第10話 友里の誕生日
(川に落ちたおかげで優ちゃんがそばにいてくれてラッキー!一生そばにいられる)
(優ちゃんの意思でそばにいてほしい!)
(生意気なやつだな!そんな価値お前にあると思ってるわけ?)
「んあ~~~~~!!」
友里は眠れないまま朝を迎えた。小学生のとき、友里が退院するまで毎日面会に来てくれた優の精神状態を考えたら、このくらい自分への責を感じる手紙を書くだろうと想像できる性格だと、わかってはいるのに、どうしても、良い感情と悪い感情が交互に押し寄せて、そのどちらもあり得ることだから、胸が苦しかった。
責任を感じてるなら、””そんな責任は優が覚えることではない””と、ちゃんと伝えないとすっきりしない、今日にでも言おうと意を決して、もう眠らずに制服に着替えた。
(あとさー、淑女計画だと始めたのに、特になにもしなかったなー……)
優を女の子みたいに着飾らせても、自分には優がどんな格好でもかわいいからなんの変化も感じなくて、二年もあれもこれもと計画したことの半分も実行できなかった。もしかしたら、逃げ癖があるのかもしれない。
この問題からは、ニゲナイゾ……たぶん。
しかし。
あっという間に放課後になった。
(逃げないって!!言ったくせに!!)
友里は今日は誰の言葉も聞こえていなかった。母親や乾萌果、岸部後楽に、なにか言われた気がするが、うわのそらという言葉がぴったりの状況だった。
(後でちゃんと聞かなきゃ……)とその場でメッセージを送っておいた。すぐに何通かメッセージが戻ってくるが、既読にもせずスマホの電源を落とした。
友里は初めて足取り重く、いつもの空き教室に、優に逢いに向かった。すでに優はそこで待っていて、夕焼けのなかに美しい輪郭をかたどっていた。産毛も毛穴もない肌、内側から光るような微笑みで「友里ちゃん」と手を振って、サラサラの髪がキラキラと揺れている。頭の中に””きらきら星””が流れる。キラキラ光る、お空の星ヨ…。
パタパタと上履きをならしてちかづくと、サッと優がポケットから金色に光るクラッカーを取り出し、鳴らした。
「お誕生日おめでとう!」
クラッカーは中に収納されているタイプで、ごみの一つも落ちなかったがキラキラのラメが、友里の目の前を落ちていった。キラキラの優が、素早くクラッカーをしまい、パチパチと友里の誕生を祝う拍手をした。
「え?!もう5月25日?!」
友里は奇声を上げた。
「そうだよ!おめでとう」優は笑顔で、友里の驚きぶりなどわざとに違いないと意に介さないで用意したケーキは生ケーキだと電車や自転車を利用してバイトに行く友里に迷惑になるかもしれないからパウンドケーキにしたことを告げながら、小さなリボンのついた包みを渡してから、おおきめのうすい新緑の不織布で柔らかいプレゼント袋を友里に笑顔で渡した。そしてその隙間に、小さくお花を差し込んだ。そして、かわいい銀色の王冠を模した帽子を頭に載せられる友里。
あっという間に友里はお誕生日様になってしまった。
「優ちゃんって、緑色好きだっけ…?」
プレゼントの袋が緑だったので、友里はそう聞いてみた。優は、にっこりとほほ笑みながら
「そうだよ、…スマホのケースもターコイズブルー……なんだけど」
「えっと…友里ちゃんも、好きな色だよ…ね???」
友里はぱっと顔を優の方へ向けた。「そうだっけ?」という顔をした友里に、優は顔を赤らめる。「ちがった?」と小さくつぶやいた。
「小学校の時に、この色が一番好きだから優ちゃんにあげるって、セボンスターの指輪を友里ちゃんがくれたんだけど…覚えてないかな…?」
セボンスターという名詞が優の口から出てきて、かわいすぎて目の前がくらっとした友里だったが、それよりもそんなことを自分が言ったのか…?という方向にも驚いていて二の句が継げずにいると、優が先にわたわたと慌てるような素振りをした。
「……う、覚えてなさそう、ごめん。わたし気持ち悪いかな……ずっと友里ちゃんが好きな色だと思ってた……!」
「なんだ…!そうだったんだ…!」
「なにが?」
突然の大きな声に、優が驚く。
