第二話 たままちの胃の腑

今日の玉町はずっと吐いていた。


1限目で吐いて心配されていたが大丈夫と言って保健室に行かなかった


給食で吐いて保健室に連れて行かれてまた吐いた


早退したほうが良いと言われたらしい


教科書類と筆記具に縦笛を鞄に詰めて渡しに行ったが断られた



こういうとき玉町はとても馬鹿で意固地になるのだ。



5限の音楽の試験で耐えきれずに縦笛を咥えたまま吐いていた


色取り取りの鉱物を含んだ半透明の液体が長い棒に絡まっている


床に転がったそれを生理的な涙で濡れた瞳が見つめている



背骨がぞくぞくした。



涙で歪んだ視界越しに見るその光景はきっと万華鏡のように美しいのではないだろうか。




放課後の教室で向かい合っている今も玉町は具合が悪そうにしている



だから今日はなんとお願いされるのかわかるのだ



西日が玉町の横顔を照らす

赤い日差しを浴びる土気色の顔は頬のところだけが上気しているように見える


とても異様で扇情的な光景だ



今日は吐くのを見てほしいんだろ



そう問うと違うと言って左右にゆるゆると首を動かした

 

薄茶色の縮れ麺みたいな頭髪が頭の動きに合わせて力なく揺れる




今日は鎖骨を齧ってほしいのだと言われた。




齧ってる間に上から吐瀉物の雨が降ってきたらどうするわけ



接吻後が欲しいなら首筋でも内腿でもどこにでも付けてやるから



そう言うと

もう胃が空っぽで吐くものはないから安心してほしい

それに

順番があるから首筋は良くても内腿は駄目、だとかよくわからないことも言われた。


なんだ、順番?なんだそれ。

 



玉町の胃から出たものを汚いと思ったことはなかった。



中途半端に蕩けたトマトが蛍光灯の明かりにてらてらと輝く姿は切り出した鉱石の断面だ 


胃酸に細切れにされた青ネギやレタスは小さな宝石のようにしかし懸命にその存在を主張する


どろりと溶けた白米は浜辺に打ち上げられて息絶えたミズクラゲの死骸




玉町の鎖骨を齧る。



どんどん妄想が肥大化していく


顎に思い切り力が入る


犬歯が骨を削ろうと藻掻く感覚が脳に響く



もっともっと中身を見たい!!






学生服の上にぽたりとなにか当たる感触があった


違和感だった


脳漿が冷却され急速に現実へと引き戻される


左肩のあたりにまるでスポイトで一滴一滴水の粒を落とされているような音がする


やっぱり吐きそうで涎でも出ているのかと思ったがえづいていないしおかしい



太陽が沈んで暗くなった教室に光の加減で鼻先の辺りまでしか見えない青白い顔が浮き上がっている



その



顔の真ん中にある2つの穴の片側から薔薇色の水飴が垂れ下がっていた


夕闇の中でもどろどろと艶めいて時折ずるりと流れ落ちる



それが


目の中に入って



苹果飴の苹果はこんな景色を見ているのだろうか


赤く歪んだ視界の中で悲しそうに笑う玉町の顔が見える


それは3枚の合わせ鏡越しに見た摩訶不思議な紋様ではなく


ただ明確に真実を映し出していた。




なんでそんな顔するんだよ。

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