第7話  昔のはなし

 全校集会の最後、駒井優は3月にあった競泳の日本選手権の表彰式のために壇上に上がっていった。友里は昨夜からほとんど寝てないこともあり、お昼後の5・6時間目を使って行われる全校集会では眠さのピークを迎えていたが、この壇上に上がる機会を利用してまた、優にロングヘアのウィッグをつけて貰ったのだ。

 息を飲むほど美しい。体育館に差し込む光りすら味方して、光の粒が優の全身を包み込んでいる気がした。優のおかげで眠さが宇宙の向こうまで吹っ飛んでくれた。舞台の迫力。許されるなら友里はブラボーと繰り返すブラボーおじさんになりたかった。


「駒井優さん、だよね?いつもと感じが違いますね」

「…かわいい子からのお願いで、仕方なく…です」

 壇上で優と校長先生がこんな会話をしていたことは、全校生徒には聞こえてなかった。


 ロングヘアの優はおおむね好評で、クラスの男子から「お前の幼馴染み、美少女じゃん」の声も聞けた。(髪型がロングでなくてもほんとうに美少女なんですけどね?髪型ひとつでなんと容易いことだろう…)と友里は思ったが、(計画通り…!)とほくそえんだ。


 優が壇上から降りてきて、友里と目が合った時に腰の付近で小さくピースをした。普段淑女で礼儀正しい優がそんなことをすると思っていなくて、友里はどきりと心臓が鳴った。優は時々お茶目なことをする(…そんなとこもかわいいんだから)

 どこかでキャーと高い音がして、友里へのピースだと思ったが、ほかの人も自分へのピースだと思って友里とおなじように胸が高まったのだろう(…お茶目するから…)

 ──また、優のファンが増えてしまったか…誇らしいような面倒くさいような、チクリと胃の痛みを覚える友里だった。



「荒井先輩は泳げるんですか?」

 体育館から教室に戻る渡り廊下の昇降口で、普段からよく絡んでくる吹奏楽部の一年生が友里に話しかけてきた。珍しい…、友里は地面にちょこちょこあるくセキレイが近づいてきたときのような反応をしてしまう。

 余計なことをして逃げられるか、うまく懐いてくれたら嬉しいけど絶対無理だろうなと頭ではわかっている状況だ。

「ロングヘアの優どうだった?一度部活にもしてったんだけど」

 きやすく気さくなお姉さんの感じで友里は一年生に話しかけてみた。

「そんなの素敵に決まってるじゃないですか!駒井先輩の優美さを自分の手柄のように語らないでください!」

 ピシャリとそう言われてしまう。そんなことより質問にこたえてください、と一年生はイライラと言った。

「わたし、およげないんだよね、水が怖くてー」

 友里は自虐的にそう言った。すると一年は「やっぱり!」とぷぷっと噴き出して「駒井先輩の幼馴染みなのに?」と言った。

(そりゃ優ちゃんとわたしは別の人間だから当たり前でしょ)とポカンとして思ったが、彼女が言いたいのは"釣り合いがとれてない"という話だった。

「駒井先輩に嫌われたくないから言いたくないんですけど、あなたのためにいってあげてるんですよ、身の程というものを!考えた方がいいですよ」



 そう言いたいだけ言って、一年生は朝に見せた猛ダッシュであっという間に校舎に消えていった。


 優が王子ではなく淑女であることを皆に知らしめるだけで良かったのに、どうしてかわいいセキレイに泥をかけられるようなことになってしまったのか。


「なんだあの一年、しめたろーか」と岸辺後楽。

「私らがやるより、駒井くんにやらせたらいいんじゃなーい?」と乾萌果。

 二人がいることに、友里も気付いてなかった。一年生に言われっぱなしの友里を見かねて、肩を組んでくれた。

「いじめられてんなら先にいいなよ」

 後楽が水くさいなと言いながら慰めのチュッパチャプスを渡してきた。「いじめるやつこそカウンセリングしろよ」と悪態をつく。


「いじめられ……てるのかな」


 友里はチュッパチャプスを受けとりながら、今までのコトを思い返した。しらない人達に、優のためだと言って食って掛かるのは、孤軍奮闘しているつもりだった。自分が一方的に苛められてるとは思ってもみなかった。

「距離感バグってるとか言ったけどさ、どこかのだれかさんに邪魔されて、友達と好きなときに逢えないのやっぱおかしーわ」

「ロミジュリじゃん?」


 一緒にいるためには死を選ぶほど…?いやいやいや、自分はともかく優は千年先まで生きててほしい!いや、生きてる様を眺めていたいのでやっぱり一緒に生きていたいから、ロミオとジュリエットの物語は、優と友里の物語ではない。

 友里は「大丈夫!」と握りこぶしを見せた。

「優ちゃんの正当な評価を見届けるまでは、わたしは負けないよ!」

「おう、応援してあげよー」と二人はわらった。そして「ところで駒井くんのウィッグいいじゃん、サイト教えて」と友里にスマホをかざした。

 友里のことを心配はしているからこそ、空元気を応援してあげたいふたりだった。


「すごいサラサラだよ」

 三人の後ろ、高いところから甘い声がした。


「駒井くんじゃん、遅いよ!友里いじめられてたぞ」


 後楽が友里の「ユウチャンカワイイ」の鳴き声より先にいうと、優はサッと顔色が変わった。

「イヤな思いさせてごめん」

 優は自分の責任かのように謝った。

「優ちゃんのせいじゃないよ!」

 友里は慌てて言い返した。優が謝ると、あの一年生が優の責任の範囲にいるみたいで、気持ちがモヤモヤした。

「吹奏楽部の人が勝手に言うのなんていつものことじゃない!」

 優はまだ困ったような顔をしていたが、友里がこれ以上深掘りされてほしくなさそうだったので会話を切り上げた。


「やっぱりこれ、はずしていいかな?鏡に映る自分が、お化けみたいで怖いや」

 ウィッグをそっとさわりながら、優はおずおずと言った。

「ありがとう、無理してくれて…でも計画に一歩近づいたよ!」

「そっか、良かった。友里ちゃんが喜んでくれると嬉しい」

 にっこりと美少女な優はほほえんだ。今日はほんのすこしだけお化粧もさせてもらった。ほとんど毛穴がないのでパウダーをはたいてリップをつけただけだが、異常に美女ぶりが上がる。

「でも肩幅あるから男ぽいよね」

 優は恥ずかしそうだが友里は御機嫌だ。

 ウィッグを片付けに友里は名残惜しそうにしながら先に教室に帰った。

 残された乾萌果がジャケットのポケットに手をつっこみながら、「友里って、泳げないんだね」と優に何の気なしに話を振った。



「あー…わたしがおぼれたせいだよ…」


 後楽と萌果は顔をみあわせる。


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