「だってお手紙に!緑は決別の意味って!!書いてあったから!!」
友里は、思いのたけを思わず叫んだ。寝不足も祟って、主語も何もなく話し出す友里だったが、事の重大さをすぐに理解した優は、それを笑うこともなく、ふんふんと聞いて大体の要点を導き出す。
①優たちが小学生の時に書かれた手紙を高校生の今、読んだ友里。
②優が友里と決別したいのに、言い出せず手紙の色に託したと思っていること。
③それに気づかないので、今更手紙にその意味を書いてみたと思っていること。
④友里の怪我を自分のせいと思った優が、友里の願いをかなえるために一緒にいると思っているんだと、思っている
──そういう要点を。
「……そっか、友里ちゃんあの折り紙、あけちゃったのか…紛らわしいことが書いてあったよね…渡した後に、間違えて渡したことに気付いて、戻してもらいたかったけど、友里ちゃんは絶対に開かないって言うから…。捨てちゃってよかったのに」
「優ちゃんからの贈り物は、捨てられないよ……」
「……!…──そっかあ…」
心なしか、嬉しくなる優だったが、友里はその表情には気付いてなかった。言葉にしないと、伝わらない。顔の赤いことも、今、優が、友里にすごくドキドキしていることも。
「友里ちゃんに送るものは、友里ちゃんの好きな色で飾りたい、って思っているだけで……手紙に使うインクの文字だって、昨日気付いたんだ。だから、戒めに記しただけで…わたしはずっと、友里ちゃんと一緒にいたいって言葉だけが真実だよ」
「そして、折り紙に書いた、あれはわたしにとって、誓いみたいなもので…。書いてから、全部しまっておいたんだ……そしたら、兄が邪魔してきて、間違えてその、一番かっこよく折れた物を渡したら、気づいたらあの紙が友里ちゃんに渡ったというすごいかっこ悪い出来事で…ほんとに、誓いは、本当に全然見せるつもりはなくて」
「誓い?わたしの、そばにいることが……?」
「そう、…友里ちゃんが、許してくれるのなら……」
二人の関係が、もしかしたら変わってしまうかもしれないと思っていることも、良いほうにも悪いほうにも、変わることができるこのタイミングを、優が見計らっていることも、言葉にしなければ、何も伝わらない。
「友里ちゃんが、入院している時、””絵本の最後にある、ふたりはずっと幸せに暮らしました!ってやつしよう””って言ったの、覚えてるかな……?」
優は、小さい声で、しかしはっきりとした言葉遣いで、友里に聞いてみた。友里が「お気に入りの絵本だったやつ?」と聞き返して、優が頷いた。
「二人でよく読んでいたよね……あの、川の事故の前にも」
「うん…」
友里が、つぶやく。優は自分の心臓がドキドキというより””トトトトト”と早鐘に変わっているのを感じた。心臓が口から飛び出そうだった。どうしよう、頭が膨張している感じがするのに、友里には優の変化を感じている気配すらなかった。いや、友里にはいつもより優が冷静というか、冷たいようにすら感じていて、怖い、と思っているようだった。
「優ちゃん、どうしたの、少し怖いよ」と友里は思っていることをすぐに口に出した。
「ごめん、怖がらせるつもりは、無いんだ……どうしよう、止められない」
優はハッとして口を、指先で押さえた。このまま怖がらせて終わって、いつも通りに戻れるだろうか…優は思った。
───好きだよ。友里ちゃん。
募る思いを打ち明けて、友里がどうこたえるのか、怖かった。
普段ならある程度、友里がどう思ってくれるのかわかるのに、この想いが、友里にとって、どう作用するのか全く分からなかった。
友人としての、スキと受け取るのか。
恋人としての、好きと受け取るのか。
優は、友里のことをずっと恋人として好きだと思っていて、あの事故の時にそれを自覚した。友里が一緒に生きていってほしいと言ってくれて、すごく感動したし、友里が自分の王子様だと思えることが、すごく嬉しかった。
でも、友人として、幼馴染として、親友として、ご近所さんとして、たくさんの属性を持っているのに、恋人だと名乗ることが、良いことなのか、きちんと確認できなかった。友里は、優を恋人だと思ってくれるだろうか……?
