たままち

第一話 たままちの口腔

ベロを入れたキスをしたいと玉町が言ってきたからすることになった。


ベロってなに


口開けるからその中に舌入れてほしいわけ


自分で言い出したくせに玉町はなかなか口を開けないし寧ろ固く引き結んでさえいるからだんだん苛立ってくる


玉町の腫れぼったい唇を見たら、


ぐるぐるした怒りのような感情が込み上げてきて片手で彼の顎を思い切り掴んでいた。


赤く膿んだ小さな一文字の傷口にまるで刃物を刺し込むかのように舌を突き入れる。



あの、


入れたけど、


それだけでいいの?



ベロ入れてって言われたから入れたけど。



口に何か入っている状態だから何も答えてこない。


さっきのぐるぐるした気持ちは玉町に欲情したからだと思ったんだが違ったんだろうか


唇の裏の粘膜が熱い


やっぱり舐めたらいいのかと思って上の前歯の裏側を数回なぞった


ふふ と鼻息が顔に当たる


右の奥歯の裏側もなぞる

俺の舌先が玉町の舌の側面と擦れて体の下の方が重くなるような感じがした。


左も同じようにしてやろうと思ったが思い切り身を捻られて拒絶された


不規則な吐息が口から漏れている

鼻からも


鼻から抜けるような声を出している

声帯が震えて口の中や唇にもその振動が伝わる



抜歯後を弄られたくないのか



虫歯ができたとかで一昨日抜歯して神経までやられていたからそれも一緒に抜いたと言っていた


神経がないなら何も感じないんじゃないの


落ち着かせるために嫌がるなよと言ってみたがやはり口を繋げているから上手く発音できなかった


しばらく何もしないでいた

そのほうが落ち着いてくるだろうし


胸の音が穏やかになってきたのを見計らって抜歯したという左の一番奥の歯が生えていた場所に舌を押し当てた。


そんなに驚かれなかった



つまんな。



そう思った瞬間、

顎を掴んだ手のひらの感触も生温かい泥濘みの味も全てが消えた。



玉町がいない。



蜃気楼のように消えてしまった


砂漠の気怠い温度とオアシスの瑞々しさを残して


遠くで学友の笑い声が聞こえる。

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