番外編① 二者面談:荒井友里

 荒井友里は、教室のドアをノックした。

「はーい」

「失礼します」

 二者面談の日だ。荒井友里は担任の松原先生にお辞儀をして、用意された机に腰を下ろした。不思議なもので何の印もないのに、この席が同じクラスの洋川卓ひろかわすぐるの席だとすぐに分かった。学校を卒業したら、この能力は特殊能力の一種になるんだろうなと頭の端っこで思う。

「荒井は進学?就職?」

 まずは軽いジャブだ。

「就職を考えているんですが、その目標のために専門学校を一回挟んだほうがいいかなとも思うんですよ…どうしたらいいですか?」

 松原先生からの質問を質問で返す、先生は「そ~だね~」と手元の資料に目を落とし、4月にまとめてとった進路調査票を見返した。荒井友里と大きな文字で書かれたそこには、アパレル希望と大きく書いてあった。

「服とか身を飾るものを作る?売る?どっち?」

「どっちかしか選べないのなら、作るほうがいいんですけど」

「ふうん、そっかあ、今ってどんぐらい作れんの?全然なら専門いったほうがいいかもねえ」

「うーん、シャツくらいなら、自分で採寸から型紙おこして、作れるんです、今着てるのも、学校指定のシャツをまねて作ってるんですけど…、ジャンバースカートはよくわからないし、すっごい自己流なのでまだ誰かに作る!ってレベルには行けてない気がすんですよ」

 敬語だか何だかわからない口調だが、真摯な態度は伝わってくる、……松原先生は確かにシャツは既製品と遜色なく作れている気がすると感心した。

 担任を受け持って3年目、吹奏楽部の顧問で、とても親身になってくれる先生と有名。そして荒井友里が、「駒井優は王子様♡」という吹奏楽部のお花畑ちゃん達と孤軍奮闘、ドンパチしているのも知っている。

(生徒たちに、この子めっちゃ嫌われてるのよねえ……独り占めしてる!!とかなんとか……幼馴染って、すごい仲良しか無関心のどっちかなのってなんでなのかしら。駒井優がこの子の味方だから、誰も手出しはしないのが良いことか……)


 複雑な幼馴染関係をぼんやりと思って、松原先生は「うーん」と唸ってから、荒井友里の資料に(服飾)と書き込んだ。

「じゃあこっちでよさそうな就職先もしくは専門学校を探しとくから、荒井も自分が行きたいなってとこを適度にピックアップしておきな、随時連絡取りあお。今年決まっておくと、三年になってからだいぶ楽よ。二年生の今をたのしみつつね」

「はい!」

 いい返事と笑顔の荒井友里を見て、すごく熱心ないいこだからどこでも仲良くやれそうだなと思った。あとは県内外など場所の詰め合わせは必要かもしれないが、それはやりたいことが決まってからだ。

「あとは何か相談ある?15分の持ち時間だけど」

 あっという間の話し合いだったので、まだ10分も時間が余っている。

 次の生徒も廊下で待機していない。松原先生は大人なので5分前行動が当たり前なのにな~とおもうが、高校生にとっての10分は大人の1時間だ。

「えーと……先生から見て、駒井優って、どうですか」

「ん?」

 自分のことではなく、他人の話が出てきて松原先生は一瞬、会話の意味が分からなかったが、荒井の言葉は続く。

「吹奏楽の顧問ですよね!?トランペットの駒井優ですよ!吹奏楽部で、なんか、こう…一年が!たくさんはいりましたよね???その一年生がみんな、駒井優を祭り上げてるんですよ!そしたら二年も三年も!今まで黙ってたけど私たちだって俺たちだって駒井優の事かっこいいとおもってた!とかなんか!言い出して???!あんなに!!かわいいのに!!???王子とか王子とか…???は???って思いません????女の子ですよ!?!?!?すごい、それって、なんだろう、優ちゃんの感情とか、考えてのことなんですかね????」



(すごい肺活量……)

 一気にまくしたてる荒井友里の滑舌にも驚いたが、熱量が半端なくてたじろいだ。駒井優への愛が半端ないのは、吹奏楽の皆もそうだが、一対一で浴びせられる熱は、完全にこちらの熱も奪っているかのようだった。松原先生の心は冷えていく。

「えーっと。そうだね、うん、でも誉め言葉じゃないかなあって思うんだけど、確かに駒井はかっこいいし、二年でソロパート吹いてもらってるしそのせいもあるかも。いじめとか、そういうかんじじゃなくて。みんな崇高な気持ちっぽいよ。一気に部活がまとまった感じする。部長候補なんだよね、彼女は。慕われてるのはいいことじゃないかな」

 とりあえず、駒井優を褒めておく。そうすればそちらに気持ちがシフトするのではないかと…。

「じゃあお姫様で良くないですか?」

 甘い考えだった。迫力がすごい。いやもうこれは、反論とかしても無理そうだな、そういうのじゃないな、と思った。

「うん……」


「お姫様ですよね?駒井優は」

「あ~~…そうだね、たしかに、うんうん」

「毎回、皆の暴走を止めろって言ってるんじゃないんです、”王子様♡”、ってだれかが言ったら、先生が「駒井優は女の子だろ、お姫様って言え」って言ってくれるだけでいいんですよ」

「それはちょっとなああ、部活に男も女もないんだよ、どっちも平等!吹奏楽ってのはそういうもの。だから、居心地良いと思うよ、駒井は。性別で言ってるんじゃなくて、立ち居振る舞いで「王子」って言葉がでちゃうんだよね」


「立ち居振る舞いも淑女ですけど???」


 あ、いけない、これは火に油を注いだかもしれない。確かに駒井優は所作が美しい。育ちが良いんだろうな、と感じさせる。体が大きいから力もあるし、吹奏楽部コンクールで男子と一緒に大型の楽器もひょいひょいと運んでいるし、土曜日は本屋で品出しのバイトもしているというが、楚々とした振る舞いをしている。


 この幼馴染、本当に駒井優を王子と認めたくないのだ。


「よし、じゃあ吹奏楽部の全員を姫、王子とよぼう!これで解決!!」


「それはちょっと!いやです!!」

「なんでだよ!!!」

 荒井友里はどんと胸を張って、むふー!!と呼吸を吐くと

「優ちゃんだけが、私のお姫様なので!!!」と勢いよく叫んだ。

「服飾に行きたいのも!いつか!優ちゃんのウェディングドレスを自分で縫いたいからなんです!!!!!!」



「あ~~~……」



 松原先生は体の力が抜けていくのがわかった。いつの間にか冷えた体は、荒井友里の熱で膨張して風船みたいになっていたようだった。クールダウンしなければ。

「わかった、なんか考えとくから、もう次の子呼んで…」

「はい!ありがとうございました!!よろしくお願いします!!!!!」



 元気に挨拶をして、荒井友里は教室を出て行った。

 松原先生はしばらく、眉間をおさえて唸った。これは……これは、恋の熱なのだろうか?それとも、友情?荒井友里の駒井優への感情を、友人に相談したい気持ちでいっぱいだった。しかし教師には守秘義務があるので、自分一人で考えて答えを出さなければいけない。例え話で話をしても、絶対に「恋だ」と言われてしまう気がする。

「甘酸っぱい…!」

 一言叫んで、自分の気持ちに折り合いをつける。スイッチが切りかわって、次の子の資料を眺めた。ノックの音がした。完全に気持ちを切り替えた。

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