまった。優はなんとかそこでおさめたかったが、友里がバイトを休まされて、吹奏楽部の血気盛んな皆さんに呼び出しを食らう羽目になった。放課後の15分がばれたら、このくらいのことにはなるだろうと、友里はどこかで思っていたが、優とは違うルートで部室の話し合いに迎え入れられた友里を見た優は、まさか、友里ちゃんをよぶようなことになるなんて……と心の底から驚いていた。
友里は、部の方針なら、放課後の15分を手放そうとしたが、優があまりにも悲しい顔をしているように見えたのでその決断を選ぶことが出来なかった。促されるままに、友里が椅子に座ると、遠くの椅子に座っていた優は友里の隣の席に移動して(ごめんね)と友里に耳打ちした。そもそも放課後の会瀬は、友里からいったわけでなく、友里のかわいい優が、友里にお願いと懇願して作り出した15分なのだ…。
「今度から絶対に、遅刻させない」
と、繰り返し約束するしかなかった。
「私たちは信用できません」と一年生。
「別に全ての時間を奪うとは言ってないんだから、その15分くらい諦めて、部活の後に遊ぶ努力に変えたら?」と三年生。
「コンクールがうまく行けば10月にはおわるんだから、我慢してよ荒井さん」と、二年生。
四面楚歌だ。優も友里も味方はお互いしかいない。
「よし、部活あとに逢おう!」と、友里は優を裏切り敵側にまわる発言が、喉まで出かけてた。逃げ癖のせいだ。しかしきっとそれがクールな解決方法で、時間もそれなりに出来る。
けれど、たぶん、優は、この高校生活で、おなじ学舎の中で過ごした思い出をなにより大切にしたいと思っているのだろうと、友里は思っていた。(優ちゃんは、たぶん学校の中でわたしといたいから商業科もあるこの学校に入ってくれた……と思う。だって優ちゃんならもっと上の高校いけるもんね)(確認したことはないけどっ)(自意識過剰かもだけど……)
だから、たぶん、──ここは優のために、友里は意地を通さなきゃいけない局面だとおもった。
「信じて貰うしかないです」
友里が言うと、「勝手すぎる!」だの「なにを考えてるの」だの、大勢の声が一斉に聞こえた。
「みんな、ごめん」
優がそう言うと、部室のなかはシンと静まり返った。コの字に並べた机に、友里と優は真ん中の列に並べて座らされており、まわりに吹奏楽部のみんなが椅子に座ったり椅子が足りない生徒達は壁に寄りかかったりして腕組みをして様子を見ていた。
「悪いとはおもってる…。けどわたしより遅く来る子はわりといるし、去年までみんなが揃うまでのんびりとやってた部活だから、居心地も良かったと思うんだ」
優が、いつもより冷静な声でそう言うので、友里は怒ってるのかな?と思った。珍しい…けれど吹奏楽部のみんなは、そんな優の様子の方が当たり前みたいな顔をして「駒井さんは冷静だから」などボソボソといっているので、友里は少し不思議な感じがした。
「友里ちゃんをこの場所に呼ぶのだけは、やりすぎな気がする。わたしだけで良かったんじゃないかな…わたしのはなしだよね」
「でもそれは」
「荒井先輩は当事者じゃないですか!」
「……わたしは、わたしの五分の遅刻がみんなのモチベーションの妨げになるのなら──部活をやめたいとおもっ」
「優ちゃんストップ!!!!」
隣に座って聞いていた友里は優の口を物理的にふさいだ。友里の手のひらを唇に感じて、優は驚いて思考停止する。
「こんなに怒った優ちゃん見たの初めてだよ……みなさん、ちょっと落ち着いてください」
友里は優が落ち着くのを待って、そっと手を外した。電車のなかで優が""みんなに優しい王子さまだ""と言って誉めちぎってたのは、なんだったのか?優になにを求めているのか、ただみんなの欲求を満たすためのお人形さんではないんだ、とか色々言いたいことはあったけれど、優が皆に失望して、吹奏楽をやめることは違うと思った。
「みなさん、優ちゃんが好きですよね……?」
とっぴな友里の発言に、一年生はこくこくとうなづき、2、3年生は(それがなにか?)と言う疑問の顔をした。つまりみんな優が好きだ。これは、いける気がした。
「優ちゃんが部活をやめることを希望してるわけではなくて、優ちゃんの遅刻さえなくなれば、皆さんのモチベも下がることなくコンクールを目指せるんですよね?」
「そう…なるね」