それよりも、その属性全てを失うかもしれない、という恐怖も襲ってきた。
けれど、今言わなければ、もう言う機会がないかもしれない。想いだけでも、伝えたい。告白のその先を、友里はわかっていないかもしれないけど…。
「友里ちゃん、わたしは、あの事故がある前から、ずっと…──ずっと、友里ちゃんのことが、」
友里の手のひらをそっと自分の手のひらで包み込む優。友里は、優の指先が冷たくなっているのを感じた。
友里はもう、気づけば優のことを怖いと思わなくなっていた。優が、必死に何かを伝えたがっているのがわかってきていた。それはとても良い意味のもので、友里が勝手に決別を誤解した、その誤解自体を解くための言葉を、必死に探してくれている事を、友里は、とっくに理解していた。
だから、今言おうとしている言葉は、きっと友里が聞いたらすごくうれしいものだということも、わかっていたから、優に包まれた手のひらを、友里は握り返して、両手で包んで、じっと優を見つめて、その言葉を待っていた。
「友里ちゃんの、ことが」
「──うん」
「せんぱい!!!!!!!!!!!!!!!いたあああああ!!!!!!!!!!!」
がらああああああ!!と教室のドアが開いて、吹奏楽部の一年生が入ってきた。「は?荒井先輩もいるじゃん、嘘でしょう?」「何してんの?」「え、二人で会ってたってこと???」「ひいきすぎない???」など口々に言いながら4人も入ってきた。
「学校中探したんですよ!もう四時半!!」
「え!あ、ほんとだ…!ごめん、少し遅れるってみんなに言ってくれます?」
「ダメです!!!もう遅れてるんです!!!行きますよ!」
時計を指さしながら、一年生が怒鳴る。握った友里の手を、チョップで叩き落すと、優の両脇に、蝉のように二人ががっしりとしがみつき、背中を一人が押すようにしがみついて、友里から優を引き離す一年生たち。時計を指さして怒鳴っていた一人が、私はどこに張り付こう!!と悩んで優の胸にすり寄ると他の三人に烈火のごとく怒られた。
「ごめん、友里ちゃん」
「あ、うん!!」
友里も戸惑いながら、優を見送る形になる。首まで熱くて、冷えた指先で頬や首をおさえながら、友里は優が引きずられていく様を眺めていた。(いや、ちょっとは抵抗しようかな)と思い、意を決して叫んだ。
「あと5分だけでも!!!」
「「「「だめです!!!」」」」
───女子の団体ってどうしてこう恐ろしいのだろう。友里は縮み上がった。
「後で連絡する」
優にそう言われて、こくこくと頷いた。
「あ!優ちゃん言うの忘れてた」
大きく手を振って、友里は、もしかしたらこれを言ったらまた一年生に睨まれるかも、と思いながら、いや、でも、今言わないと!絶対に後悔する!と思って大きな声で言った。
「誕生日プレゼント、ありがとう」
「どういたしまして」
優に満面の笑みで微笑まれて、友里はサムズアップで答えた。二人の一年生は思い切り睨んでいたが、あとの二人は優の笑顔を見て、顔を見合わせていた。(こんな駒井先輩の笑顔、初めてかも)
その笑顔を引き出すのが、荒井友里なら、引き離す行為は、駒井優にとって悪いことなのでは?と思っているし、笑顔がとても可愛くて、すごく女の子だな、とも思っていた。
荒井友里の、駒井優が””かわいい””ことを世間に知らしめる「優・淑女計画」、少しずつ実を結んでいる、のかもしれない…。
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