二刀流と野球とお弁当の行方

千石綾子

二刀流と野球とお弁当の行方

「おい沢村、今日は夕飯食べるのか?」


 僕の声は苛ついていたに違いない。沢村の眉が不快気にぴくりと上がった。


「俺は今日女のとこに行く予定だからイラネ」

「お前の遊びの予定なんかは聞いてない。いらない、だけでいいんだよ」


 僕と沢村の間にピリピリとした緊張が走る。あいつも僕の事を嫌っているはずだ。それでも一向に構わない。


「あれ、まこと。今日はオレと野球を観に行くって約束だぞ」


 ひじりの言葉に、慎──沢村慎さわむらまことは一瞬だけ気まずそうな表情を浮かべた。


「あーあ、ホラ始まった。沢村の浮気性~」

「浮気とは心外な。二刀流と言ってくれ」


 沢村は胸を張ってニヤリと不敵な笑みを浮かべている。


「なーにが二刀流だよ。色ボケしてるヒモ野郎が。とっとと誰かに刺されろ」


 聖の辛辣な言葉が容赦なく沢村に叩きつけられた。


「ぎゃふん」


 言う程堪えている様子もないまま沢村は亀の子のように首を引っ込める。


「僕は聖ちゃんとの約束を守った方が良いと思うな」


 僕は聖に加勢することにした。彼女は親指を立ててウインクしてくる。おっと、惚れてくれるなよ。僕は長い黒髪がつややかで謎めいている色白の美人が好みなんだ。

 対して聖はショートヘアーでボーイッシュ、裏も表もない分かり易い性格だ。

 聖は沢村に懐いてはいるが、恋愛感情とかそういうものではないように見える。


「ほら、慎。早く出かけないと試合開始に間に合わないぜ」


 女の子らしさの欠片も見せずに聖は腕時計を指差し、手を叩いて沢村を追い立てる。


「あと近江、弁当も早く! 2つ頼んでたの、忘れてないよな?」


 ああ、行楽弁当を2つ頼まれていたのはこれの事だったか。なんだか僕は複雑な気分のまま聖にお弁当を2つ手渡した。

 妹みたいに親しく感じている聖が、僕の苦手な沢村に懐くのが面白くない。


「はいはいはい、じゃあ2人とも、行った行った!」


 僕はすりこぎ棒でまな板を叩いて彼らを台所から追い出そうとした。

 沢村がどっちの女を選んだとしても僕の知ったところではない。奴は聖の剣幕に押されて渋々出かけようと弁当に手を伸ばす。


 するとそこにこのアパートの大家、四条が入ってきた。


「おい、仕事だ。手伝え」


 その目は沢村を見ている。

 ボロアパートの家賃収入では足りないと、四条はわりと危なげな仕事に手を出していると聞いたことがある。禁止薬物を売ったり、悪徳金融業者の取り立てを請け負ったり。腕っぷしも立ち交渉上手でもある沢村を呼んだということは、今回もそんなところだろう。


「分かった」


 沢村は二つ返事で弁当から手を放し、椅子に掛けてあったジャケットを羽織って四条の方へと駆け寄った。


 そのまま尻尾を振る大型犬のように嬉々として四条と共に出かけてしまった。

 後に残されたのは、唖然としている聖と僕と2つの行楽弁当。


 僕たちはすっかり忘れていた。

 沢村はやはり二刀流などではない。四条にはメロメロの両刀使いバイセクシャルだった。


 聖はがっくりと肩を落とす。僕は見ていられなくてつい声をかけた。


「じゃあ、僕と野球を観に行くかい?」


 その言葉に聖の顔に笑みが戻り、僕をハグした。ああ、惚れてくれるなよ。僕には理想の女性像というものがあって……。


 それでも、なんだか悪い気持ちはしなかった。



               了


(お題:二刀流)

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