第6話 通学もいのちがけ
友里と優が高校へ一緒に登校したのは、入学式以来だった。
(なんてすがすがしい朝だろう、隣を見上げると、世界で一番美しい人がそばに。天然の空気清浄機だわ)と友里が心の中で思っていると、キャー!というけたたましい声であっという間に、天然の空気清浄機は女の子たちに囲まれてしまった。
「駒井先輩!こんな時間に逢えるなんて嬉しいですけど!リーダー会遅れちゃいますよ!」
「駒井先輩と一緒に学校行けるなんて最高ですけど、リーダー会大丈夫なんですか?」
前のほうがいらなくない??友里はイラっとしながら思った。(リーダー会ってなんだよ、部活用語かな、わからない言葉で話しやがって…)でもしかし、それは優への賛辞で、当然の枕詞なので怒る事ではない。いっそ同じ気持ちだ。友里も、一年生女子と同じ気持ちなのだから、きっと分かり合える、そう信じていたい。
「王子だ~~♡すてき~~♡ほんと、朝から眼福!!!」
その部分だけが、いつまでもいつまでも並行線だ。世界から戦争が無くならないわけだ。なんとか折り合いをつけて、お互いの理解を深めていくのが世界じゃないのか??優を中心に生きている私たちが、重なる必要もなく、争う理由なんてないのに。友里も優を王子と言いたくないのだから、お互い様なのだけど。
「優ちゃんはお姫様なので…今だけでもプリンセス扱いにしてくれません?私が見てないところは我慢するので…!」
譲歩する気持ちで、リーダー格の女子にそう言ってみた。
「あら、荒井先輩もいたんですか?部活違うんですから、ちょっと今は入ってこないでください。吹部の時間ですよ!」
「そうですよ、荒井先輩は私たちよりずっと一緒にいられるんですから、今くらい譲ってください」
言葉は理解されず、強い語気で怒られてしまう。友里の心は折れはしないが
「ぐう……」ぐうの音がでた。
友里だってあまり優と一緒にいられないし、昨夜は連絡がとりあえずすごい寂しい思いをしたのだ。もう少しとなりで、優のオーラを感じていたかった。
「わかりましたよ…じゃあね、優ちゃん、また」
しかし一学年とはいえ、年下の女の子たちにこれ以上嫌な気持ちにしたくもないし、されたくもない。友里は放課後15分を心の支えに、別の車両に移ろうと歩き出した。と、強い力に引っ張られてそれ以上先に進めず、首をひねって後ろを見やる。
「待って、友里ちゃん。そばにいて」
優が、眉を寄せて懇願してきた。(そんな……)きゅんと友里の胸が鳴った。
(そんなかわいい……生まれたての子犬みたいな顔されて、断れる人いるんですか?!かっわいい……!!かわ……!!ほら!そこの人!どう思うのよ!)という気持ちで振り返ると、皆ほぞを噛む表情で(駒井優の意思に従います……)と言わんばかりの空気で俯いていた。
タタンタタンと線路の継ぎ目の音を聞きながら、優の胸に包まれ、覆われるような形で車内のドア付近を背に佇む友里は、優の背中をじっとりとした顔で見つめる般若のおめんかくやのみんなの視線から、いつもはかかないタイプの汗がじっとりと背中に溜まっていくのを感じていた。
(優ちゃんと通えるのはうれしいけど、これがなあ──)
「友里ちゃん?それでね、わたし、しばらくスマホがないかもしれないから」
「おけおけ、わかった。交換日記でもしよっか?」
冗談っぽく友里が言うと、「いいの?」と優が本気にした。
「いいけどお兄さんが一日でなおるって言ってたじゃない」
すぐに(冗談だよ)と友里は笑う。
「うん、そうなんだけど、一日だけでもいいからしない?友里ちゃんからのお手紙、久しぶりに欲しいよ」
優に言われて、友里はまんざらでもない気持ちで胸がホコっとあったまった。そういえば小学生の時、お手紙ブームが来ていて、毎日のようにかわいいお花に折りたたんだお手紙を優に渡していた。内容はたわいもない、日常の出来事だった気がする。
優は、理系の大学院生が作ったような幾何学模様の折り紙を返してくれたので、まだその紙を開けずにいるのだけど、本人が「中に何も書いてないから、開けなくてもいいよ」というのでそのまま部屋の宝箱の中にしまってある。
「優ちゃんほんとに、あの折り紙、何も書いてないの?」
何の気なしに、友里がそう聞くと、優は「何の話?」と全く忘れたような顔をしていたが、幼馴染のカンで、覚えている気がした。もしかして、あれには何か書いてあったのかもしれない。その前のお手紙には、なにをかいたっけ…?小学生の時から優の可愛さかれんさを讃えていたことだけは確かだけれど───
(家に帰って、開けそうだったら開けてみようかな)友里はにっこりとしている優に「へへ」と笑い返して、「じゃあ、帰りまでに優ちゃんも何か書いてね」と約束した。
「いいよ、楽しみ」
優がにっこりした。
岸部後楽に言われた「会話」をしている気がして、友里は(これか~~~!!)と思った。四面楚歌状態であれば、友里もめったやたらに優を褒めることなく、会話ができることに気付いた。GJ一年生。
しかしちらりとそちらを見やると、本当に、そろそろ刺されるのではないかと思った。学校前駅に到着して、友里はせめて校内まではお譲りしますとばかりに走り出した。
「ごめん、優ちゃん!先に行く!!!!」
「え!」と戸惑う優、敵に塩を送られたと察した一年が、優の両腕を両脇からがしりと掴みかかり、周りの生徒たちも優の背中を押すような形で円陣を組んでいる。
「駒井先輩!私たちも走りましょう!」
「そうですね、運動になるし!!」
「吹奏楽部の力、みせてやりましょう」
「えええ????」
戸惑っているのは優、そして友里だった。吹奏楽部の人たちは全員本気ダッシュ。ガンダ…ガンガンダッシュというやつだ……。
帰宅部の友里だが、それなりに足は速く運動もできるほうなのだが、あっという間に追い抜かれ、優を取り囲んだままの女の子たちの軍団は、背中も見えないほど先へ行ってしまった。
「な、なんなの~~~??」
まけた!と友里はその場で立ち止まって、呼吸を整えた。汗が額にしたたり、ポケットに忍ばせておいたハンカチで拭った。彼女たちの強さみたいなものは一体、なんなんだ……。友里は優を彼女たちの所へ置き去りに──、自分が身を引くつもりだったが、逆に連れ去られて悔しくなった。優への愛を、試されている気がした。
〔手放すのなら、あっという間に誰かのものになりますよ]
と言われた気がした。
敵ながらあっぱれ。それでも彼女たちとは価値観の相違で友達にはなれないんだよなあ…と肩を落とすしかなかった。
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