第9話  手紙

 ハサミを探して、友里は机の上をまさぐった。最後のボタン付けの糸をパチンと切って終わり。きれいな真っ白の制服シャツが出来た。

 天井にライオンキングのシンバのように高くかかげて、(優ちゃんに似合うといいなー、でも着てくれないかもなー)呟きながら、一度軽く洗って干して、アイロンを掛けてまるで既製品のように薄いボール紙をかませて、綺麗なビニールにいれた。

 このシャツは、優に渡そうと思っていた。

 友里の一つ目の長所は部屋にものがないこと、二つ目はひたすらシャツが縫えることだ。モノはないが、布の束はクローゼットに2ロールある。2歳からの幼馴染みである優にも秘密の得意技だ。シャツを渡すときに、秘密を教えることになるから、いまから少しだけドキドキしている。

 優の採寸は、しかし、きちんとはしてないので、購入する服のサイズから作った。いつか、優に協力してもらって、優のウエディングドレスを作ることが友里のいまの夢だ。その一歩として堂々と採寸をお願いできたらいいなと思う。

 ウィッグを買うと告げずに頭の寸法を測らせて貰ったときに(これならもしかして全身を測らせてといえばノリで出来るのでは)とちらりとおもったのだが、"採寸は下着姿が最適!"とワンポイントアドバイスにかいてあって、さすがに放課後の教室で優を下着姿にすることなど友里には出来なかった。

(実はシャツなら下着にならなくても測れたので、後で友里は軽くうなだれた)


 お裁縫が得意なのに、先日、優につけて貰ったジャケットのボタンを眺めては、だらしない笑顔で笑う。得意なことでも、大好きな子にして貰ったものは特別なのだ。それに、優の仕事は丁寧で、さすが友里の大切な淑女だ。(いやほんとにボタンが外れかけてたのは気付いてなかったからね?ホントに偶然だよ)と誰にでもなくいいわけをする。


 うずうずとして、スマホでメッセージを送った。

【プレゼントがあるの、良かったら受け取ってね】


 未読はつかない。まだスマホがなおってないのかもしれない。スマホがなおったら、一気に友里のメッセージが届くのだろうか?少し恥ずかしい。


 恥ずかしいといえば、約束した手紙。優はそろそろ読んでくれただろうか?友里は優の手紙を貰ってすぐ読んだが、優は後の楽しみにするね!と"放課後15分"を友里とのおしゃべりにしてくれた。

 購買で売ってた白い便箋を半分こにしたから、ふたりともおなじ便箋なのに、友里の手紙はたくさんのシールとマーカーペンで彩られて、優の手紙は優がいつも手帳で使っている深い紺のペンで、壮麗な美字で書かれていた。まるで全く違う便箋を使ったようだ。

 今日あったことや友里とまた遊びに行きたいな、とか誕生日の予定は?なんてこともかかれていた。(これは返事を書かなきゃいけないタイプのお手紙だわ)と友里は苦笑した。

「そう言えば、知ってる?みどりのペンでかいたお手紙は色褪せやすい時代があって、決別やお別れの意味がある国があるんだって。この間一目惚れしたすごいきれいな色のペンが深い緑で、最初それで書き始めたんだけどあわてて変更しました。友里ちゃんとずっと一緒にいたいから。」

 ──まるでラブレターみたいだな、にやにやしてしまう。友里は自分が緑を使ってたかどうかだけ確認したいなーと思いながらも、それは不可抗力だからゆるしてね、と、またとどかない優のスマホにメッセージを送った。

 お手紙は良い。何度も読み返そう。宝箱にいれておかなくては。


 そうだ手紙といえば、と、友里はたからものを入れてあるきらきらしたブリキの缶を開いた。それは優に中学生のときに貰ったお菓子セットの缶。蓋はターコイズブルーで一面塗られてあって、その青のなかに白い猫の空を眺めているような、背中が描かれている。子猫の旅立ちの勇姿のようでとても気に入っている。

 たくさんのキラキラした優から貰ったもののなかに、新しい手紙をそっとしまい、幾何学的な折り紙をみつけ、手に取る。折り目をそっと開いてみると「ぴ」とイヤな音がして紙が破れそうになる。光に透かしてみても、折り紙の柄なのか、なかに手紙が描いてあるのかなんなのかよくわからない。

「優ちゃんは書いてないって言うんだから」

 信用したし、このひまわりのような幾何学的な折り紙をひらいて、戻せるとは思えない──だから、友里はいつもそこまでで諦めていた。しかし、優の態度が妙にきになり、意を決して開けてみることにした。


 1時間。バイトが終わってから様々な身支度をしたので、もう夜中の0時をまわってしまった。少しだけ開いたそれは、もう既にもとに戻せる気がしない。半泣きになる。

「あ」


 けれども、折り紙の裏面の白い部分が見えてきた。そこに字らしきものが、書いてある。やっぱりお手紙だったんだ!と思ったのも、つかの間。

 緑色でそれは書かれていた。


「友里ちゃんが一緒にいたいといってくれるかぎり、」


 どくんと心臓が鳴った。ピリッと少し破けてしまって、「あっ」と声が出た。おなじものはこの世に二つとないので気を付けていたのに動揺が指先に現れた。


「友里ちゃんが一緒にいたいといってくれるかぎり


 きっとわたしは友里ちゃんの物語の最後まで、いうとおりにします。怪我をさせてごめんなさい。なんでもするって約束は、ずっと守ります」


 小学生の字とわかるが美しく整っているそれは紛れもなく優の字で、

「えー……これは……あの事故の後だったのかな」


 友里はもう一度読み返す。友里が一緒にいたいといったから、いてくれる?優ちゃんの意思ではないってこと?

「悪い意味にとらえたらきっとだめなやつだなあ、たぶん、優ちゃんはずっと一緒にいよーねっていみでかいてるよね」

 胸の奥がずきんと痛む。川に落ちて怪我をした友里のことを優は自分が悪いとずっと気にやんでいて、だからそばにいてくれるのかもしれない。

「身の程というものを考えた方がいいですよ」という吹奏楽部一年生の声がいまさら友里の耳にとどいて、聞こえてきたような気がした。

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