と、部長がいう。彼は優に告白キャンセルした男じゃないか!(苦しめ……)と友里は呪う気持ちに思考を奪われそうになったが、懸命に、はなしを続けた。
「信じて貰うしかないんですけど、ここからは絶対遅刻しません、わたしがさせません。だから、優ちゃんの自由を、部活と言う正義で奪わないでください」
友里はペコリと頭を下げた。浅い気がして、もう一度深くあたまをさげて、そのままの態勢で「お願いします」とさけんだ。部室の空気が、確かに遅刻しないのなら、個人の付き合いにまで口を出すのはおかしいかも、と言う方向に傾いていた。
「今度の競歩大会で、どうせなら私たちより早くゴールするとかそのくらいの意気込みを見せてくれないと、信用できません!」
一年がそういった。いつかの体育館から校舎に戻る昇降口で嫌みを言った子だ。優より劣る友里が、優のそばにいることをゆるせない子だった。(わたしがさせないって何様のつもりなの)とボソボソ言っている。絶対に友里の足が遅いことがわかってて、言っているものだった。
「わかりました」
友里は、優の怒りは止めたが、自分の怒りは止めなかった。(だってこれは、わたしだけじゃない、優ちゃんもバカにしているから。優ちゃんの遅刻ごときで下がるモチベーションで全国を目指すとかふざけるなよ!ガタガタ言いやがって。)
「絶対一番は、うちの優ちゃんなので、わたしは二番でゴールして見せます!1-2フィニッシュです!」
友里は力のかぎり叫んだ。部長が面白がって一番に拍手をして、二年生はそれにつられ、三年生は指笛まで吹いたが、一年生はどんよりとした暗い空気に包まれていた。
「あのときの友里ちゃん、本当に格好良かった……」
優の語尾に、ハートを見た友里は(かわいい。)と端的に思った。あの場の雰囲気にのせられて、いま、競歩大会の特訓をする羽目になっている友里は、優へのかわいいパワーでなんとかならないかと思っていた。
1キロしか走ってないのに目はチカチカするし、お腹はいたいし、呼吸のしすぎで気管支がつめたくて痛い気がしてきた。リンゴの香りがする。
しかし、あのときの啖呵をすごく気に入ってる優がうっとりと何度も、「友里ちゃんかっこいい」と言ってくれるので、あと150キロはいける気がした。
「わたし、本当にあの放課後の15分が大切だから、友里ちゃんも、大切にしてくれたみたいで、すごい嬉しい」
(大切なのは全部、優ちゃんなんだよ)と友里は思う。「へへ」と照れて笑うと優も「ふふ」と笑ってくれた。
「わたし、コンビニをしばらくお休みしたよ、あっちは人手があるから…」と友里。だから、平日も少しは、練習に当てられる。優の暇がゆるすのは日曜日くらいだろうけれど。
「いいの?」
「うん、バイトリーダーが9連勤で倒れたときに、14人も集まったの。店長のシフトがマジでいい加減ってことになって、シフト組み換えても二時間くらいしか出れなくなったから、ちょうどやめて次のとこさがそーっておもってたんだ」
「ごめんね。わたしが管理能力足りなくて…友里ちゃんと一緒にいたくて…部活には入らない、よね」
「楽器。出来ないよー、楽譜も読めない〜〜」
友里はうなだれた。
「とりあえずは早く走る方法を教えて下さいお願いします!右足だして左足出す以外で──」
なにも考えずに足が早い、運動能力に長けている優が言いそうなアドバイスに先手をうって、友里が言うと優は(確かに)と言う顔をした。やはり言うとこだったのだ、このかわいい子はそういうところがある。
「ちゃんと調べるからね、今日は友里ちゃんがどんな感じか、見る日にしよ!兄にも聞こう、兄は長距離の選手だったよ」
ありがたいけれど、やはり優がうかれてるような声なのは気のせいだろうか?友里が負けたら、どういう条件になるんだろう?もう優と逢わせないとか言われるだろうか?と、友里は怯えているのに、優はのんきなものだなと思う。
「さすがにそこまでされたらもう黙って従わないよ」
氷のような聞いたことのない声質で優が言うので、(もしかしてこれは、吹奏楽部の皆さんの為でもあるかもしれない)とおもいはじめて、より頑張らねばいけないと、一生懸命、走ることにした。
「友里ちゃんとランニング、たのしい」
6月の梅雨はすぐそこまで迫っていたが、今日は快晴、優の心は限りなくご機嫌に近かった。
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